英経済紙 FT 、いかに電子版有料会員100万人を達成したか? : 担当役員のジョン・スレイド氏に訊く

DIGIDAY

パブリッシャーがサブスクリプション事業を成功させるには、広告主よりも読者を優先する必要がある。「広告市場の複雑化と運用コストの高額化」が進む現状ではなおさらだ。そう語るのは、フィナンシャル・タイムズ(Financial Times:以下、FT)で最高事業責任者を務めるジョン・スレイド氏だ。

この英国の有力経済紙に関する限り、この考え方は功を奏しているようだ。同紙は3月1日にデジタル版の有料会員数を100万人の大台に乗せたと発表した。FTの有料会員の半数以上は英国外に居住しており、米国の購読者がほぼ4分の1を占めている。現在、FTの総収入の48%がデジタル版のサブスクリプションによるものだという。

米DIGIDAYはスレイド氏にインタビュー取材をおこない、有料会員100万人の大台に至る道のり、購読料収入を追求する同業他社にも有益な知見、潜在的な購読者の新しい入り口として、数週間後にリリース予定のアプリ、さらに、サブスクリプション事業が広告事業の「推進力」になるというスレイド氏の持論について聞いた。

なお、インタビューの内容は編集・要約されている。

◆ ◆ ◆

――デジタル版有料会員の100万人達成に至る道のりで、なにか重要な転機はあったか?

重要な転機というなら、それはおそらく3、4年前のこと。サブスクリプション事業の成功は必須だと悟ったことだろう。成功以外の選択肢はなく、もはや「あったらいいな」では済まない話だった。

自分たちの未来はできる限り自分たちで決めたいと考えている。広告業界のように気まぐれで、独自のリズムとペースを持ち、安定した投資をおこなうにはあまりに不安定な業界には依存したくない。その点、読者から直接得る収入は、広告収入よりもずっと安定的で、はるかに信頼性がある。

少し考えれば分かることだが、サブスクリプション事業は広告事業を牽引する動力となる。パブリッシャーには読者との直接的な関係があり、この関係から重要なデータが得られ、このデータをもとにより効果的な分析やターゲティングをおこなうことができる。たとえば、FTブランドのコンテンツ事業では、重要なデータや知見を有料会員や一般読者から収集している。読者との関係が豊かであるほど、優良な知見が得られ、ブランデッドコンテンツ事業もうまくいく。読者との関わりを深めて、サブスクリプション契約の更新率を改善すれば、それだけ広告在庫も増える。その広告在庫が優良であるほど、ただでさえ価格が下落傾向にある広告市場で、より有利な価格を設定できるようになる。サブスクリプション事業と広告事業は共生関係にあり、「二者択一」の関係ではない。

――ということは、デジタル版のサブスクリプション契約がどこかの時点で急激に伸びはじめたわけではない?

FTのペイウォールはこの6月で設置から20年目を迎える。ちょうど私がFTに入社した時期だ。この間、我々の努力が報われるような、大きな加速が見られた特別な瞬間がいくつかあった。基本的には、ニュースになるような大きな出来事があった時期と重なる。たとえば、英国が欧州連合(EU)から離脱した、いわゆるブレグジットもそのひとつだ。それからトランプ大統領、あるいは新型コロナウイルス禍など。世間に混乱を引き起こすような事件があると、読者は急増する。そこではふたつのことが起きている。ひとつはニュースになるような大事件の発生で、最近では特に頻回に起きている。そしてその裏では、ビジネスモデルの改善やテクノロジーに対する投資が絶え間なくおこなわれている。(サブスクリプション事業関連のコンサルティングをおこなうFTストラテジーズ[FT Strategies]の)クライアントからはこう問われる。「結果を出すのに20年もかかるのか」と。我々の答えはこうだ。「もっと早く結果を出せるので、心配は無用だ」。

――そのようなクライアントにはどう説明するのか? どうすれば、より短期間でFTと同じ成果を実現できるのか?

重要なポイントのひとつは、進むべき方向を示す北極星のような目標を掲げ、組織内のすべての部署が目標達成に貢献できると意識することだ。重要事項を組織全体で共有し、縦割りや部門の壁を排除しなければならない。FTでは、そのような目標としてエンゲージメントに着目した。そして6年前に、読者のエンゲージメントを測る非常に具体的な方法を確立した。リーセンシー、フリクエンシー、読まれたコンテンツの数量を組み合わせ、スコアに換算する方法だ。おかげで、製品チーム、編集チーム、技術チームの誰もが、この共通目標に対する自分たちの貢献度を確認できるようになった。しかも、このような目標は意思決定や投資をおこない、優先順位を決定する際の指針ともなる。エンゲージメントはもっぱらリテンションの取り組みと思われがちだが、数を増やすのにもっとも費用対効果の高い方法は減らさないことだ。バケツの底から漏れ出る人数を減らせば、全体的な読者数を上向かせることができる。

――100万人の購読者を獲得することと、この人々を維持することは別の話だ。この数字を維持しつつ、ここからさらに増やすための計画は?

