被爆地に放射能は残留しない(アーカイブ記事)

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福島第一原発事故から11年たっても、「原爆で被爆地は不毛の地になる」などという記事を「国際政治学者」が書いているので、基本的なことを確認しておきます。

第五福竜丸

日本は唯一の被爆国であり、放射能について過敏になることはやむをえない。しかし原子力には数々の神話があり、それを疑うことはタブーとされてきた。その一つが「死の灰」と呼ばれる放射性物質の影響である。

原爆は放射性物質を一瞬ですべて核分裂させて「完全燃焼」するので、爆発の瞬間には大量の放射線が出るが、被爆地には放射性物質はほとんど残留しない。放射線被曝による急性障害による死者は多いが、そのほとんどは爆発の瞬間に死亡した。

広島には原爆の投下後2週間ぐらいで多くの人が市内に戻り、仮設住宅が建ち始めた。こうした入市被爆者は残留放射線を浴びたと考えられるが、中川恵一氏も指摘するように、彼らの平均寿命は日本人の平均より長い。

特に広島市の女性の寿命は日本一長く、死産率は全国最低である。これは被爆者手帳で健康が管理され、医療が無料化されたことも大きいが、被爆者が放射能を恐れないで住み続けたことがよかったのだろう。

心臓病や肝臓病が「原爆症」に認定されているのも誤りである。低線量被曝によって起こる病気は、癌と白血病しかない。「黒い雨」で死ぬことはありえないのだ。

核実験による「死の灰」の影響も過大評価されている。その象徴が、1954年に起こった日本の漁船「第五福竜丸」の事件だ。ビキニ環礁で行なわれた水爆実験で船員23人が強い放射線を被曝し、久保山愛吉無線長が死亡した。これは当時「死の灰の犠牲者」と報道された。

しかし病理解剖によって判明した久保山の死因は「肝機能障害」であり、この原因が放射線であることは考えにくい。高田純氏によれば、肝臓に蓄積されていた放射能は130Bq/kgで通常の値(120Bq)とほとんど変わらなかった。他の22名の船員についても、放射線医学総合研究所は2005年に次のように報告している:

[船員の被曝した]推定線量は1.7~ 6.0Gy[=Sv]であった。最近では平成15年5月に1名が肝癌で死亡、これまでに死亡者12名となった(内訳は肝癌6名、肝硬変2名、肝線維症1名、大腸癌1名、心不全1名、交通事故1名)。[・・・]

肝機能異常が多くの例に認められ肝炎ウイルスの検査では、陽性率が非常に高い。しかし、腹部造影CT検査などでは肝細胞癌などの悪性腫瘍の所見は認めなかった。被ばく当時、全員が骨髄抑制や凝固異常に対して全血もしくは血漿の輸血を受けており、このことが一因となった可能性がある。

放医研の2008年の年報では、緊急被ばく医療研究センター長の明石真言氏が、「肝臓障害の比率から輸血による障害の可能性があったであろう」と述べている。

このように船員を診察した医師の報告では、船員の死因は放射線障害とはされていない。第五福竜丸の船員のような症状は、実験現場だったマーシャル諸島でも見られず、核実験を行なった作業員の発癌率も上昇していない。

ビキニ環礁では他にも多くの船舶が被曝したが、肝障害が大量に発生したのは第五福竜丸だけである。この原因は、売血された血液(当時は注射針も使い回していた)によって肝炎に感染したものと考えられる。

しかし読売新聞が「第五福竜丸の悲劇」をスクープし、世界のメディアが報道したため、「死の灰」の神話が一人歩きしてしまった。その後の医学の発展で、放射線の健康への影響はかつて考えられていたより軽微であることがわかってきたが、それを語る者は「御用学者」などと非難されるので、診察した医師でさえ最近まで口を開かなかった。

もちろん核兵器をなくすことは大事だが、放射能のリスクはそれとは無関係である。両者を混同して放射性物質を「死の灰」と呼ぶことは、必要以上に情緒的な反応を引き起こし、被災地の復興を困難にする。被爆国として世界に影響力をもつ日本から正しい情報を発信することが、歴史に対する日本人の使命だろう。

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