SUUMO編集長が読み解く不動産業界DXの今–「業界の慣習」が変わる時

CNET Japan

 デジタル化、オンライン化などDXが進まない業界と言われていた不動産が、ここ数年で大きな変化を遂げている。コロナ禍を受け、非対面、非接触の接客が浸透したほか、オンライン内見やIT重説などの新サービスもスタート。時間や場所にとらわれず家探しをできる環境が整いつつある。

 コロナ禍が不動産DX前進の大きな理由の一つだが、「もともと高まっていたニーズがコロナをきっかけに表面化した。デジタル化、オンライン化に向かう流れが大きくなり、対応せざるを得ない状況になったため」と現状を分析するSUUMOリサーチセンター長兼SUUMO編集長 池本洋一氏に不動産DXの現状と今後について聞いた。

コロナが後押しした非対面、非接触接客がくすぶっていたDXを推進

SUUMOリサーチセンター長兼SUUMO編集長 池本洋一氏
SUUMOリサーチセンター長兼SUUMO編集長 池本洋一氏

——DXが遅れている業界として名前を挙げられることの多い不動産業界ですが、不動産DXの現状をどう見ていますか。

 これは、ほかの領域のサービスが普通にできていることが、まだ当たり前の行動になっていないからだと考えています。

 例えば、宿泊やヘアサロン予約などは、オンラインで空き時間を検索して、即時予約ができますよね。でも家探しではそういった一連の行為が根付いていない。また、内見や契約など現地に赴いてやらなければならないことも多いです。こうした対面、現場が残る領域は、今や自動車と不動産の購入くらいだと思います。この2つには共通点があって、どちらも価格が高く、購入頻度が低い。そのため「頻繁に体験することではないし、このままでもいいか」と考えられがちだったんです。

——利用頻度は低いのに、なぜここにきてDXが叫ばれるようになったのでしょう。

 理由の一つはコロナです。非対面、非接触が求められる中、店頭で、現地でといった仕事のやり方を変えざるを得なくなってきました。ただ、それ以前からお客様は住まいの領域におけるデジタル化、オンライン化を求めていたと思います。

 実際、SUUMOのデータを見ると、お客様一人あたりにおける契約前の問い合わせ数は減少傾向にあります。しかし検討期間を見ると短くなってはいない。何が起こっているのかというと、オンライン上である程度目星をつけてから、問い合わせする形に変わってきているからです。

——家探しにおける第一段階は店頭ではなくオンラインにシフトしてきていると。

 これには心理的側面もあって、不動産会社の店頭に訪れるとハードな営業をされてしまうのではないか、と感じている人もまだ一定数います。特に若い世代になればなるほどこの傾向は強いと思います。一方で、物件の情報を多く開示している不動産会社の成約率が高いという結果も出てきています。店頭に訪れたお客様に直接営業するよりも、予めお客様が欲しいと思われる情報をオープンにし、知りたいことに応える姿勢で対応している会社のほうが業績がいい。こうした営業スタイルの変化は、不動産会社の従業員も同様で、ハードな営業は得意ではないという人が増えた。お客様と働く側の感覚の変化が、情報を開示して営業した方がいいという方向に進み始めています。

——そもそも不動産業界は情報の非対称性が長く続いている業界ですが、これはなぜなのでしょう。

 業界の慣習なんですね。新築分譲マンションなどは特に値付けが難しい。階数や日当たりなどによって、もちろん予定価格はついているのですが、接客をしていく中で、人気がある部屋と売りにくい部屋というのがどうしても出てきてしまう。売りにくい部屋は価格を下げ、人気のある部屋は価格を上げ、と接客をしながら柔軟に値付けしていく必要があるのです。

 マンションは1棟全体で収益を出さなければならないので、必要な措置といえばそれまでですが、ただ、ほかにこんな売り方をしている商売はない。さすがにこれはおかしいだろうという話しになってきたのがここ数年です。不動産サイトであるSUUMOは、現在不動産会社に広く情報開示を呼びかけています。