ニュースになるような大きな事件が起こり、読者が急増するという学びから、一種の戦略書をまとめた。報道に値する大事件が起こると、読者が大きく伸びることは理解した。そのうえで、増えた読者はそのまま維持したい。そこで最初にやることは、価格の効果的な管理だ。当初の価格を適切に設定しなければ、12カ月後の更新時に、読者の不興を買うことになりかねない。そうなれば、確実に読者を失うだろう。FTでは、「大きな事件にからんでニュースを読みに来た人々」を特別な読者グループに仕分けている。そうすることにより、ほかの読者に対するマーケティング活動やコミュニケーション、更新料金などと分けることができる。我々はこの読者グループをほかとは別扱いとしている。

さらに、読みたい記事があってFTに来た人々に、できるだけ早く、目的以外のコンテンツにも関心を持ってもらうことが重要だ。早ければ早いほど良い。たとえば、ある人がトランプ大統領と米国政治に関する最新ニュースを求めてFTに来たとする。我々はこの人向けにパーソナライズした紙面はもとより、この人宛てのニュースレターやコミュニケーションなどを通じて、米国政治に関するニュースを最大限に提供する。その一方で、この人が興味を持ちそうなほかのコンテンツの特定にも注力する。そのためのデータ分析だ。読者は「深いニュース」を求めてFTに来るが、我々はできる限りスピーディに「幅広いニュース」を提供することに力を入れている。

――FTの有料会員の23%が米国在住ということだが、これは最近の傾向か。それとも、長期的な取り組みの結果か?

長期的な取り組みの結果だ。グローバルに読まれるニュースがある一方で、どの市場にも特有のニュース需要がある。我々が心がけているのは、FTの報道を確実に差別化することだ。我々よりもはるかに豊富なリソースを持ち、北米の金融や政治について幅広くカバーできるメディア企業と競争したいとは思わない。FTは誰にとっても第一の選択肢というわけでは必ずしもない。皆、育ってきた環境が違うのだから。読者にとって第一の選択肢となるには、時間も金もかかる。それを認める謙虚さは持ち合わせているつもりだ。

親会社の日本経済新聞社はFTの投資に寛容だ。おかげでマーケティングと米国の支局に十分な投資ができる。FTは米国の経済、政治、金融のニュースを世界情勢とリンクさせた報道を得意としている。我々には米国の大手メディアにはない独特の視点がある。彼らは外から内を見る視点を持たない。ニュースの編集室にも投資が必要だ。5人や6人といった話ではない。米国の支局には90人前後のスタッフがいる。ちゃんと現地に戦力があるということだ。

――FTは近日中にビジネス系以外の読者を対象としたアプリをリリースすると予告している。FTのサブスクリプション戦略における位置づけなど、詳細について教えてほしい。

(企業人や経営者といったFTのコアな購読者層に)隣接する読者を獲得したい。具体的には、世界情勢に関心があり、グローバル志向で、物事のつながりや関連性を理解したいが、おそらく時間に余裕がなく、ほかのデジタルメディアを購読しているかもしれない人々を想定している。これはニュース速報のためのアプリではなく、思考を刺激するためのアプリだ。やや長めの記事を、毎日8本、アルゴリズムではなくマニュアルで厳選する。読めば達成感が得られるような記事だ。「やった」感とか「読んだ」感を味わえる。ニュースレターが成功するのも同じ理由だろう。適切なタイミングで配信され、無理なく消化でき、「達成感」が味わえる。アプリとしても、ニュースプロダクトとしても、そのような可能性を持っていると思う。

毎日何千万という人々が、FTのSNSやホームページ、あるいは音声メディアなど、各種のプラットフォームで無料のコンテンツを読んだり聞いたりしている。いまのところ、この人々はFTの有料会員ではない。このような人々が、新しいアプリを入り口として、FTの世界に来てくれれば良いと考えている。

数週間のうちにはこのアプリを世界中で公開する予定だ。まずは英国版から。次の数カ月で米国版を制作する。最初の1カ月は無料で、続く6カ月の料金は月額99ペンス(約157円)。それ以降は月額4.99ポンド(約802円)が請求される。

このアプリを体験した読者には、こんなアプローチを考えている。「今日配信した8本の記事は楽しめましたか? こんな記事を800本も読むことができますよ」と。うまくいけば、FTにつながるひとつの道筋となるはずだ。我々にとって中核的な施策ではないが、一定のメリットは期待できると思う。

[原文:How the FT got to 1M digital subscribers: Q&A with commercial chief Jon Slade

SARA GUAGLIONE(翻訳:英じゅんこ、編集:長田真)

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