VRメタバースは無限であり、ARメタバースは唯一無二である。アドビAR責任者とXRアーティストの邂逅

GIZMODO

近年注目を集めるメタバース。

メタバースを“3Dヴァーチャル上に構成された情報のあらゆる形での環世界ネットワーク”として考えると、メタバースを構成する情報ネットワーク技術は、今後、我々を取り巻く物理的環境にも、視覚的/体験的に融和していくように思えます。

一棟のビルが、多数の資材・インフラで形成されているように、メタバースもまた、多数の情報技術とスクリプト、そして3D/2Dモデルによって構成されています。XRが今後どんどん研究開発、社会実装されていくなか、クリエイティブツールとしてAdobe Aero(アドビ エアロ)、そしてMixamo(ミカサモ)を提供するコラッツア氏に、アーティスト/プラットフォーマーの立場からいろいろ聞いてみました。

(執筆・God Scorpion)

*Adobe Aero:ノンコーディングでARコンテンツを作成できる無料アプリ。
*Mixamo:3Dキャラクターにアニメーションをつけることができるサービス。コラッツア氏が創設し、2015年にアドビによって買収された

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Stefano Corazzaプロフィール: スタンフォード大学バイオモーション研究所の元研究員で、マーカーレスモーションキャプチャーのための機械学習ソリューションを開発。現職は、アドビのヴァイスプレジデント兼フェローとして同社の AR 責任者を務める。
ゴスピ写真
God Scorpionプロフィール: メディアアーティスト。AR/MR//VRを「現代魔術」と標榜し、独特な世界観の作品を発表している。また、2014 年より XR にまつわる事業を行う「Psychic VR Lab」起業メンバー。 XR のクリエイティブフラットフォーム「STYLY」を開発・運営している。/Photo: Victor Nomoto(METACRAFT)

ゴスピ:はじめまして。今日はよろしくおねがいします。ぼくも実際にAeroを使って自分の作品を表示したりARを体験したりしたのですが、本当に使いやすいツールですね。

特に、iPad 版でもスムーズに確認制作ができるっていうのは、体験としてとても良かったです。Aeroは、“作ることと見ることが直結する”ということにフォーカスしてるんだろうなと感じました。

コラッツア:そうですね。アドビとして、「クリエイティビティを表現する」という意味で、iPad やその他のタブレットというのがベストなプラットフォーム、ベストなハードウェアだと認識しています。

ゴスピ:今後アンドロイドをはじめとした他のデバイスにも対応する予定はありますか?

コラッツア:今のところ、AeroではAndroidデバイスでも「見ること」はできるようにはなっているのですが、まだフルの体験はできません。Androidデバイスで、ARの作成はサポートできていないんです。ただ、今後それらができるように予定はしています。

先にiOSやiPad のプラットフォームをサポートすることにしたのは、こちらの環境の方が分断化が進んでいないからです。Androidはいろんな種類があり、すこし状況が複雑なんですね。

デスクトップ側では、Windows/Macの環境で作品づくりができるので、それをモバイル/タブレットでテストし、リリースしていただくということはできるようになっていますので、そういう使い方をしていただければと思っています。

Aeroはコンテンツのアグリゲーターになりたい

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Image:アドビ

ゴスピ:今後はよりXR のプラットフォームやメタバースが増えていき、特定のひとつのプラットフォームやメタバースに集約されていくイメージではなく、ユーザーがそのうちのどれかを選んで、そのときそのときでそれらを体験していくような未来なのかなと思っています。

いまのAeroは、アプリ内で制作から視聴体験までをすべて完結させていますが、今後Aeroで作成したプロジェクトを他のプラットフォームに持っていけるようになるんでしょうか?

コラッツア:鋭いですね、まさに今年のプランとして挙がっています。まず、クリエイター側がAeroで作った作品を見てもらうときに、ユーザー側はAeroをインストールしなくてもいいようにする予定です。またAeroで作品を制作する際、さまざまなメタバースやアプリなどとのファイルフォーマットにおける総合運用性を担保していく予定です。

話がすこし大きくなりますが、Aeroの目的がどこに据えられているかを話しましょう。僕たちは「コンテンツのアグリゲーターになる」ことを目標にしています(編注:ここでいう「アグリゲーター)とは、組織の枠を超えてコンテンツや才能、技術など集め、適所に配置する役割をさします)。つまり、クリエイターや視聴者が、インタラクティビティや最終的な体験をきちんと享受できるようにしたいのです。

ゴスピ:ここ数年AR /MRグラスを使った、実際の都市空間や生活空間の中でのユースケースを作ることが増えてきていて、ある特定の場所やシチュエーションを起点としてプロジェクトがスタートすることが多くなってきました。

イラストレーターやフォトショップなどは、さまざまなアウトプット様式に合わせてテンプレートが選べるようになっていますが、今後Aeroでもテンプレートやシチュエーションサンプルのような機能の提供は予定していますか?