「SUUMO」上では情報開示を積極的に進めている
「SUUMO」上では情報開示を積極的に進めている

中古物件に波及効果あり、バーチャルステージングとは

——ようやく進んできた不動産DXですが、どんなツールや変化がこの状況を後押ししていますか。

 全体を通してオンライン化が大きな役割を果たしています。情報収集だけでなく、オンラインによる重要事項説明(IT重説)なども広がってきていますので、店頭に訪れる回数も減らせます。不動産の契約は、対面、紙のやりとりが主で、どうしても時間と手間がかかってしまう。オンラインでできるならと、そちらを選択するお客様も増えてきています。

 もう1つはモデルルームの変化です。新築マンションなどは、建築をしていない状態で売るケースが多いため、今まではモデルルームを作るのがセオリー中のセオリーでした。モデルルームは、建設中マンションの近くなどに作られるケースが多く、住まいをイメージしてもらうためには欠かせないツールです。

 しかし、最近モデルルームを作らない販売会社が出てきています。大手不動産会社を中心に、新宿や渋谷など、利便性の高い場所にショールームをつくり、そこで住まいのイメージをしてもらい、いくつかのマンションのモデルルームを集約して見られるような形にしています。

 これだけ聞くと「マンションごとに部屋のイメージはすべて異なるはず」と思われてしまうかもしれませんが、実際モデルルームを作っても複数ある間取りパターンをすべて見られるわけではなく、購入後の暮らしをイメージしてもらうことが大きな役割。ショールームでもその役割を十分に果たせるようになっています。

 そのショールームにおいて、重要な役割を果たすのがバーチャルステージングです。空室の部屋に家具や家電などをおいて、住み始めてからの生活をイメージしてもらうことで購買意欲を高める手法のホームステージングですが、CGを使うことで手軽にかつ短時間でできるようになりました。ここがデジタル化されることで、より効果的に使われるようになっています。

——ショールームとバーチャルステージングを組み合わせているということですか。

 ショールームで実物の質感や色味を確認してもらいつつ、バーチャルステージングを組み合わせることで、より暮らしのイメージをつかめます。実際、モデルルームに出向いても、壁や床などすべての材質や色味を完全に再現させることは難しく、カタログなどをみながら想像してもらうしかない。バーチャルステージングであれば、タブレットなどのディスプレイ上でそれらを再現できますから、より多くの部屋をイメージしやすくなるはずです。

 実はバーチャルステージングは中古マンション、戸建ての販売にも有用です。ホームステージングは手間と時間とお金がかかってしまうため、多くの部屋を一斉に売り出す新築分譲マンションなどには使えても、戸建てや中古マンションなど「一点物」は採算が見合わなかった。しかしCGであれば、格段に作りやすくなります。

 現在、技術もすごく進歩していて、例えば住民が住んでいる状態の部屋でもおいてある家具を今どきの家具に置き換えることもできます。こうした後押しもあり、中古物件の検討者が増えており、昨今では新築と中古の検討者が半々という結果にまでなってきました。

 中古住宅は、リノベーションが起爆剤となって、購入検討者が増えました。バーチャルステージングもその手法の1つとして、中古物件に光を当てることができます。こうした動きは、中古物件の流通を活性化させ、空き家防止につながる。空き家問題は社会課題の1つですから、テクノロジーによって課題解決につながる良い例だと考えています。

——DXを推進するにはデジタルツールが必須ということですね。

 ただ間違えてはいけないのは、あくまでも主役は不動産会社であるということです。デジタルツールを使ってDXを進めようと聞くと、ツールを提供するテクノロジー会社が主導で動くという感覚を持ってしまう人がいますがそれは違う。確かにツールがないと話が進みませんが、その背景にはお客様である入居者が抱える課題とそれを解決したいという不動産会社のニーズありきでなければなりません。その課題解決がメインでなければ不動産会社のDXは始まりませんし、進みません。

