3月31日を最後に、CEOを退任するシャープ 代表取締役会長の戴正呉氏が、同日、「感謝」と題したCEOメッセージを、社内イントラネットを通じて配信した。
2016年8月の社長就任以来、シャープ社員に対してメッセージを発信。当初は社長メッセージとしていたが、2020年6月に会長兼CEOに就任して以降はCEOメッセージに変更。今回の発信を含めて、この間のメッセージの発信回数は51回を数えた。今回が最後のCEOメッセージになる。今後1年間は会長に就くが、会長メッセージの発信は行われない可能性が高い。
シャープ 代表取締役会長の戴正呉氏
最後のCEOメッセージで戴会長は、冒頭に、「本日をもって、私はシャープのCEOを退任する。これまで、私を全力で支えてくれたすべての社員に、心から感謝する。本当にありがとうございました」とし、「CEO退任の日を迎え、私はいま、シャープの社長就任当時に抱いていた思い、『老驥伏櫪、志在千里(老驥櫪に伏すも志千里に在り)』という中国の言葉を思い出している。これは、『年老いた名馬は馬屋につながれても、なお千里を走る志を抱いている』という意味である」とし、シャープの社長を引き受けた当時を振り返った。
戴会長は、1976年に、台湾での2年間の兵役を終え、大同グループに入社。その10年後となる1986年に鴻海精密工業に入社した。
「入社当時の鴻海は、まだ社員数が300人程度の会社であった。いまでは100万人を超える規模にまで成長を遂げており、私はその一翼を担ってきた。そして、2016年に鴻海がシャープへの出資を決定した時には、私はすでに65歳を迎え、社会人として40年、そのうち鴻海で30年が経過しており、十分に社会に貢献し、自らの社会人人生をやり切ったという思いでいた」と打ち明けた。
シャープへの出資の際には、鴻海精密工業の創業者である郭台銘(テリー・ゴウ)氏に対して、すべての金融アドバイザーが反対したが、そうした反対意見を押し切り、テリー氏は、鴻海の本部に「義」という文字を書き、シャープへの投資を決定したという。
「私は、テリーさんの『義』を背負うことを決心し、もう一度自らを奮い立たせ、千里を走る、すなわち、全身全霊を賭してシャープ再建に取り組むという高い志と、強い責任感を持って、日本に来た」と語る。
そして、「鴻海とシャープが出資契約を締結した2016年4月2日以降、当時の幹部と何度も会議を重ね、私なりにシャープの課題を分析し、今後のビジョンや進むべき方向性、さらにはその実現に向けた戦略や施策をまとめた経営基本方針を策定した。8月13日の夏季休暇初日にシャープの社長に就任し、休暇最終日の8月21日に、当時の幹部の前で経営基本方針を発表し、8月22日には最初の社長メッセージを発信した」と振り返った。
左から、鴻海科技集団の戴正呉副総裁(現シャープ会長兼CEO)と、鴻海科技集団の郭台銘会長兼CEO(当時)、シャープの高橋興三社長(当時)
このとき、シャープの社長として掲げたのが、短期的には、「一日も早く黒字化を実現するとともに、シャープを確かな成長軌道へと導き、売上、利益を飛躍的に拡大していくこと」であり、中期的には、「次期社長となる経営人材を育成するとともに、積極果敢にチャレンジする企業文化を創造すること」であった。
「これらを自らの使命に掲げ、先頭に立ってシャープの経営再建に全力を尽くすことを、社員の皆さんと約束した。2016年11月に発表したコーポレート宣言“Be Original.”には、シャープ再建に向けた、こうした私の思いも込められている」としながら、「あれから約6年、全社一丸となって経営改善に取り組んだ結果、シャープの経営は抜本的に改善され、過去に例を見ないスピードで東証一部復帰を果たし、その後も、米中貿易摩擦、新型コロナウイルスによるロックダウンや人々の価値観の大きな変化、半導体不足、原材料価格の高騰、物流の混乱、ロシアによるウクライナ侵攻など、想定を超える環境変化が何度も起こるなかでも、安定的に黒字経営を続けることができている。このように、私が自らの使命を最後までやり遂げることができたのは、社員の皆さんが懸命に知恵を絞り、努力し続けてくれたおかげであり、改めて、すべての社員の皆さんに感謝申し上げます」と述べた。
