なぜ腰痛の原因になる「腹筋運動」が体育の常識となったのか?

GIGAZINE
2022年05月31日 06時00分
メモ



子どものころの体育の授業で、足をクラスメイトに押さえてもらいながら上半身を起こす腹筋運動をやらされて、大変な思いをしたことがある人は多いはず。これはアメリカでも同様とのことで、長らく腹筋を鍛える運動の代名詞だった腹筋運動がなぜ教育現場に導入され、そして廃れたのかを、アメリカの月刊雑誌・The Atlanticがまとめています。

The Death of the Sit-Up – The Atlantic
https://www.theatlantic.com/health/archive/2022/05/sit-ups-crunches-lower-back-pain/639437/

The Atlanticによると、アメリカで腹筋が流行するようになったのは、19世紀に始まった都市化がきっかけとのこと。「元気な農家の国だったアメリカが運動不足な都会人の国に変わってしまう」という懸念は特に、精強な兵士が必要な軍隊にとって悩みの種でした。

こうした不安は、長い間アメリカ人の考え方に影響を与え、軍隊式のトレーニングを市民の体育に取り入れる流れが生まれました。そして1940年代に入り、アメリカ陸軍が士官候補生の試験と身体訓練に上体起こしを導入したことで、一気に上体起こしがアメリカ中に広まりました。これが、半世紀以上にわたって子どもが腹筋運動をやらされることになった直接の理由だと、The Atlanticは述べています。

by Georgia National Guard

とはいえ、身体の動きや筋肉の働きについての理解が進んだことで、2000年代半ばから腹筋運動が少しずつ下火になっていきました。その理由について、アメリカスポーツ医学会のインストラクターであるピート・マッコール氏は「昔の解剖学者は、筋肉の周りの組織を取り除いて観察し、腹筋が背骨を動かすのに必要なものだと考えたわけです」と述べて、特定の筋肉が単体で動くわけではないことが分かってきたからだと指摘しました。

確かに6つに割れた腹筋、つまり腹直筋は引き締まった腹部で最も目立つ筋肉ですが、他にも横隔膜、腹斜筋、脊柱起立筋骨盤底筋など、胴体の動作には多くの筋肉が関わっていることが分かっています。そのため、フィットネスの専門用語では「腹筋」に変わって「体幹」という言葉が使われるようになりました。しかし、これが分かるまでには何十年も時間がかかったので、その間に古い解剖学に基づいた誤解は人々の間に広く定着しました。

マッコール氏によると、腹筋を含めた特定の筋肉を重視するエクササイズを最初に取り入れたのは、筋肉を1つ1つ鍛えようとするボディビルダーだったとのこと。特に、ある筋肉に狙いを定めて運動することで、脂肪を減らして筋肉量を増やせるという「スポット・トレーニング」という考え方は、たるんだ腹をどうにかしたい運動初心者の間に根強く残りつづけました。


間違いなく腹筋運動、特に上体起こしの終わりに貢献した人物だとマッコール氏が太鼓判を押すのが、カナダの腰痛の権威であるスチュアート・マッギル氏です。マッギル氏は特に腹筋に興味を持っていたわけではありませんが、腰痛に関する複数の研究により上体起こしが腰に負担をかけていることを解明し、フィットネス専門家の運動に対する考え方を大きく変えました。

例えば、マッギル氏はベリーダンサーの動きの研究から、「ベリーダンサーは背骨を繰り返し曲げますが、けがをすることはほとんどありません。つまり、負荷がかかっていない状態で背骨を曲げても、背骨にはあまり影響がないわけです。問題は、より高い負荷の中で何度も背骨を曲げたときに起きます」と述べています。

負荷がかかった状態で背骨が曲がると椎間板にストレスがかかるので、トラックに農作物を積み込むような動作が多い農業従事者は、後年になって腰痛に悩まされる可能性が多くなります。そのため、近年では重いものを持ち上げる時は「腰ではなく足で持ち上げるように」と言われるようになりました。ところが、上体起こしやクランチはこれとは逆に、足を使わずに何度も背骨を曲げなければなりません。これが、腹筋運動が腰痛の原因になる理由とのこと。腹筋運動をしても腰を痛めない人はいますが、腹筋運動をたくさんできるかどうかは骨格の軽さなどの遺伝的要因に左右されるので、軍隊や学校でのテストやトレーニングでは腹筋運動は有効ではないと、マッギル氏は指摘しました。

こうして、腹筋運動の有効性が見直されたのがきっかけで、アメリカ軍は腹筋運動をテストやトレーニングの必須科目から外すか、プランクなどより整形外科的に正しい運動と組み合わせるようになりました。そして、軍隊が腹筋運動をやめたことで、民間のトレーナーも腹筋運動を奨励しなくなっていきました。


しかし、新しい情報が浸透するまで時間がかかることもあるので、いまだに腹筋運動が行われることもあるとのこと。マッコール氏は「いいトレーナーはクライアントを教育するものです。しかし、悲しいことに腹筋運動を2セットか3セットやらなければ、いい運動をしたと納得しないクライアントもいます」とコメントしました。

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