 加えて必要なのは、不動産会社との伴走です。ツールを提供するだけでは現場では浸透しません。きちんと使いこなせるようなバックアップ体制が必要です。

 SUUMOでは、2021年の12月に賃貸物件の申込関連業務をデジタル化した「申込サポート by SUUMO」の提供を開始しました。SUUMO掲載時に登録していただく物件データがSUUMO入稿、分析システムを通じて、自動連動することで、物件データ入力を省けるという業務支援システムですが、このサービスでは、従来、広告営業として不動産会社を回っていた営業担当者が申込サポートのフォローもできる体制を整えました。

 いつも訪ねてくる営業担当者であれば、聞きたいときに聞けない、時間があいてしまってどうなっているのかわからなくなってしまったということもありません。不動産会社に導入後も安心という価値を提供できます。

不動産DXは業界の離職率低下につながる可能性も

——不動産DXの推進はどんなメリットをもたらしますか。

 現時点で現れているのは、内見数の向上です。ここ数年でデジタル化した家探しの1つにオンライン内見があります。コロナ禍でなかなか現場に行きづらいのも理由の一つですが、以前から、転勤や進学など、今住んでいる場所から遠い場所に引っ越す際、内見のために高い交通費を払って現地に来なければいけないという課題がありました。オンライン内見は、物件の営業担当者がお客様の代わりに現地をスマートフォンやタブレットを使ってみせてくれるものと、ウェブサイト上に内見用のコンテンツが用意されており、部屋を行き来したりできる2パターンがありますが、若い世代の男性を中心に人気を集めています。

 オンライン内見を利用する人は徐々に増え始め、現在全体の13.5%が利用しており、現地の内見とオンライン内見を併用する人も6.2%ほどいます。見学した物件数を比べてみると、オフラインで内見した人の2.9件に比べ、オンライン内見では3.2件、併用した人は4.1件と多めに見られていることがわかります。今まで時間や場所の制約があり、見たくても見られなかった物件も見られるようになったことがメリットといえるでしょう。

オンライン内見の実績状況
オンライン内見の実績状況

——DXが進むことで、不動産会社における仕事の内容も大きく変わってくると思います。効率化され、時間に余裕も出てきますか。

 すでにDXを推進し、仕事の時間配分が変わったと話される不動産会社も出てきています。その時間を何に割り当てているのかというと、家の周辺環境を調べるなど、お客様に役立つような情報収集に当てているケースが多いですね。有益な情報を集めれば、良い接客ができるので、そこに力を入れられているようです。

 ただ、不動産会社の接客は土日がメインで、平日は接客と情報収集、オーナーの方とのやり取りなど、とても忙しい業種です。できれば、空いた時間を余暇に当てていただけるとよいなと思います。長時間労働が、この業界の成り手を阻んでいることも事実ですので、人材の確保にもつながってくると思います。

 DXが進めば、出社という概念も変わってくるので、自宅から仕事ができる環境も整いやすくなります。その辺りが進めばより、人材の確保もしやすくなるでしょう。

——オンライン化やバーチャルステージングなど、不動産業界のDXは進んできました。今後デジタル化が進むのはどの領域でしょう。

 広い意味で捉えれば建築DXが浸透してくると思います。建設現場は多くの人が出入し、工程管理が複雑です。しかしこの部分をしっかりやらないと工期が遅れたり、職人の方の手配が間に合わなかったと支障をきたす。今まではベテランによる采配によって現場を回していましたが、これをデジタルで管理することで、建設業界における長時間労働も減らしていけると思います。

 もう1つは、不動産業界全体におけるツールの一元化です。物件管理、入居申し込みと一つひとつの工程はツールによって、デジタル化、一元管理化されていますが、現在は各サービスが分断されていて、使いにくい。サービス同士をつなぎあわせ、ワンストップにすることで、より情報がスムーズに流れていくと思います。

 加えて、2022年の夏ごろには「脱はんこ」の関連法案が通過し、不動産業界全体のフローが大きく変わると思います。不動産取引はとにかく押印が多い。脱はんこが進めばオンライン上でのやりとりがよりやりやすくなるでしょう。

 ただ、先程もいいましたが、ツールだけあっても使いこなせなければ意味がありません。不動産会社とツールを提供する不動産テック企業は手を取り合い、伴走していくことが大事だと考えています。

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