このトピックを見た瞬間に、ハリケーン撃退策としてプチ有名な「ストームフューリー計画(Project STORMFURY)」じゃんって思ったらその通りでちょっぴりうれしくなりました。
超巨大でとんでもないエネルギーを伴うハリケーンを無力化させるなんてばかげた考えだと思うかもですが、1962年から83年にかけて、ハリケーンにヨウ化銀の粒子を散布して対流を人工的に刺激することでハリケーンを弱体化させられるという仮説を実証するために「ストームフューリー計画」が実施された過去があるんです。それに最初から無理って突っぱねてしまったら、人類は月にだって行けていないかもしれないし、気候変動対策に必要なテクノロジーだって進化しないかもしれません。為せば成る為さねば成らぬ何事も、です。
ここでは、ストームフューリー計画に関わった科学者の経験やハリケーン阻止にまつわる話をまとめてみました。
やらなきゃなのはそこじゃない
Alexandra Anderson Frey(ワシントン大学大気科学部助教授)
圧倒的に強力で危険極まりない自然の力に対応するには、シンプルで効果的な解決策が求められますが、残念ながらハリケーンはそんなにシンプルではありません。熱帯低気圧は、暖かい海水からの熱をエネルギーに発達する渦巻き状の巨大な嵐で、ハリケーンになると放出される熱は10メガトン(1000万トン)の核爆弾が20分おきに爆発するのに匹敵し、全人類の年間エネルギー使用量をはるかに上回ります。それだけのエネルギーがハリケーンシーズンを通して繰り返し放出されれば、その影響もかなり大きくなります。
じゃあ、暖かい海水をなんとかして冷やせばいいと思うかもしれません。たしかに、燃料になる暖かい海水がなくなれば、暴風雨は威力を失います。そのために深海の冷たい水を海面までくみ上げようとか、極地域の氷山をハリケーンの通り道まで持ってこようとか、いろんなアイデアが飛び交っていますが、とても難しいと思われます。米海洋大気局(NOAA)によると、ハリケーン中心部に24時間だけ影響を与えるためですら、約1万9000平方キロ以上(東京都9個分)の海域をカバーしなければいけないそうです。ハリケーンの予想進路すべてを氷で冷やすためには、6万2000平方キロ分の海氷が必要になります。もしもこれだけの量の氷を素早く用意して敷き詰める方法があったとしても、海水温の急激な変化が海洋生物に与える影響は計り知れません。それに、海面温度の上昇が続くと予測されている中で、この方法は時間を追うごとに効果が薄れていきます
過去にハリケーンを制御するための試み(冒頭の「ストームフューリー計画」)が実施されたことはあるんですが、ハリケーン発達の力学が複雑なために、実験結果が人為的なものなのか、それとも自然変動的なものなのかがハッキリわからなかったんです。たとえば、ハリケーンの弱体化は、ヨウ化銀の粒子を散布した場合でも、散布しない場合でも起こることがわかっています。国立ハリケーンセンターのような機関には、ハリケーン阻止ではなく、ハリケーンの物理的な理解や、進路と強さの予測技術を高めて政策決定者や一般市民を支援することに集中してもらって、残りの私たちは適応策や影響の軽減、そしてもっとも脆弱(ぜいじゃく)な人たちが悪天候時に身を守るための情報にアクセスできる環境作りに重点を置くべきでしょう。
やらぬが仏
Phil Klotzbach(コロラド州立大学大気科学研究員/8月から10月のピーク時に発表される大西洋ハリケーンシーズン予報の責任者)
昔と違って、最近ではハリケーンの制御はほとんど非科学的と思われています。1962年から22年間にわたって行なわれた「ストームフューリー計画」は、ハリケーン科学界の大物たちが中心となって進めた実験で、当時は主流派科学だったんですよ。
ストームフューリー計画は、ハリケーンの目を取り囲む雲である「目の壁雲」のさらに外側にある雲に種(ヨウ化銀の粒子)をまいて強化することで、元々の目を弱体化させられるという仮説に基づくものでした。でも、種をまかない場合にどうなっていたのか、効果があったとしても、それによって実際にハリケーンは弱まったのか、何もしなければもっと弱くなっていたのではないかなどの疑問の答えを知るすべがなかったため、取り組みが成功だったかどうかの評価は困難でした。
まだこの問題に取り組んでいる科学者もいますが、私は楽観視していません。海水を冷やすという案もありますが、海洋生物への影響が大きいでしょうし、おまけにハリケーンの進路を正確に把握したうえで何日も前から作戦を立てるなんて難しすぎます。
ハリケーンは巨大かつ極めて強力で、人類が生み出せるエネルギー量をはるかに超えています。トランプ前大統領はハリケーンへの核攻撃を提案しましたが、核兵器ですらハリケーンには太刀打ちできません。そんなことをしても闇夜に光るハリケーンができあがるだけです。
ストームフューリー計画をキルしたのは私
Hugh Willoughby(フロリダ国際大学地球環境学部研究教授。ハリケーンの運動力学、構造進化、強度変化を研究)
ストームフューリー計画に終止符を打ったのは、実は私なんです。
ストームフューリー計画は、ハリケーンの目の外側にヨウ化銀の種をまいて、外側に新しい目をつくることで内側の目の風を弱め、ハリケーンを弱体化させるのを目的としたジョアン・シンプソンとボブ・シンプソン夫妻によるプロジェクトでした。ボブは1950年代半ばにハリケーン研究プロジェクトを立ち上げてくれた人物でもあります。この分野の研究者はみんな、ふたりに恩義を感じています。
私は海軍時代に太平洋上を偵察した際に、自然なハリケーンの中心部がどんなサイクルをたどるのか、レーダーで確認したことがありました。やがてハリケーンの研究室に配属された私は、自然なハリケーンとヨウ化銀散布後のハリケーンが同じようなサイクルをたどることに気がつきました。そして、シンプソン夫妻がストームフューリー計画の成果だと信じていたことが実は自然変動の結果だったのではないかとする論文を同僚と執筆しました。
科学分野においては、このような主張は何年にもわたる議論をもたらすものなのですが、この件については私たちの論文で議論がほぼ終わってしまいました。
触らぬハリケーンにたたりなし
Daniel Ethan Horton(ノースウェスタン大学地球惑星科学科助教授、気候変動研究グループ長)
地球は、低緯度の熱帯地域が受ける太陽放射(太陽光)は大きく、高緯度の極地域は小さくなっています。低緯度地域の気温が高く、高緯度地域の気温が低いのはそのためです。地球の気候システムはバランスをとるために、海流や気流を通じて、低緯度地域の熱を高緯度地域に再分配しています。ハリケーンや台風、サイクロンは熱の再分配を助ける役割を担っています。熱帯低気圧による「熱の再分配」も地域の気候や地球の循環パターンに関わっていると考えると、ハリケーンの阻止や弱体化はあまり賢明ではないと思います。
地球規模の熱の再分配を考慮した場合、人間やインフラに影響が及ばないように熱帯低気圧の進路を変えるのがより安全な目標なのではないでしょうか。とはいえ、威力と規模が大きい熱帯低気圧の進路を変えられるかどうかは甚だ疑問ではあります。ただ、中緯度地域では人為的気候変動の影響で低気圧の進路がわずかながら極方向にシフトする可能性もあるんです。人類が150年かけて行なってきた現在進行形の気候工学による「実験(人為的気候変動)」の結果としては、小さな変化だと思いますが。
ぼくは、ビル・ゲイツのハリケーンを弱らせるためにメキシコ湾をかき混ぜて海表面温度を下げるというアイデアが実行される日を10年以上待ち続けています。