穴を掘る(デジタルリマスター)

デイリーポータルZ

何かを掘り起こす訳ではなく、何かを埋める為でもない。何の目的もない穴掘り作業にただ没頭してみたい。説明し難い衝動にかられて穴を掘る。「もうこれ以上は掘れない」「いや、まだいけるはずだ!」。数時間に渡る穴との格闘、地への冒険。男たちの熱いドラマが今始まる。

2003年8月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。

荒川河川敷にて

江戸川区は荒川の河川敷に穴を堀りにやって来た。
天気予報では曇りのち雨と言っていたが、照りつける日差しがジリジリと肌を焼きつけ、じっとしているだけでも汗がにじんでくる。

「厳しい1日になりそうですね」
「まめに休憩をはさみながら掘っていきましょう」

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荒川の河川敷

僕たちは額から流れ落ちる汗を拭い、穴掘りのポイントを探しながら土手沿いを歩く。
犬を散歩させているオバサン、上半身裸で走る若者、空缶の山をリヤカーに積んでゆっくりとひいている老人……。

「結構、いますね、人」
「平日の午前中なのに……」

なるべく人知れず穴を掘りたい。
そう思っていた僕たちは、土手に集まる人々の姿を見て少し気後れする。

しばらく呆然と立ちつくしていると、前からローラーブレードを履いた若者が全力疾走で向かって来た。フワーッと生温い風を残し、僕たちの横を抜ける。

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ローラーブレードで疾走する若者

2人「……」

「まあ、悪いことする訳じゃないし……」
「そうですね、ただ穴を掘るだけですから」

土手沿いを更にズンズン進む。
適当な場所を見つくろい、荷物を降ろしレジャーシートを敷いた。

平井大橋に程近いこの場所で、これから穴を掘る。

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このシャベルで掘る

 

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2人で1つの穴を掘る。表層部分は柔らかく掘りやすい

「ウインドウズはXPになって起動パスワードがあるからいいですね」
「あ、確かに。まあ、秘密にしてる事なんてないから、あれですけど」
「僕も、見られて困るものはないですよ」
「それだったら、505の指紋認証のやつ、あっちの方がいいですよ」
「そっちの方が僕には必要ないですね。携帯メールはほとんど来ないから」
「僕も、別に見られて困る事はないですよ」
「そうですよね」

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掘り始めて間もなく、ミミズが出て来た

2人「……」

「一気にテンション下がっちゃいました。ミミズで」
「うーん、確かに気持ち悪いですね」
「ミミズを戻して、別の場所掘りましょうか?」
「いや、ここで掘りましょう」

 

「秘密っていえば、僕が高校1年の時、兄貴は浪人生だったんですよ」
「ええ」
「で、部屋が一緒だったんですが、見つけちゃったんですよね。兄貴の机の奥で」
「何をですか?」
「エロ本」
「ああ……」
「書泉グランデの袋に入ってました」
「あの、ビニール製のやつ?」
「そうです。なので、いまだに街で書泉グランデの袋を見ると、エロ本!って思います」

 

「僕の場合、逆ですね」
「逆?」
「ええ、弟の机で見つけちゃいました」
「どんなのです?」
「投稿ものです」
「ああ……」

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約1時間が経過、15センチ程の深さの穴が口を開ける。

 

「僕、ずっとブエノスアイレスに行きたくて」
こんな感じの?
「ええ。何か名前の響きがいいですよね」
「ブエノスアイレス!」
「赤ワインと牛肉が有名だそうですよ」
「ブエノスアイレス!」
「『母をたずねて三千里』のお母さんは、ナポリからブエノスアイレスに働きに出てしまって、それをマルコが探すんですよね」
「って事は、当時はイタリアよりもアルゼンチンの方が仕事が多かったって事ですかね」
「そうですよね」
「忘れちゃったんですけど、マルコってお母さんと会えたんでしたっけ?」
「いや、知らないです。僕、日曜日のあの時間帯って1つもアニメ見てないんですよね」
「えっ?『フランダースの犬』も?」
「ええ、父親が『すばらしき世界旅行』好きで、そっちばっかり…」
「あの番組、オープニングとか恐かったですよね。唇に何か刺さってる人たちが出てきたり」
「そうなんですよ。それが嫌で嫌で……」

「マルコは会えたのかなあ…ブエノスアイレスで」
「どうでしょうか」

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少し休憩を入れる事に。休みなしで1時間掘り続けたので手がしびれている。

