昔からファッションのことが苦手だった。大人になったらわかるようになると思っていたが、大人になったものの、いまだになんだかよくわかっていない。
ここまで来たら、プロの力が必要だ。ファッション素人の素朴な疑問を、専門家にぶつけてみることにした。
今回のインタビューに登場するのはこの4人。
角田千枝先生 相模女子大学学芸学部生活デザイン学科教授。パタンナーとして、大手アパレルブランド勤務のあとフリーランスとしても活動。また、交通安全未来創造ラボ(日産自動車)の特別研究員として交通事故防止を目的とした衣服提案や啓蒙活動などを実施中。
まいしろ エンタメライター。いまだに着回しという概念を理解していない。
古賀さん デイリーポータルZ編集部。自力コーディネートが無理なのでワンピースしか着られない。
安藤さん デイリーポータルZ編集部。ネクタイもベルトもしない。
パリコレの奇抜な服はマイルドにされて売られている
まいしろ(以下、まい):
まずは、ファッションに詳しくない人なら全員一度は思ったことがある疑問、「パリコレの服装はなぜあんなに奇抜なのか」からお伺いしたいです。
角田先生(以下、角田):
これ、すごくおもしろい視点だなと思って、資料を作ってきたんですよ。
一同:
すごい!!
角田:
皆さんが疑問に思う服って、たとえばこういう服ですよね?
まい:
まさにそういう服です!
角田:
こんなの街では着れないですよね。じゃあなぜ作るのかというと、売るときには着れるように変えるんですよ。
例えば、スカーフに同じ柄を使ったり、ボリュームを少なくした服に変えたり。そうするとコレクションを見た人は、「あのときのだ!」ってなりますよね。
コレクションではやりたいことを爆発させて、そのあと販売するときは、特徴的なエッセンスを落とし込むんです。
古賀:
すごい!疑問が一気に解決しました!
角田:
あとは、コレクションの服はよく奇抜だと言われますが、実際は街で着られる服も多いんですよ。
まい:
我々が奇抜なものばかり覚えちゃってるだけなんですね。
角田:
それから「日本では恥ずかしいけど、海外では普通」というパターンもありますね。
例えば、露出が激しくて「こんなの着れるわけがない」という服でも、海外では人気のデザインだったりします。国により、洋服に対する「当たり前の基準」が違うんですね。
なので、同じコレクションの服でも、欧米用はそのまま、日本用は落ち着いた色やデザインに変えたりもします。
安藤:
逆に「日本では着れるけど、海外ではむり」というファッションもあるんですか?
角田:
海外では無理という事ではありあせんが、日本のブランドにより世界の服の当たり前が変わるきっかけになった事ならあります。それは、COMME des GARÇONSやYOHJI YAMAMOTOがパリコレで発表した、全身まっ黒な切りっぱなしの服です。これは、「黒の衝撃」としてファッション界を驚愕させました。今も、黒い服がスタイリッシュでおしゃれに感じるのは、この影響が大きいでしょう。
まい:
我々が黒い服を着れるのは、COMME des GARÇONSのおかげだったんですね!
いまの流行は2年前に考えられたもの
まい:
流行って、どこからか生まれてしばらくするとなくなっていきますが、あれはどこから生まれるのでしょうか?
角田:
まず、服を作るためには、生地が必要です。なのでパリコレの前段階として、生地の展示会があるんですよ。
安藤:
先に生地なんだ!
角田:
さらにいうと、生地の前段階として、流行の色があるんです。インターカラーというところで、2年後に流行する色を決めています。
古賀:
2年後の色を?!
角田:
そうです。たとえば「サステナブルが注目されているので、アースカラーがいいんじゃないか」「宇宙開発が進んでいるから、宇宙をイメージした激しい色合いのものが流行るんじゃないか」といった話し合いをするんですね。
様々な国の代表者が何人かで考えますが、時代の流れをふまえて考えるので、結論はやっぱり似てくるそうです。
安藤:
じゃあ当たるんですか?当たるのか?!
角田:
もちろん予測なので外れることもありますよ。ただ、それを踏まえても価値ある情報なので、ファッションに限らず、化粧品や工業製品など製造販売を行っている様々な会社がその情報を買って、それに合わせた商品を作ります。なので、世間がそちらに寄っていくことはありますね。
まい:
知らないところでそんなことが行われていたとは…..!
