アインシュタインの名前や顔写真の権利を主張してヘブライ大学が莫大な利益を得ている

GIGAZINE
2022年05月19日 21時00分
メモ



アルベルト・アインシュタイン」という名前を聞けば、多くの人がその顔を思い浮かべられるはずですが、実はアインシュタインの名前や顔写真に関するパブリシティ権はイスラエルのヘブライ大学が管理しており、毎年莫大(ばくだい)なライセンス料をヘブライ大学にもたらしています。そんなアインシュタインのパブリシティ権ビジネスの歴史や問題点について、イギリスの大手日刊紙・The Guardianがまとめています。

Who owns Einstein? The battle for the world’s most famous face | Advertising | The Guardian
https://www.theguardian.com/media/2022/may/17/who-owns-einstein-the-battle-for-the-worlds-most-famous-face

2003年7月、物理学者のトニー・ロスマン氏は広く誤解されている科学史における出来事を解説する「Everything’s Relative」という書籍の刊行準備中でした。このタイトルはアインシュタインの「相対性理論(Theory of relativity)」にちなんでいたため、当初はアインシュタインの顔写真を表紙に使うことが予定されていましたが、出版予定日の数週間前に編集者から「アインシュタインの顔写真は使えなくなった」とメールを受け取ったとのこと。

編集者はロスマン氏に対し、アインシュタインの顔写真の権利を持つ相手は非常に攻撃的であり、出版社が多額のライセンス料を支払わないと訴えられる可能性があると伝えたそうです。ロスマン氏は納得がいきませんでしたが、出版社は法廷で争ったり主張の問題点を探したりすることに消極的だったため、結局「Everything’s Relative」の表紙は差し替えられることになりました。

アインシュタインのパブリシティ権を主張しているのはイスラエルのヘブライ大学です。アインシュタインの原稿・著作権・ロイヤリティといった文学的財産は、いったん秘書や継娘に相続されましたが、2人が亡くなった後はユダヤ人であったアインシュタインの遺言通りにヘブライ大学へ寄贈されました。アインシュタインが亡くなった当時は名前や顔写真に関するパブリシティ権の法的概念がなかったものの、ヘブライ大学がアインシュタインのさまざまな遺産を継いだ1982年の時点ではすでにパブリシティ権が存在しており、ヘブライ大学も「アインシュタインの名前や顔写真についての権利」を主張し始めたそうです。

ヘブライ大学はアインシュタインの名前や顔写真を使いたいという企業や機関の申請を審査し、利用の可否やライセンス料の決定を行っています。決定に従わない相手には法的措置も辞さず、すでにアインシュタインを利用したTシャツ・ハロウィン衣装・コーヒー豆・SUVトラック・化粧品などに対する裁判を行っており、その標的は中小企業だけでなくコカ・コーラやディズニーなどの多国籍企業にも及んでいます。

たとえばベビー用品を販売する「Baby Einstein(ベイビー・アインシュタイン)」はディズニーの傘下企業だった2005年、その名前を使用するために50年間分のライセンス料として266万ドル(約3億4000万円)を支払いました。また、2021年には炭素排出量削減に有益なスマートエネルギーメーターのTVキャンペーンでアインシュタインを起用したイギリス政府が、非公開の金額をヘブライ大学に支払ったこともわかっています。ヘブライ大学がアインシュタインのパブリシティ権から得ている利益は平均で年間1250万ドル(約16億円)にのぼり、控えめな計算でも総額2億5000万ドル(約320億円)に達するとのこと。


アインシュタインのパブリシティ権ビジネスを始めたのは、アメリカの弁護士であり映画やTVドラマ内に実在する企業名や商品名を登場させるプロダクトプレイスメントの代理店を手がけていたロジャー・リッチマンです。リッチマンは代理店を創業した翌年の1979年、アメリカのコメディアンであるW・C・フィールズの遺族から「代理人になってほしい」という依頼を受けました。フィールズは1946年に亡くなっていましたが、その後もさまざまな商品に勝手にフィールズの顔が使われることがあり、遺族は「おむつだけ履いた赤ん坊にフィールズの顔を重ねたポスター」など、尊厳を汚すような商品の販売を差し止めたいと考えていたそうです。

リッチマンは死後のパブリシティ権に関する判例を調査し、「魔人ドラキュラ」の主演として有名なベラ・ルゴシの遺族が「ベラの顔写真についての権利は映画会社でなく自分たちにある」としてユニバーサル・ピクチャーズを訴えた判例を発見。この裁判では、「生前のベラは自分の写真を商業目的で販売しなかった」ことから訴えは退けられましたが、リッチマンはこの判例から「生前に自分の顔写真を売った有名人であれば、遺族がパブリシティ権を有している」と推測。実際に数カ月後、フィールズの記念切手を発行しようとしていたアメリカ郵政公社に対する訴訟を起こし、ベーラの判例を持ち出してライセンス料を支払わせることに成功しました。