コラッツア:もちろんです。ただ、典型的なユースケースとしてどのようなテンプレートがあるのか、私たちは未だに研究中の段階です。今のところ、コミュニティを通してどんなテンプレートが必要なのかを聞いており、また今後はどんなシーンが希望されるかなども聞いていく予定なので、もう少し時間はかかりそうですね。

ゴスピ:そういった生活空間に対するユーザーインターフェースの設計やレイアウトに関しても開発をしているんですか?

コラッツア:まだまだ学び中ですし、さらにはエコシステムそのものが進化中ではありますが、今年中にAeroからユーザーインターフェースの要素を秘めた機能を提供する予定です。

なぜAeroには全体を俯瞰するようなタイムラインバーがないのか

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Image:アドビ

ゴスピ:僕は普段Unityを使って開発することも多いんですが、プロジェクトを作るとき「タイムライン」機能を使って作ることが多いんですね。一方Aeroは、「オブジェクトに対してどういうインタラクションを作るか」によって空間全体のタイムスケールを調整するかたちになってますよね。

全体を俯瞰するようなタイムラインバーを用意しなかったのには、理由があったのでしょうか?

コラッツア:そうなんですよ、タイムラインバーは、まさに意図的に用意していないんです。タイムラインは、いわゆるスクリプトとして、「シーンがこうなるぞ」っていうのを事前に作っておかない限りは活用ができない。一方で、我々が注力してるのは、あくまでフルのインタラクティビティです。この2つは別物だと考えています。

では、Aeroの中でどういうふうに時間が動いていくかというと、例えば「トリガーが発生して、そこから」のように、シーンの中のどこでイベントが発生するかというところで時間軸が伸びていくんです。

つまり、事前にトリガーを記録しておいて、それをタイムライン側に焼き込んでいくことはできるんですが、前提として時間軸はないという状態で作っていきます。

ゴスピ:なるほど。こういうのは、まさにプラットフォーム側がどこに注力しているのかが現れる話ですね。とてもイメージが分かりやすいですね。

続いて、僕も制作する際に使っているMixamoについてです。今はゲームに起因するようなアニメーションが多いように思うのですが、日常空間での諸相、日常生活の中で発生するようなアニメーションがもっと欲しいなと思っています。

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左のアニメーションを、右のフォトグラメトリスキャンデータにはめていく

コラッツア:いつも使っていただいてありがとうございます! そしてフィードバックをありがとうございます(笑)。すでに「椅子に座る」「スマホをタップする」「ご飯を食べる」などのアニメーションはサポートされていますね。ただ、今のところそれ以上の日常的な所作はないので、僕たちも今後どうするかについて検討中ではあります。

ちなみにAeroの方ではアニメーションキャラクターがサポートされるようになっていて、1年前から動作設定可能なキャラクターを使用したアニメーション作成機能が追加されています。今後のアニメーションの話でいうと、まずそちらが先に進むのかなと思っています。

ゴスピ:なるほど、それは楽しみですね。ぜひ使ってみたいと思います。

編集部:では、ギズモードからも2,3点おうかがいします。まず、Aeroを始めとしたアドビのクリエイティブツールは、クリエイターにとってどのような存在になってほしいと思いますか?

