ウクライナ侵攻の勝利者は中国?

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ロシアのプーチン大統領がウクライナの主権を蹂躙して武力侵攻を始めたことを受け、米国、欧州連合(EU)、日本など世界の主要国はロシアに対し、「これまでなかったほどの厳しい制裁」を次々と発表してきた。プーチン氏は事前に予想してきたこともあって、平静を装っているが、国際銀行間通信協会(SWIFT)の国際決済ネットワークから排除された場合、ロシアの国民経済は大打撃を受けることは避けられない。ロシアが欧米側の制裁で苦しむのを待ち望んでいる国がある。バイデン米政権やEUの本部ブリュッセルだけではない。ひょっとしたら最も喜んでいる国は中国共産党政権だろう。以下、その辺の事情を報告する。

万里の長城慕田峪部の雪景色(2022年2月16日、中国人民共和国国務院公式サイトから、写真は新華社)

プーチン大統領にとって中国共産党政権は数少ない同盟国だろう。北京冬季五輪大会開会式にも参加し、習近平国家主席に対して礼を尽くしてきた。ウクライナへの武力侵攻が北京冬季五輪大会前や開催中ではなく、開催後に始まったのは、習近平主席の強い要請があったからだといわれている。そのロシアは24日、ウクライナ東部の軍事支援の要請を受けた、という形で武力侵攻を開始。ロシアが国際条約に違反したとして批判されている中、北京はロシアの立場を擁護してきた。ここまではロシアと中国両国の同盟関係は正常に機能してきた。

米国や英国、EUがプーチン大統領の「国際条約を蹂躙した軍事活動」に対して一斉に制裁を発表。米欧、カナダは25日、プーチン大統領とラブロフ外相を対象とした制裁を発表、プーチン氏が米国やEU諸国で保有している資産を凍結することを決定した。日本も同日、岸田文雄首相が記者会見し、半導体など先端技術や軍事産業向けの輸出規制を柱とする追加制裁を発表している。米欧日がロシアをSWIFTから追放する最強の制裁に踏み込む可能性もあり得る。

米欧ら世界の主要国が一斉に制裁を発表、さすがのプーチン氏も内心穏やかではないはずだ。ところで米国やEU諸国の対ロシア制裁の発表を内心歓迎している国がいる。先に述べた中国共産党政権だ。ウクライナ危機がどのような結末を迎えるとしても、ロシアに対する制裁は長期にわたる可能性がある。原油、天然ガスの輸出先を失ったロシアは中国に買い取ってもらうだろう。必要な工業製品も国際市場で入手できなくなった場合、中国市場から秘かに手に入れて窮地を凌ぐだろう。すなわち、対ロシア制裁が長期化した場合、ロシアの中国依存が強まるわけだ。

ロシアの近未来は、習近平主席が提唱したインフラプロジェクト「一帯一路」に参加、中国から巨額のクレジットを受け取ったアフリカやアジア諸国がその巨額の借款返済に苦しむ国のようになることが予想されるわけだ。大国主義を掲げるプーチン氏は国際社会の制裁をしのぐために中国依存を強め、最終的には中国側の配下に陥ってしまう事態が考えられるのだ。

ニューヨークのニュースクールの国際問題教授ニーナ・L・フルシチェバ氏(Nina L Khrushcheva)は独紙「ターゲスシュピーゲル」に寄稿した論文の中で、「ロシア経済が西側から完全に孤立化することほど中国にとって喜ばしいことはない。欧州に向かって西に流れてきた天然ガスは、エネルギーを大量に消費する中国に向かって東に流れ出し、ロシアが開発するために西側の資本とノウハウを駆使してきた全てのシベリア鉱床は、中国だけが利用できるようになるからだ」という。

プーチン大統領は北京冬季五輪大会開催直前、北京を訪問し、習近平主席と首脳会談を行い、そこで「同盟協定」を締結した。米中間の紛争で苦戦し、五輪開催への外交ボイコットに遭うなど苦戦中の北京に対し、プーチン氏は北京を支援することで北京側に貸しを作ったような気分だったかもしれない。皮肉にも、プーチン氏が準備万端で始めたウクライナ侵攻はその軍事的成果は別として、ロシアが習近平主席の配下になってしまう屈辱の結果に終わるかもしれないわけだ。

ロシア(旧ソ連の後継国)と中国は良好関係というより、互いに相手を利用する関係だった。ニキータ・フルシチョフが第20回共産党大会(1956年)でスターリンから距離を置いたとき、中国の毛沢東はフルシチョフを修正主義者と非難、イデオロギーの相違から中ソ対立が激化していった。米国と激しい覇権争いをする中国を支援するという計算もあって、プーチン氏は中国に歩み寄ってきたかもしれないが、結果として習近平氏の罠にはまり込んでしまう危険性が出てきたわけだ。

フルシチェバ氏は、「財政的に孤立したロシアは2004年、中国から60億ドルの融資を受けたが、中国は翌年05年、中国の他の領土主張の撤回と引き換えに、クレムリンに約337平方キロメートルの紛争地を返還させている」という。中国は過去も未来も貸した財政支援は必ずいろいろな形であっても取り立てるのだ。

同氏は寄稿文の最後に、「中国は、ロシアを守るために米国に公然と挑戦し、自国の繁栄を危険にさらすことはないし、プーチンがウクライナに侵入する場合に西側によって課される大規模な制裁を相殺するためにロシア経済に投資し、ロシア経済を支える考えもない。中国はロシアが西側との対立を維持できる最低限の支援をするだけだ。それによって西側の注意を中国が提起する戦略的課題からそらすことができるのだ」と分析している。

ウクライナ危機で最後に笑うのは軍事的勝利を収めたと考えているプーチン氏ではなく中国共産党だ、というシナリオは決して非現実的ではないのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年2月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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