「そういえば、『強い酒友の会』の時ですが……」
「ああ、あの時は大変でした」
「いや、僕、林さんが後ろ向いたり、トイレに立ったりする度に注ぎ足してました。強いお酒」
「えっ?」
「すみません。酔ってもらった方が楽しいかなあ、なんて…」
「だからかあー!1杯しか飲んでないのに、おかしいなあって、思ってました」
「ごめんなさい」
「いや、でも、僕もあの後、交番で深刻な話をしている最中に寝てしまいました」
「えっ?」
「酔っぱらったのと、雨に濡れて疲れたのと……」
「じゃあ、あの件はイーブンって事で」
「そうですね」

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休憩後、再び掘り始める。15センチを過ぎたあたりから赤土から黒い土に変わる

「何だか固くなってきましたね、土が」
「ええ、相当力を入れないと」
「こうやって、体重乗せていかないと、きついですよ」
「手が痛くなってきました」

 

「林さんは持病ってあります?」
「ありますよ、痔」
「ああ……、痔は辛いですね」
「2年に1回、必ずやってくるんです」
「オリンピックよりも頻繁に」
「夏と冬を合わせると、ちょうどオリンピックイヤーです」
「僕の友だちで、オリンピックイヤー毎にメガネを買い替える奴がいます」
「見えない力があるんですかね、オリンピック」

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貝が出てきた。化石かと思ったがどうやら新しい。以前にこの辺で味噌汁を飲んだ人が捨てた貝かもしれない

「二日酔いで飲んだしじみ汁ですかね」
「あれ、本当に効くんでしょうか?」
「効いた感じはしますよね」
「うーん……」

 

「僕は高校3年生の時、髄膜炎って病気にかかりました」
「髄膜炎?」
「ええ、風邪のウイルスが脳の方にいっちゃうんです」
「脳に?」
「なので、一歩間違うと死ぬか、頭がおかしくなるか、って病気で」
「……」
「早期発見が良かったみたいで、助かりました。あと、大学4年の時に椎間板ヘルニアの手術を受けました」
「……」
「何だか僕は転機の度に大病する、っていうか……」
「いやあ、でも、今は元気だから」
「そうですよね、こうして穴も掘れてるし」

2人「……」

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深く掘り進める為には穴の直径を広くしなくてはいけない事を発見する。深く掘る為には広く掘れ!

「よく、広く浅く、なんて言いますけどあれは嘘ですね」
「そうですね。広く深くですね」
「広く深く。そして、この穴はブエノスアイレスへ!」
「ブエノスアイレス!」

「それにしても固いですね」
「どんどん固くなってきましたね」

 

「中学校の時、同級生の女の子に流行りの歌とかをテープにダビングしてもらったんです」
「ああ、ベストテープですね」
「ええ。で、そのテープの最後に1曲頼んでいない曲が入っていて」
「ボーナストラック!」
「それがRCサクセションの『シェルター・オブ・ラブ』って曲で、君のシェルターに入りたい、みたいな歌詞で」
「はい」
「これは絶対誘われてる、って思いました」
「重ね録音して消し忘れてだけなのでは?」
「……」

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固い岩盤に突き当たり中々進まない。再び休憩を入れる2人。

 

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僕たちが掘った穴から見た風景

「ここから全く進みませんね」
「もう無理かも、ですね」
「このままだと横に広がっていく一方ですよ」
「ここまで固いと、ちょっと……」
「そろそろ限界でしょうか……」
2人「……」

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掘り起こした土が富士山の様に積まれていく。もうこれ以上掘り進める事は出来ないのか。

「トンボが飛んでますね」
「こんなに暑いのに、もう秋なんですね」
「首の裏側、焼けてません?」
「あっ、真っ赤ですよ」
「どうりで、ヒリヒリするから」
「あのトンボたち、ちょっと早過ぎたかもしれませんね」
「腕もこんなに焼けてますよ。時計の跡が、ほら」

 

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穴を埋める。

「じゃあ、そろそろ埋めちゃいましょうか」
「そうですね。ブエノスアイレスをあきらめて」

 

「そういえば、さっきの話。結局どうしたんです?」
「えっ?さっきの?」
「カセットにボーナストラックの件です」
「ああ、あれは、もういいです」
「いや、あれ、やっぱり誘ってたんですよ」
「そうですか?」
「お前のシェルターに入りたい!なんて、絶対そうですよ」
「やっぱりそうかなあ……」
「何かリアクションすべきでしたよ」
「ああ、何か、アンサーソングみたいなもの送ったかも」
「えっ!!」
「いや、嘘です。送ってない」

2人「……」

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数時間かけて掘った穴が一瞬にして穴でなくなった。

 

「僕、明後日から、上海に行きます」
「それじゃあ、来週の特集は上海のレポートで」
「そうですね、上海で何か取材してきます」

という訳で、来週は上海の特集をお送りする予定です。
お楽しみに。

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