ウクライナの“オーストリア化”が浮上

アゴラ 言論プラットフォーム

欧米指導者はロシア軍のウクライナ侵攻後、ウクライナの首都キーウをポーランド経由で訪問するケースが増えてきた。特に、マリウポリの廃墟化、ブチャの虐殺事件が発覚し、ロシアのプーチン大統領の戦争犯罪を追及する声が高まってからは、その傾向は一段と加速してきた。ジャーナリスチックに表現すれば、欧米指導者のキーウ詣でがモードとなってきた。

オーストリアのネハンマー首相(右)を歓迎するウクライナのゼレンスキー大統領(オーストリア連邦首相府公式サイトから、2022年4月9日、キーウで)

軍事大国で核保有国のロシアの攻勢を受け、懸命に国を守るウクライナのゼレンスキー大統領と国民の姿が西側に伝わると、欧米の政治指導者はウクライナへの連帯を表明したい、といった衝動に駆り立てられても不思議ではない。政治家も一人の人間だ。自然の発露だろう。もちろん、世界が注目するウクライナのゼレンスキー大統領と会談することで、国内外向けに自身をアピールできるという政治家としての計算が働いていることも間違いない。

ただ、次々とキーウを訪問し、ブチャを現地視察する政治家や世界の指導者の姿を見ていると、ウクライナ戦争がまだ終わっていない、停戦のシナリオすらまだ見つかっていない時、大丈夫だろうかと心配になってくる。

ウクライナ側がロシア軍侵攻以来、一貫して要求してきた点は、ウクライナ上空飛行禁止区域の設定と武器供給だ。前者はロシアとの正面衝突を懸念する北大西洋条約機構(NATO)が終始、拒否する一方、後者は米国、英国、フランス、ドイツら欧米の主要国が実施してきた。戦いの長期化に備え、ウクライナはさらに武器が必要であり、単に防衛用ではなく、攻撃用武器の供給を求め出した。

さて、オーストリアのネハンマー首相は9日、ポーランド経由の夜行列車でキーウに到着し、ゼレンスキー大統領と会見、その後、記者会見も開いた。欧州4カ国の中立国の首班としてはネハンマー首相のキーウ訪問は初めてだ。なお、欧州連合(EU)のEU委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長と外務委員のジョセップ・ボレル氏、そしてスロバキアのエドゥアルド・ヘーガー首相と一部のEU議員が8日、キーウを訪問したばかりだ。

ネハンマー首相はゼレンスキー大統領との会談で、ロシア軍のウクライナ侵攻を「絶対に容認できない。わが国は軍事的には中立だが、戦争犯罪に対しては明確な立場だ」と説明、欧州の中立国の一国として、そのポジションを明らかにした。ロシア軍のウクライナ侵攻以後、スウェーデンやフィンランドはNATO加盟を模索し出したが、オーストリアとスイスは国是の中立主義を守る一方、ウクライナへの人道支援を実行するなど、欧州の中立国4カ国の間でウクライナ危機に対する対応で相違が出てきている。

ネハンマー首相は、「わが国はEUの対ロシア制裁を支持し、追加制裁にも同調する」と述べる一方、ロシア産天然ガス禁輸制裁に対してはドイツやハンガリーなどと共に反対している。同首相は、「わが国のエネルギー事情から判断すれば、ロシア産ガス供給の完全停止は深刻な経済的および社会的影響をもたらす」と説明し、ウクライナ側に理解を求めている。なお、同首相は記者会見の中で、「20台の救急車と10台の給水車の提供」を発表した

同首相はゼレンスキー大統領と会談後、デニス・シュミハリ首相、キーウ市のビタリ・クリチコ市長と会談、そしてロシア軍によって300人以上の民間人が殺害されたブチャの現地視察と一連のスケジュールをこなした。なお、ネハンマー首相がゼレンスキー大統領と会合を終えた数時間後、今度はジョンソン英首相がキーウ入りしたことが報じられた。

ゼレンスキー大統領はネハンマー首相に対して、「難しい戦いになるだろうが、私たちは勝利を信じている。同時に、私たちはこの戦争を終わらせるためにロシアとの対話を求めている」と語った。ブチャの虐殺が明らかになったこともあって、ロシアとウクライナ間の停戦に向けた外交交渉は一時停止しているが、遅かれ早かれ停戦交渉が動き出すだろう。

停戦交渉ではさまざまな条件のやり取りが出てくるが、ウクライナの中立国化が関係国で囁かれ出している。ウクライナはNATOには加盟せず、軍事的に中立国となる一方、EU加盟を加速化させるという案だ。それはウクライナのオーストリア化を意味するわけだ。

ゼレンスキー大統領は、NATOには加盟せず中立国を維持する一方、EU加盟国として国際的社会から認知されているオーストリアをひょっとしたら自国の将来の姿と考えだしているのかもしれない。

ウクライナのオーストリア化がロシアとの停戦交渉で現実味を帯びてくるようだと、ネハンマー首相のキーウ詣では後日、ウクライナ危機の克服にインパクトを与えた最初の西側政治家の訪問だったと評価されるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年4月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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