露経済の末路 ソ連崩壊再来か – WEDGE Infinity

BLOGOS

「がんの治療でロシア人の友人をスペインの病院に紹介したら、受け入れを断られた。ロシアで発行されたクレジットカードが経済制裁で使用できなくなっているため、支払い能力が危ういと判断されたためだ」

「海外の知人らと共同でビジネスを行っていたが、制裁で国境を越えた決済ができなくなり、仕事が続けられなくなった。ロシアから脱出したいが財産を捨てて逃げることもできない」

「モスクワに残した母親を外国に連れ出したいが、国営テレビばかりを見てロシアは悪くないと〝洗脳〟されてしまっている。私も怖くてロシアに帰国できない」

筆者に伝わってくるロシアやその周辺から聞こえてくる話の数々は、その経済、社会の悲惨な末路を予見して余りある。

[画像をブログで見る]

ロシア軍によるウクライナ侵略は依然として続き、ペースは遅いもののウクライナ南東部を中心に占領地域を広げている。ロシア国内では国営テレビが政権の都合の良い報道を続け、市民が情報をやりとりできるフェイスブックやツイッターといったSNSは次々と遮断されている。プーチン政権が名づける「特別軍事作戦」に反対する声は、ロシア国内では依然少ないのが実情だ。

西側諸国は第三次世界大戦につながりかねないとして、今回の戦争に直接的な軍事介入は行っていない。しかし、軍事介入に代わって欧米や日本が導入したロシアへの経済制裁は、真綿で首を締めるようにロシアを窒息させつつある。

欧米、日本による制裁とその影響

2月24日にウクライナに全面侵略したロシア。プーチン政権は早期決着をもくろんだが、ウクライナ軍が驚異的な粘りをみせ、ロシア軍の蛮行が世界中に伝わり始めた。ロシアへの制裁に当初は及び腰だったドイツなども米国と足並みを揃え、日本も加わって、ロシアに対する強力な経済制裁が次々と導入された。

主な内容は▽各国の中央銀行が保管するロシア中央銀行の外貨準備の凍結▽ロシアの主要銀行の国際銀行間通信協会(SWIFT)からの排除▽プーチン大統領や主要閣僚、プーチン氏に近いオリガルヒと呼ばれる新興財閥の資産凍結▽ロシアの航空会社の締め出し――などだ。

さらに米国はロシアからのエネルギー輸入停止を決定。欧州もロシアへのエネルギー依存を減らす方針を表明した。民間企業も、米クレジットカード大手のビザとマスターカードがロシア業務を停止し、多くの多国籍企業がロシア事業から撤退を決めるなど、ロシア経済の封じ込めが短期間で一気に進んだ。

各国の制裁を背景に、侵略開始から3月上旬にかけてロシアの通貨ルーブルは対ドルレートで急落した。民間企業の株式もロシア国内では取引が停止され、海外市場に上場している企業の株価は暴落。債権も売られ、ロシア市場は「トリプル安」の状況に陥った。

さらに制裁でロシア中央銀行が外貨準備の約半分を利用できなくなったことで、外貨建ての国債の利息や元本支払いができなくなり、ロシアがデフォルト(債務不履行)するとの観測が急激に強まった。

プーチン大統領は3月5日、ロシアに制裁を科す「非友好国」に対し、外貨建て国債に関わる支払いをルーブルで行えるようにする大統領令に署名するなど、強行突破の構えをみせた。しかしロシアがルーブル払いに踏み切れば、格付け会社からデフォルトと認定されることが確実で、3月中旬の利息払いは結局ドルで行われた。

何らかの手元資金を活用したとみられるが、ロシアは年末までに利息や元本償還で40億ドル超の支払いを迫られており、いずれデフォルトは避けられないとみられている。

ソ連崩壊時の苦い記憶

プーチン政権がドル払いに応じた事実からは、1998年に起きたデフォルトを絶対に再来させたくないとの政権の強い危機意識が伺える。

ソ連崩壊後の90年代、ロシア社会は大混乱に陥り、人々は貧困にあえいだ。

支払われない給与。生活できない年金。高齢者らは真冬でも路頭に立ち並び、家財道具などを売って糊口をしのいだ。夜の街ではマフィアが風を切って歩き、治安は悪化の一歩を辿った――。これがロシア人の持つ90年代の苦い記憶だ。

芽吹いたばかりのロシアの民主化を支えようと、国際社会は金融面を含めさまざまな形でロシアを支援した。しかし、短期国債の乱発で借金の返済のために借金を重ねる状況が続き、97年の世界的な金融危機の波がロシアに辿り着いた途端に財政は行き詰り、政府は98年8月にデフォルトを宣言した。