東証一部に復帰した時
SDP完全子会社化は「養子に出した子を取り戻す、親心」
2022年4月1日付で、シャープの副会長兼CEOには、常務執行役員の呉柏勲氏が就任する。戴会長は、「若い次世代のリーダーに後を託すことができ、非常に嬉しく思っている」とし、「呉常務は、2001年に鴻海精密工業に入社して以降、20年以上、私と仕事をしてきた人物であり、鴻海時代には、米国、欧州、中国における事業開拓にも一緒に取り組んできた。そして、2012年に堺ディスプレイプロダクト(SDP)の経営に携わり、2017年にタイの販売会社であるSTCL(Sharp Thai Company Ltd)の社長を務めてからは、ASEAN事業や米州事業、海外テレビ事業など、シャープブランドのグローバル市場への拡大をリードしてきた」と紹介した。
シャープ 副会長執行役員兼CEOに就任する呉柏勲(ゴハククン)氏
また、「私は、次期CEOには、5つの能力を求めると話をしてきたが、呉常務はいずれの能力もしっかりと兼ね備えた人材であり、シャープを輝けるグローバルブランドへと導いてくれると信じている」とした。
戴会長があげた5つの能力とは以下の通りだ。
(1)激しい環境変化に機敏に対応できること
(2)リーダーシップを持つこと
(3)将来のシャープの主力となる事業の経験を持ち合わせていること
(4)ステークホルダーからの信頼が得られること
(5)グローバル経営に長けていること
しかし、戴会長は、「彼は40代半ばと非常に若く、経営者としての経験はまだまだこれからである。私自身もあと1年、シャープの経営に携わり、新CEOを全面的にバックアップしていく考えである」とした。
2022年2月18日に発信した前回のメッセージでは、大型液晶ディスプレイ生産の「堺ディスプレイプロダクト(SDP)」の完全子会社化について触れたが、今回のメッセージでもその内容に触れ、戴会長らしい比喩を用いて説明した。
「SDPの子会社復帰については、その後、現株主との協議を経て、2022年3月4日に、株式交換による株式取得契約を締結した。SDPは、もともとシャープの重要な子会社のひとつであったが、シャープの経営危機によって、2012年に経営権を手放した。これは、家族に例えると、父親の家業が上手くいかず、子供の一人を養子に出さざるを得なくなった状態である。そして、もし、父親や残った兄弟の力で家業が回復したとき、養子に出した子が困っていたら、父親は、たとえ、ほかの兄弟や周囲からどれだけ強い反対があろうとも、養子に出した子を取り戻し、助けてあげたいと思うものであり、これが親心である。今回のSDPの子会社復帰には、私個人としては、こうした親心や、シャープとしての『義』を大切にしたいという強い思いがあった。もちろん、テレビ事業のグローバル拡大やディスプレイデバイス事業の強化につながることは確信している。今後、SDPとともに、一日も早く具体的成果につなげ、シャープの信頼をより一層高めたい」と語った。
「堺ディスプレイプロダクト(SDP)」
最後に戴会長は、「本日をもって私はCEOを退任し、明日以降は次期経営陣の指導とサポートに専念する。私のメッセージも今回が最後となる。これまでの51回のメッセージには、私の長年の経験をベースとした企業経営の基礎となる考え方や、心構えをしたためている。方針を策定する際や課題に直面したときなど、節目節目で読み返してほしい」と述べ、「呉CEOの強力なリーダーシップのもと、より一層、結束を強め、さらなる業績向上を果たし、『強いブランド企業“SHARP”』を、早期に確立することを期待している。6年間、本当にありがとうございました」と締めくくった。
戴会長によるシャープの経営再建への取り組みは、名実ともに、これで幕をおろすことになる。新たな体制によって、シャープの次の成長戦略がどう描かれるのかが注目される。