プーチン氏に踊らされた岸田首相 – 新潮社フォーサイト

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岸田外交の見せどころ(C)時事

ロシアに対する3つの制裁措置を発表した岸田政権だが、今後の状況次第ではより厳しい制裁を発動する用意があるという。クリミア危機時に「弱腰」と批判を受けた日本政府の対応。果たして今回の危機では「強い対応」を取れるのか。

 ロシアがウクライナ東部の一部を実効支配する親露派武装勢力「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を一方的に国家承認して軍の派遣を決定し、情勢は一気に緊迫化してきた。日本政府はどう対応するのだろうか。

 岸田文雄首相はG7(主要7カ国)と連携し対露制裁案を練るが、直近の対露外交にはちぐはぐさも目立つ。首相の言う「強い対応」ができるかどうかは不透明だ。

岸田政権の制裁3項目

「明らかにウクライナの主権、そして領土の一体性を侵害し、国際法に違反する行為であり、改めて強く非難する。ロシアに外交プロセスによる事態の打開に向けた努力に立ち戻るよう強く求める。事態は緊迫度を増しており、この問題に国際社会と連携して対処する観点から、わが国として次の制裁措置をとる」

 岸田首相は2月23日、首相公邸前で急きょ記者団のぶら下がり取材に応じ、プーチン大統領が両共和国を国家承認する大統領令に署名したことなどを批判。

 日本の経済制裁として、(1)2共和国の関係者を対象としたビザ発給停止と資産凍結、(2)2共和国との輸出入禁止、(3)ロシアによる新たなソブリン債(政府や政府機関が発行する債券)の日本での発行・流通禁止という3項目を発動する方針を明らかにした。首相は「今後事態が悪化する場合には、G7をはじめとする国際社会と連携してさらなる措置も速やかに考えていかなければならない」とも強調した。

 官邸と外務省は情勢の推移を見極めながら、年明けから対露制裁の具体案作りを進めてきた。同省幹部は「ロシアの出方に応じ、数パターンのメニューを事前に用意した」と明かす。

 今回発動を決めた3項目は、メニューの中でも比較的軽い部類に入る。今回プーチン氏が軍の派遣を決めた2共和国はすでにロシアの支配下に事実上入っており、大規模な軍事侵攻には至っていないと判断しているからだ。ロシアとの外交交渉の余地を残す狙いもあり、首相は23日、ロシアを非難する際「侵攻」という言葉を避けた。

クリミア危機とは異なる様相

 しかし、現在、ウクライナを取り囲むロシア軍は20万人に迫る勢いをみせており、軍の進駐が東部地域にとどまるかは予断を許さない。仮にロシアが大規模な侵攻に踏み切る場合、政府内には「1990年のイラクによるクウェート侵攻を上回るほどのインパクトがあり、力で一国を蹂躙する事態を許さないという強いメッセージを出さなければならない」(外務省幹部)との声が支配的だ。

(1)半導体や量子コンピューター、AI(人工知能)といった先端技術の輸出規制

(2)ロシア企業に対し、円やドルなどを使った取引の禁止

 などの強い制裁案が俎上に載せられているという。

 特に(2)は、ロシアを国際資金決済網から排除する一翼ともなるだけに、最も厳しい制裁案と言われる。ジョー・バイデン米政権がG7(主要7カ国)各国と協調して実施できないか、水面下で可能性を探っているという。

 ただ、これに日本が同調した場合、液化天然ガス(LNG)を含むロシアからのエネルギー輸入にも影響が出る可能性が高く、日本経済への悪影響が広がりかねない。

 それでも、官邸関係者は「欧米が足並みをそろえて決裁関係の制裁に踏み切る場合、日本が同調しないと簡単に決めるわけにはいかない」と厳しい表情をみせる。その理由は、各国と協調する重要性だけでなく、「日本も他人事で済ますわけにいかない『固有の事情』を抱えているからだ」とも語る。

「固有の事情」とは、東シナ海で軍事的圧力を強める中国のことだ。今回のロシアのような「力による現状変更」を日本も許したとみなせば、中国は台湾や尖閣諸島にさらに大胆な圧力をかけかねない、と官邸関係者はみる。 政府の国家安全保障局の関係者は「今は2014年のクリミア危機と様相が大きく異なり、日本の一挙手一投足を中国が注視している。14年の時は、当時の安倍晋三首相が北方領土交渉などを念頭に、ロシアに実害がほとんど出ない制裁で済ませたが、今回は厳しい安全保障環境が甘い対応を許さない」とも語る。

プーチンに踊らされた雰囲気

 一方で、岸田首相は自ら言及する「外交交渉による解決」に向けた努力をどれほどしているだろうか。首相は外相時代、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と盟友関係を築き、対露外交にも一定のパイプがあるとされてきたが、今回は口でいうほど存在感を示しているとは言い難い。

「力による現状変更ではなく、外交交渉により関係国が受け入れられる解決方法を追求すべきだ」

 岸田首相は2月17日夜、プーチン氏と約25分間の電話会談に臨み、軍事的挑発をただちに止めるよう説得を試みた。

 首相はその2日前にウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領とも電話会談を行っている。

 官邸関係者によると、首相は外務省に「ウクライナだけではダメだ。プーチン氏との会談を必ずセットしろ」と強く迫り、在モスクワ日本大使館がクレムリンに「短時間でも応じてほしい」と働きかけたという。

 しかし、ようやく実現した会談で、プーチン氏は「侵攻する意思はない」という紋切型の答えをしただけにとどまった。そればかりか、両首脳は北方領土交渉を含む日露平和条約の締結問題や、経済協力のあり方なども話題に乗せたという。首相がプーチン氏に巧みに踊らされた雰囲気も伝わってくる。

経済協議のタイミングの悪さ

 官邸の対露外交には支離滅裂な部分も垣間見える。

 2月15日には日露の経済協力会議が予定通り開かれ、林芳正外相はロシアの経済発展相とオンラインで協議に臨んだ。政府には「対話のチャンネルをすべて閉ざすのは非現実的。実務的な話は切り分けて考えるべきだ」(局長級)という声があるが、それでもタイミングの悪さは否定しようがない。

 自民党の高市早苗政調会長は「G7の結束を乱そうとしているロシアを利することにならないか」と正面から批判した。

 自民党安倍派の幹部は「今の岸田官邸は、外交に骨太の方針がない。どこかで相手の機嫌を損ねない逃げ道を用意し、結果的に弱腰になっている」と憤る。自民党内には、中国の人権問題に関する官邸の対応が「不十分」という不満もたまっていただけに、ちぐはぐな対露外交には批判も集まりやすくなっている。

 当面は、首相が経済制裁をどのレベルまで決断するかに焦点が集まる。対応を間違えれば、首相の求心力にも傷がつきかねない。

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