角田:
ファッションも同じで、パリコレのようなコレクションは、ただ奇抜なものを作ろうとしているわけではないんですよ。
いまの時代の感覚を捉えて、「時代に合うファッションはなんだろう?」と考えてデザインしていきます。だから、別のブランドでも似ていくことがあるんです。
一同:
へぇ〜!
まい:
ちなみに、いまの流行はなんなのでしょうか?
角田:
今年の春夏だったら色は黄色やオレンジ、素材は透け感のあるシアー・シースルーなどですね。ただ、いまは流行を気にしない若い人が増えてるんですよ。学生に「来年はこれが流行るよ!」って言っても以前よりもリアクションが薄いんです。
まい:
そうなんだ!
角田:
昔は流行したものを皆が着ていたんです。つまり、「十人一色」です。その後、誰がどんな服を着てもいいという人それぞれ違う「十人十色」の時代になって、いまは「一人十色」でひとりがいろんな服を着るようになりました。
古賀:
いい時代ですね。
角田:
SDGsが浸透してきていることもあり、「流行の服を着る」だけでなく「お気に入りの服を長く着る」ことも、カッコいいファッションとして、もっと定着していくと思います。
改めて考えてみるファッションの謎
まい:
ここからは「よくよく考えるとあのファッションはなんなんだろう」という素朴な疑問をお聞きしていくコーナーです。まずはネクタイについてですが、あれは結局なんなのでしょうか?
古賀:
あれは本当になんなんですか?
角田:
ネクタイは身分を表すためのアイテムですね。ネクタイに限らず、「首周りに何かをつけて身分を表す」というのは、時代・国を問わず多いんですよ。
ネクタイの起源とされるクラバットは、もともとは貴族や富裕層が身につけていましたが、その後ヨーロッパ各地に広がりました。フリルやレース、スカーフ風、蝶ネクタイなどいろんな種類のものを首につけ、おしゃれを競い合っていたんです。
それが、産業革命でどんどん製造しやすいものに変わり、あの形に落ち着いたんです。
まい:
昔はネクタイにもいろいろな種類があったんですね!
角田:
そうなんです。現代では、カジュアルなシーンで使える蝶ネクタイも人気ですね。
まい:
身近なファッションも、改めて歴史を見てみるとおもしろいですね!
続いてはジーンズについている小銭入れのようなポケットです。
角田:
コインポケットのことですね。
安藤:
本当に小銭入れだったんだ。
角田:
もともとは懐中時計を入れるところだったんです。でも、時代が変わって腕時計がメインになり、コインポケットと呼ばれるようになりました。
安藤:
小銭を入れたことがないんですよね。
まい:
これは必要なんでしょうか?
角田:
ついてた方がバランスがいいです。もともと、ジーンズは仕事をするための服装なんです。だから、使いやすいようにポケットがたくさん付いているし、洗ってもほつれないように頑丈な太い糸でステッチがされています。
そういったディティールがなくなると、ジーンズらしさがなくなるんですよ。
まい:
こういう細かいところが、全体のクオリティを上げてくれているんですね!
「身近なファッションについて改めて考えてみよう」コーナーの最後の質問は、「パーカーが最近フーディと呼ばれるようになりましたが、こうやって同じものなのに名前だけ変わることがあるのはなぜでしょうか?」という疑問です。
角田:
これはパターンがふたつあるんですが、ひとつ目は「そもそも違うものだから違う名前になっている」というものですね。
たとえば、もともとパーカーはエスキモーの服から来た防寒着で、フーディはフード付きのスウェットを指すんです。
まい:
似てるだけで違うものなんですね?!
角田:
ただ、日本では今まで両方共パーカーと呼んでいたので、フーディも使い分けされるかは微妙です。更に、ファッションが人気になっていろんなバージョンが出てくると、違いがあいまいになるんです。だから「同じものなのに名前がふたつある」ということになるんですよ。
あともうひとつは、「同じだけど新しさを出すために言語を変えている」というパターンです。
安藤:
これは多いですよね。デニムも昔はジーパンだったし。
まい:
とっくりもタートルネックになったし。
古賀:
スパゲッティもパスタになったし。
角田:
ですが、同じといっても、流行になった「その時」で少しデザインが違うんですね。「流行はめぐる」とよく言われるんですが、実際はスパイラルのようにめぐっていくイメージです。昔のものと似ていても、肩幅や丈、ボリューム感など、少しバランスが違うから、新しい名前がつけられていくんですよ。
一同:
へぇ〜!