市民は高利をうたった銀行になけなしのお金を預金していたが、銀行が突然破綻し、資産を失った。当時のエリツィン政権への国民の信頼は消え失せた。同様の事態が今、プーチン政権にも近づきつつある。

ロシア社会はまた、輸入品の急減による物価のさらなる上昇や、生活環境の悪化が避けられない。

ロシア経済の特徴のひとつは、消費財や生産財の多くを輸入に頼る構造にある。ソ連末期には経済が欧米から著しく立ち遅れ、さらにソ連崩壊で多くの産業が破綻し、軍事や宇宙開発などを除けば、ほとんどの分野で競争力を失った。

2000年代以降は資源価格の上昇で財政が改善し、海外からも潤沢に製品が輸入できるようになったが、製造業の競争力は高まらなかった。ロシア経済が輸入品に大きく依存するのは、このような事情がある。

しかし今回の危機で、そのような製品を供給してきた海外企業はロシアから次々と撤退し、ロシア企業も海外との取引を打ち切られた。

さらにルーブルの暴落は、すでに海外製品の輸入を困難にしている。14年のウクライナ危機前に1ドル=約30ルーブルだった為替レートは3月7日には、約140ルーブル前後にまで下落している。モスクワの街中では、輸入品の値段が上昇し続けているために、値札が貼れない状態に陥った。

資産価値がある輸入品の価格上昇は特に顕著で、「フォルクスワーゲンがポルシェの値段で売っている」と市民は皮肉っている。

事業停止呼びかけの動き

SWIFTからの排除や、米国などが個別に進めるロシアの金融機関との取引規制で、ロシア企業は海外ビジネスが展開できない状況に陥っている。制裁対象以外の銀行を通じた決済は可能だが、制裁網が現在も広がりを続ける中、いつ資金が回収できなくなるか分からない。そのようなリスクを背景に、多くの海外企業がロシア企業との取引を停止した。

侵略を受けるウクライナも、各国の企業に対しロシアでのビジネスをやめるよう働きかけている。ゼレンスキー大統領は日本の国会で行われた演説で、ロシアとの貿易停止を求めた。フランスの自動車大手ルノーは3月下旬、ゼレンスキー氏が演説で事業停止を要求した結果、モスクワ工場の操業中断に追い込まれた。

ウクライナはインターネットを通じた国際社会への情報発信でロシアを圧倒している。ウクライナ政府は、ロシアでビジネスを続ける多国籍企業には停止を呼びかけ、受け入れなければSNS上で苛烈な批判を展開する。企業は株主や顧客の厳しい視線にさらされることになる。

ロシアのプーチン政権は、撤退した外資系企業の資産を事実上没収する方針を表明したほか、ルーブルの下落を抑えるために海外企業に天然ガスの輸入代金をルーブルで支払うよう要求するなど、恫喝や契約違反ともとれる〝対抗策〟を繰り出している。しかし、このような動きはビジネス上の信頼をさらに失墜させるのは必至で、自らの手で首を絞めかねない。

中国の動向は

一方、欧米の対ロシア制裁の先行きに影響を与えかねないのが中国の動向だ。王毅外相は3月上旬、ロシアとの関係をめぐり「国際情勢がいかに険しく変化しようとも、協力関係を前に進めていく」と表明。中国は欧米の制裁に対しても反対姿勢を鮮明にしている。

ただ、ロシアとの経済関係において、中国が欧米や日本などの穴埋めができるかは疑問がある。新型コロナウイルス禍前の19年、ロシアの輸出先のシェアで中国は約13%だった。欧州連合(EU)の割合は40%超で、中国市場がEU市場を代替するのは決して容易ではない。

その中国も、対ロシア制裁の巻き添えとなる事態は避けたいようだ。中国石油大手の中国石油化工集団(シノペック)は3月下旬、ロシアの石油大手シブールとの石油化学プラント建設事業をめぐる協議を中断したと報じられた。

シブールの小数株主がプーチン政権に近い富豪で、欧米の制裁対象になっていたことが理由という。シノペックはロシアの天然ガス大手ノバテクとの事業も、同様の理由で協議を止めた。制裁対象のロシア企業とビジネスを行えば、自らも制裁されかねないからだ。

戦争はいずれ停戦すると予想されるが、ロシアがウクライナに侵略したという事実は変わらず、ロシアが併合したクリミア半島や「国家承認」した東部地域を手放すとは考えられない。そのため停戦をしても、国際社会がロシアへの経済制裁を解除する可能性は極めて低いのが実情だ。

プーチン政権は自ら引き起こした戦争の結果として、ロシア経済を確実に破綻に追いやろうとしている。

Source

タイトルとURLをコピーしました