コラッツア:Aeroにはふたつの柱があります。まず、クリエイターが作ったARのエクスペリエンスなどは、メタバース含めてあらゆるプラットフォームで展開できるようになること。そして、プログラミングの言語を知らなくてもノーコードでインタラクティビティを作れるようにすること。

今後もこのふたつのコンセプトに基づいて、ARグラスもVRヘッドセットもメタバースもモバイルも全部サポートしていこうと思っています。

ゴスピ:素晴らしいですね。インタラクションを作るうえで、Aeroはノンコーディングでオブジェクトにトリガーを設定する機能がとても分かりやすかったです。

僕も「STYLY」というXRプラットフォームを提供し、一般の人から、写真家、映像作家、彫刻家などさまざまなアーティストが作品をAR/VRで制作するのを見ていたなかで、作りたいことの本質は、コーティング自体ではなくどう表現したいのかだと思いました。クリエイターがオブジェクトの機能や振る舞いの型を1から作る必要がなくなるのはかなり重要なことですよね。

ARのメタバースはひとつしか存在しない

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Image:Adobe

編集部:2021年は「メタバース」という言葉の認知度が一気に上がりました。2008年ごろからAR/VRの取り組みをされているコラッツア氏は、メタバースにどういうヴィジョンを描いているんでしょうか?

コラッツア:「メタバース」という言葉にすべての要素を詰め込もうとする人が多いような気がするんですけど、実はこの「メタバース」って、見てみるといろんな要素があるはずですよね。

そもそも、AR のメタバースとVR のメタバースは全然別物だから、切り分けられなきゃいけないと思ってますし。まずVRのメタバースの場合には、先程ゴスピさんもおっしゃってたように、バーチャルワールドは無限に存在するんです。一方でARのメタバースの場合には、メタバースとしてはひとつしか存在しないんですよね。僕たちはこのことを「メタアース(meta-earth)」と呼んでいます。その空間の中にすべてのいろんな要素が詰まっているんです。

つまり、VRはたくさんの惑星が存在して「メタバース」が構成される。一方で ARは自分たちの住む惑星しかなくて、そこにどんどんコンテンツのレイヤーが積み上がっていくイメージです。

私自身は、個人的にはどちらかというとARメタバースのファンですね。AR メタバースの環境は、自分たちのいる世界においての改善点や新しい側面の発見があるのがいいんですよね。

ゴスピ:なるほど、メタアースっていう言葉、おもしろいですね。ARって、既存の地球に手を加えていく、構築していく、みたいなイメージもありますもんね。

以前ギズモードの「マトリックスとメタバースについての鼎談」でも話しましたが、ぼく個人は、メタバースについては「自分の認知世界の中にどうシンボルを置いて、それをどう操作して…」といった「自分を中心に展開されるもの」といったイメージなんです。ドイツの生物学者、ユクスキュルが提唱したウンヴェルトの話に近いです。コラッツアさんが言う、ARにおける「メタアース」はまさにその逆の発想ですね。(*ウンヴェルト:哲学用語。環世界。日本語だと「環境」が近いが、認知や知覚までを含み“主体が積極的につくりだすもの”といったニュアンスが含まれる)

編集部:おふたりとも、とても興味深い対談をありがとうございました。最後に、ゴスピさん、コラッツアさん両氏におうかがいします。XRの技術は、ゲームの世界からより一般層広がっていっているイメージがあります。今後より一般層にもXR の楽しさや恩恵が届くために、おふたりはそれぞれ何ができるでしょう?

コラッツア:おっしゃる通り、Mixamoはもともと100%ゲームの世界から始まったものなので、そこに DNA があるという状態からスタートしていて、徐々に今日常の方に移ってきています。

逆にAeroはゲームから始まっているわけではなく、人々がどのようにこのツールやARを使っているのかをまだ学んでいる状況です。各アーティストがAeroを使ってどんなエクスペリエンスを作ってるかをまとめたムービーを、ぜひ見てみてください。このようなアーティストによって、人々の日常に携わるようなメインストリームに移っていくことをサポートするのが、私たちにできることだと思っています。

ゴスピ:ゲームやアート作品を通して、楽しい気持ちになったり新しい認識体験を得ることだけでなく、ぼくらは、より生活世界の中で起きるような動作・行動をサポートしていくことにも注目してます。すでに日常的に、ミーティングしながら何かを読んだり映像見たりなど、同時に複数のことをやってると思いますが、その延長を提供したいと考えています。

WEBやSNSやマップ機能のような今まで人類が発明した2D上のアプリケーションを、ARグラスを通して3次元空間の中で使える様式に変化させ、操作することで、たとえば何か聞こえてきたりどこかに可視化されたり…みたいな。もともと具象的な形じゃないものを3次元化していく行為がすごく大事になってくると思います。

最近「STYLY」では、都市空間と連携して見られるサービスも開発しているのですが、それもこの質問に対するぼくらのアンサーのひとつかなと思いますね。

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