服は楽しんでなんぼのもの
まい:
最後は、我々ファッション素人が角田先生に教えを乞うコーナーです。ひとつめは、「服を買うときはいつも『いい服だ!』と自信満々で買っているのに、実際に買ってきてクローゼットに入れると一軍と二軍に分かれるのはなぜでしょうか?」
角田:
二軍が生まれるのは、いま持っている他の服と合うかを考えていないからだと思うんです。
まい:
グサッと来ました。
角田:
おすすめなのは、いいなと思うトップスがあったら、お店の中で自分が持っているものに近いボトムスを持ってきて、試着室で実際に合わせてみることです。そうすると実際に着るイメージができますよね。
安藤:
もっと若い頃にそれを教えて欲しかった…..。
角田:
あとは、着るシーンを考えることも大事です。「これを着てどこへいくか」を具体的に考えられる服でないと、どれだけ高くていい服でも、二軍になってしまいますよ。
まい:
耳が痛いです。
安藤:
家の中を見られているかのようだ。
まい:
気を取り直して次の質問です!「ファッションブランドの名前がいつも読めません。『これ』や『あれ』でしのいでいますが、読めるようになる方法はないでしょうか?」
角田:
これは私が知りたいですね。どんどん出てくるから「もう知らない!」って思ってます。
まい:
先生レベルでもそうなんだ!
角田:
「どのブランドがお好きですか?」という質問も答えにくいですよ。出会ったら買うので、ブランドは気にしてないんです。
まい:
「これが読めたら自慢できる」みたいなブランド名ってありますか?さりげなく読んで誰かに自慢したいです。
安藤:
COMME des GARÇONS HOMME PLUS(コムデギャルソンオムプリュス)とかどうですかね?
古賀:
後ろにどんどんくっつくやつね。
安藤:
読めないんですよね〜。
角田:
読めないですよね〜。
まい:
この質問は皆の心を一つにしてくれましたね!続いての質問は「ファッションに詳しい方でも、我々のように昔の自分の服を見て絶望することはあるのでしょうか?」
角田:
あります、あります!
まい:
あるんですね?!
角田:
ファッションが好きな人の方が、攻めた服を着ていたりするので、後から見てびっくりすることがあります。燃やしたい服もありますよ。
安藤:
僕もトラウマになっていることがあって、大学のときに「流行を作ってやろう」と思ったんですよ。それで、何ヶ月もTシャツを裏表に着ていたんです。広まったらファッションリーダーになれると思ってたんですけど、僕の影響力では無理でした。
古賀:
元気出して欲しい!
角田:
でも、ブランドはそういうこだわりから生まれるんです。安藤さんも、もう少しTシャツを裏表に着続けていたら、流行を作れていたかもしれないんです。
まい:
安藤さんはブランドを立ち上げるべきだったんだ。
安藤:
もうひとつあるんですけど、僕は「Champion(チャンピオン)」と書いてあるシャツが着れないんです。僕、チャンピオンではないじゃないですか。
角田:
(笑)
古賀:
「俺はチャンピオンじゃないのにな……」ってなっちゃったんだ。
まい:
謙虚だなぁ。
安藤:
文字が書いてあると気になっちゃうから、もう無地の服しか着れないんですよ。それかチャンピオンになるしかない。
角田:
でもこういう感覚は、人によって違いますよね。私は文字ではなくデザインで捉えるので、文字は気にならないんですよ。でも、安藤さんはライターだから文字を気にされるんですよね。そういう感覚の違いは、すごくいいことだと思います。
「文字のある服を着れない」というのは安藤さんの自分らしさだと思うし、誇りに思っていい個性ですよ。
まい:
なんだかすごく前向きになれる話ですね。
角田:
やっぱり服は、楽しんでなんぼのものなんですよ。
まい・古賀・安藤:
楽しんでなんぼ。
角田:
ファッションは誰かに見せるものでもありますが、それ以上に自分の気持ちをアップさせて、行動をポジティブにできるものなんです。自分のためにどういうファッションがいいのか考えると、もっと楽しめると思いますよ。
古賀:
急に服が買いたくなってきました。
まい:
最近買ってなかったんですよね。
角田:
ぜひ買いましょう!ファッションは楽しいですよ!
取材の中で、角田先生は「好きな服は計画的衝動買いをしている」と仰っていた。計画的衝動買い。なんてステキなフレーズだろうか。
在宅が多いとなかなか服を買うことがないが、久しぶりに好きな服をいっぱい買おうという気になった。読者の皆さんにも、ぜひ計画的衝動買いをおすすめしたい。