その後、リッチマンはマリリン・モンローやジークムント・フロイトを含む「亡くなった有名人」の遺族から依頼を受け、パブリシティ権を主張する遺族の代理として訴訟ビジネスを始めました。一見するとリッチマンはやり手のビジネスマンに思われますが、リッチマン本人は自らを「大手広告代理店や放送局、映画スタジオ、メーカー、出版社と戦い、亡くなった有名人の尊厳を守る存在」だと考えていたそうです。そして1985年にはリッチマンらの働きかけもあり、カリフォルニア州で死後のパブリシティ権を認める法律が可決され、リッチマンの活動は法的な裏付けも獲得したとのこと。

リッチマンは、父と親交があったアインシュタインのパブリシティ権についても管理しようと考え、アインシュタインの顔写真が勝手に使われているさまざまな広告を収集した上で、「こうした虐待的な利用を防ぐ」として関係者に連絡。当時、アインシュタインに関するさまざまな権利を引き継いでいたヘブライ大学は、1985年7月1日にリッチマンを「排他的な世界的代理人」に任命しました。リッチマンとヘブライ大学が交わした取り決めでは、ライセンス料のうち65%と無断利用者から法的措置によって支払わせた金額の50%がヘブライ大学の取り分とされたそうです。

ヘブライ大学とリッチマンはアインシュタインを利用する上でのガイドラインを設定し、「タバコ・アルコール・ギャンブル関連はNG」「引用や公式の捏造(ねつぞう)はNG」「アインシュタインに吹き出しなどを付けて『アインシュタインの考え』のように見せかけるのはNG」などの基準を設けました。Appleが「Think Different」のCMにアインシュタインを起用しようとした際には、リッチマンは60万ドル(当時のレートで約7200万円)のライセンス料を要求し、スティーブ・ジョブズが直接ライセンス料の引き下げを求めて電話をかけてきたそうです。これに対しリッチマンは「アインシュタインは1人しかいません」「金額が不満ならメイ・ウエスト(アメリカの女優)を起用すればいいでしょう。彼女もまた、違うことを考えていたのでしょうから」と主張し、結果としてジョブズは支払いに同意したとのこと。

Apple – Think Different – Full Version – YouTube
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リッチマンは法廷やマスコミにおいて「マーケティングの鬼」と見なされることに憤慨していましたが、相手が大手企業に買収されたのを確認してからライセンス料を引き上げたり、物理学者のアインシュタインとは関係ない由来で「アインシュタイン」という名前を使っている企業からもライセンス料を徴収したりと、かなり商業的な活動を行っていました。

ヘブライ大学でアインシュタインの論文などの保存に携わっていた学芸員のゼエブ・ローゼンクランツ氏は、1990年代からアインシュタインの商業利用に関する認可のチェックも任されていました。ローゼンクランツ氏はThe Guardianに対し、「私は歴史家であり、ビジネスマンではありません。しかしなぜか大学は、これが私の役割だと決めていました」と述べています。

ローゼンクランツ氏としては、「アインシュタインはそれが純粋に商業的なものであれば、彼はそれに自分の名前が使われることを拒否していたでしょう」と述べていますが、リッチマンはかなり広い範囲で名前の使用を許可するよう圧力をかけたとのこと。ローゼンクランツ氏は、「リッチマンにとっては純粋に利益を追求するものではありませんでしたが、結局それはビジネスでした。そして私は学問の世界にいました。簡単なテーマではありませんでした」と述べ、当時の作業が倫理的なジレンマに直面するものだったと回想しました。中でもローゼンクランツ氏が不快に思ったのは、2005年にリッチマンがヘブライ大学を説得し、金属探知機・傘・アーケードゲームなど200以上の分野でアインシュタイン関連の商標を取得したことだったそうです。

死後のパブリシティ権に関する法律は混乱しており、たとえばブラジル・カナダ・フランス・ドイツ・メキシコなど死後のパブリシティ権を規定する国もあれば、法的規定の存在しない国もあります。アメリカでは州ごとにまちまちで、24州では死後のパブリシティ権について正式な法律が採択されていますが、認められる年数はバージニア州だと死後20年、オクラホマ州やインディアナ州では死後100年とさまざまです。また、アインシュタインの顔を広告に使ったとしてヘブライ大学がゼネラルモーターズを訴えた2012年の裁判では、アインシュタインが亡くなったニュージャージ州の法律に基づいて「アインシュタインの死後のパブリシティ権は認められない」との判決が下されました。

記事作成時点では、ニュージャージ州で「州内で亡くなった人のパブリシティ権を規定する法律」を起草することが検討されています。もし、著作権と同様に「死後70年」という基準が採用されれば、1955年に亡くなったアインシュタインのパブリシティ権が2025年に切れる可能性があるとのこと。

なお、リッチマンの死後にアインシュタインの肖像権管理を引き継いだGreenLight Rightsは、アインシュタインの名前や顔写真の利用を申請するウェブサイトを所有していますが、そのサイト名は「Einstein.biz」だとThe Guardianは指摘しています。

The Official Licensing Site of Albert Einstein
https://einstein.biz/


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