視聴率や注目度の低下に苦しむアカデミー賞が復活する日は来るのか?

GIGAZINE
2022年03月29日 23時00分
映画



日本時間の2022年3月28日午前に開催された第94回アカデミー賞では、濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が国際長編映画賞を受賞して日本でも話題となりました。その一方、近年ではアカデミー賞に対する注目度が次第に低下しているそうで、アカデミー賞の抱える問題について芸術やライフスタイル関連のメディアであるLAMagが解説しています。

Are the Oscars Over?
https://www.lamag.com/culturefiles/are-the-oscars-over-2/

アカデミー賞を運営する映画芸術科学アカデミー(アカデミー)は近年さまざまな改革に取り組んでおり、2010年に開催された第84回からは作品賞のノミネート作品数が最大10作となったほか、第94回では「編集賞」「音響賞」「オリジナル作曲賞」「美術賞」「メイクアップ&ヘアスタイリング賞」「実写短編映画賞」「短編ドキュメンタリー賞」「短編アニメーション賞」の8部門で受賞結果が先行発表され、放送では発表時の様子を録画編集したものを放送しました。

また、「Aperture 2025」というイニシアチブでは、2024年以降は作品賞にノミネートする映画を選ぶ基準に「キャストやスタッフにおける人種・性別・性的指向・障害の多様性」を加えることが計画されています。映画制作陣は事前にキャストやスタッフからこれらの情報を収集し、アカデミーのスタッフが調査して「特定の人種・性別・性的指向・障害を持つ人々が少ない」と判断された場合、その作品はノミネート資格を失うとのこと。


キャストやスタッフの人種や性的指向を調べるという制度については、ハリウッド内部でも賛否両論あります。反対する人々は、この試みが映画制作にとって侵略的かつ反創造的である上に、自分の性的指向や障害について隠したい人々にとって不公平なもので、プライバシーの問題にも発展しかねないと批判しています。また、映画の制作時に「このキャストとスタッフで人種や性的指向の要件を満たせるだろうか?」とプロデューサーや監督が考慮する必要が出たり、そもそもキャストやスタッフに「あなたの人種・性別・性的指向・障害を教えてくれ」と聞くのがためらわれるという声もあります。ある業界関係者はLAMagに対し、「じゃあ、動物はどうなんだ?メインキャラクターが馬だったらどうなる?」とあざ笑ったとのこと。

実際にAperture 2025が導入された場合、「先祖のうち何人がネイティブアメリカンだったら『ネイティブアメリカン』の俳優として認められるのか?」「ユダヤ人は『阻害されてきた民族』に数えてOKなのか?」「誰が性的指向や障害を聞いて回る損な役回りを引き受けるのか?」といった論争が起こる可能性があります。ある映画制作者は「(アカデミー賞は)映画制作を簡単ではなく、より困難なものにしています。映画を作るのは大変なんです。誰もそんな面倒なことをやりたくありません」と述べたほか、あるアカデミー会員は「アファーマティブ・アクションに基づく映画制作はまったくばかげた話だし、できるわけがないと思います」とコメントしました。

性的指向や障害といったキャストおよびスタッフのプライバシーに関わる情報を、第三者であるアカデミーが収集・保管することについても問題があります。電子フロンティア財団のRory Mir氏は、「データは有毒な資産です。データ収集を伴うプログラムは、収集者がデータ流出のリスクを背負うことになります」とコメント。LAMagはいくつかの情報はおそらく法律で保護されているとして、誰が情報にアクセスできてどのように使われるのかを、アカデミーは詳細に情報共有する必要があると指摘しています。


賛否両論あるこれらの改革をアカデミーが推し進めるのは、「アカデミー賞の関係者や受賞者に白人が多すぎる」といった批判に対応し、アカデミー賞に対する注目度の低下を食い止めることが目的です。Forbesによると、第94回アカデミー賞のTV視聴者数は約1540万人であり、過去最低だった第93回の約1040万人を大幅に上回ったものの、それでもアカデミー賞史上2番目に低い視聴者数だったとのこと。過去最高の視聴者数を記録したのは「タイタニック」が11部門を受賞した第70回の約5500万人であり、2000年代に入っても4000万人台を維持していたものの、2010年の後半には2000万人台にまで落ち込みました。アカデミーはこうした事態に危機感を覚え、さまざまな改革を行って注目を回復しようとしているとLAMagは述べています。

LAMagは人々のアカデミー賞離れが起きている理由について、「TikTokやYouTubeからスターが生まれる現代では、文化的なアイコンとして映画俳優のパイが減少している」「アカデミーの投票メンバーが選出する文化的な映画と、一般の映画ファンがエンターテインメント性の高い映画に隔たりがある」といった点を指摘。その上で、「Aperture 2025がどれほど善意に満ちていても、このイニシアチブは問題を解決しないでしょう。それどころかこのペースでは、2025年までに誰もアカデミー賞を見なくなるので、最も公平で多様性のあるセットを持つ映画関係者は自分の映画に資格があるかどうかすら気にしないかもしれません」と主張しています。

かつてアカデミー賞は間違いなく国際的な影響力を持った文化的イベントであり、アカデミー賞の開催は地元経済に好影響を及ぼすだけでなく、ノミネートされた映画の興行収入をアメリカ国内だけで数千万ドル(約数十億円)単位で大幅にアップさせる効果も担っていました。しかし、アカデミー賞の注目度が下がっている近年ではノミネートされたからといって興行収入が大幅に伸びるとは限らず、「ムーンライト」「シェイプ・オブ・ウォーター」「グリーンブック」「パラサイト 半地下の家族」などのアメリカにおける興行収入は、アカデミー賞の受賞後も数百万ドル(数億円)ほどしか上積みされなかったとのこと。

もちろん、近年では映画の配信サービスによる収入もあるため簡単な比較はできませんが、あるアカデミー会員は「(受賞による大幅な上積みがあるのは)人々が本当に見たいと思う映画に限られます。そして最近のアカデミー賞は、こうした映画の多くをノミネートしていないようです」とコメント。LAMagは、「これはアカデミー賞が直面する本当の実存的危機です。アカデミー賞は存在理由を失っています。トロフィーを獲得することがもはや興行収入でそれほど意味をなさないなら、この世で最も大きくもみくちゃにされたエゴをなだめる以外に、この式典に何の目的があるのでしょう?」と述べました。


LAMagは2025年にアカデミー賞のノミネート作品が発表される際、人々が「この作品はどうやって多様性基準をクリアしたのだろう?」「あのノミネート作品で『ゲイ』だと認定された俳優は誰?」といった「Guess Which Star is Gay(どのスターがゲイだろうゲーム)」を行うかもしれないと述べた上で、こういうグロテスクなゲームを行う観客すら残っていない可能性もあると指摘。ある有名プロデューサーは、LAMagの「(アカデミー賞の人気は)回復するでしょうか?」という質問に対し、ため息をついて「そうは思いません。アカデミー賞は死んだと思います」と答えたとのことです。

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