日本でBEVが普及していない根本的な原因をあらためて解説する

アゴラ 言論プラットフォーム

SankeiBizの「【モビリティー新時代】政府の電池生産後押し、電動車促進策が先」を読んだ。

これからしばらく、グローバルで奪い合いが続くと思われるバッテリーについて、日本政府が無策というのはまあわからないでもない。

補助金などを拡充するという。このニュースを聞いて、筆者は違和感を覚えた。というのは、蓄電池の数ある用途の中で、量的に多いのは電気自動車(EV)向けである。自動車メーカーに対して電動車の比率を高めることにつながる規制がない中、電池投資が活発になるのだろうか

という辺りを読んでいるとそれで本当に解決できると思っているのは相当ヤバいと思う。

例えば「年産台数の10%以上BEVを生産しない自動車メーカーは上場停止」くらいの厳しい規制を掛けたとして、強制的に生産させられたBEVは売れるのだろうか? 買手がいなければ、上場停止回避のために、メーカー各社はBEVを原価割れして売るか、一度作って実績にしてから廃棄することになるだろう。「そこまで厳しい規制にしろとは言ってない」と言うかも知れないが、自動車メーカーに行動変容を促せない程度の規制をしても意味はない。緩ければより効果が薄いだけだ。

(※ BEV・・・バッテリーを動力源とする電気自動車で、外部電源を用いて充電する方式のもの。)

日本でBEVが普及しない本当の問題は、作りさえすれば買手はいるのか?ということだ。普及比率に多少の差こそあれ、概ねこの状況は世界各国で変わらない。BEVは、巨額の補助金で下駄を履かせても、日本では1%未満、売れていると言われているEUですら5%を超えるくらい。イメージほどには売れていないのが無いのが実情だ。

AlessandroPhoto/iStock

国内のケースを見れば、まあざっくりと台当たり80万円とかの補助金制度がすでにある。普通の勤め人が買うクルマの価格は300万くらいが上限と考えれば、実に27%引きという値引きに相当する。売価300万円で買えるBEVは実質的には存在しないので、80万円値引いてギリギリ300万円くらいのところが実績値になっている。ちなみに380万円で計算しても21%の値引きになる。

閉店間際のスーパーマーケットのお弁当くらいの値引きをしても売れない。そういう現実から目を背けるべきではない。しかも、それだけ出してもBEVの中ではかなりショボ目のクラスになる。こういう現実を直視すべきではないか?

これ以上、普及のための規制圧力で解決しようとするならば、例えば補助金を100%にして、タダで配り、国民ひとり当たり1台の保有を義務付けることにするとしよう。4人家族だと4台のBEVがやってくる。あなたはタダなら受け取るだろうか? 置き場も無いし、税金も掛かる。

誰が考えても「要らないものはタダでも要らない」という当たり前の話で、それは一家に一台でもさして変わらない。そもそもクルマなんか持たない主義の人もいるし、他に欲しいクルマがある人だっている。自分が欲しくないものを無理矢理押しつけられても困惑するだけだ。

もしこの著者が言うように『電動車の比率を高めることにつながる規制』で実効性のある政策があるとするれば、規制対象はメーカーではない、規制を掛けるならユーザーだ。結局それは、一世帯あたり10年に一度はBEVを購入しないと、シベリアで強制労働か再教育キャンプ送りみたな規制になる。現実的には懲役刑か罰金になるだろうが、消費者の自由意志を認めないという制度構築の本質としては同質だ。

要するに今日本でBEVが普及しないのは、サプライサイドの能力不足ではなくデマンドサイドの問題。実際BEVが売れて売れて生産が追いつかないみたいな話は、テスラ1社を例外としてない。このあたりはサプライサイド経済学の解説をちらりと見てもらえば誰でも分かると思う。

筆者は何もBEVに未来が全く無いと言っているのではない。現状をベースにすれば、少しずつ普及は進むだろう。ただそれにはユーザーが自発的に買いたくなるような、商品力の向上が不可欠で、問題の第1はコスパが悪いことだが、80万円の補助金を出しても解決しない現状を見ると、まだまだ実需とのギャップがありすぎる。

これは供給サイドのシステムリスクでも、買わない客の責任でもない。純粋に製品の未熟、つまり技術的洗練が足りていないという一点に尽きる。もっと頑張って商品力を改善をしていくことだけが未来を開く道である。

第2にバッテリー原材料の不足だ。その部分に関してはレアアースを中心とした原材料確保でグローバルな競争に勝たないとどうにもならない。いざ技術的問題が解決した時、原材料の確保が後手に回ったらそれこそ出遅れる。今世界中で計画されているBEVの生産量を賄うには鉱物資源が全く足りていない。資源確保は国対国の経済安保の側面が強く、だからこそ国の介入が求められる。

実際欧州の自動車メーカーは今月に入ってから「今年分のBEVの生産を終了する」というアナウンスを次々と出している。まあこれは一概に鉱物資源だけが原因ではなく、半導体を含めた部品不足によるものだ。

作りたくても、需要を満たす十分な台数のクルマが作れない中で「売れない&儲からない」BEVを優先している場合ではない。今会社を支える売上を生み出す「内燃機関のクルマ」を優先するために、長期政策として取り組んでいるプライオリティの低いBEVをとりあえずサスペンドにしているだけの話だ。ただ今後BEVに需要が付いてきた時に、万策尽きないように資源確保は長期的視点に沿って手を打っておくべきだ。

今回の論を見ていてもそうだが、規制論者はあまりにも自由経済のメカニズムを知らなすぎる。需要という消費者の行動を変容させることを、商品力の向上以外の規制で簡単にできるという考え方は社会主義である

指導者が考える理想社会の実現のために衆愚が強制されて従うシステムをどうしてこんなにも簡単に言い出せるのか不思議でならない。


編集部より:この記事は自動車経済評論家の池田直渡氏のnote 2022年5月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は池田直渡氏のnoteをご覧ください。

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