選挙とカネ問題 公選法改正せよ – 郷原信郎

BLOGOS

『文藝春秋』3月号で、京都における国政選挙の際に、自民党候補者が選挙区内の府議・市議に50万円を配っていた「自民党京都府連の選挙買収問題」が報じられた。

「衆議院選挙、参議院選挙とも候補者からの資金を原資として活動費(交付金)を交付しております。これは府連から交付することによる資金洗浄(マネーロンダリング)をすることにあります。」

とする内部文書に基づいて。国政選挙の候補者から、府連を通して、地方議員に多額の金が渡る「選挙買収の構図」を報じたものだった。

 2月10日、参院京都府選出参議院議員で前府連会長の二之湯智・国家公安委員長が、立憲民主党の城井崇、階猛議員からこの問題について質問され、地元議員に金を配っていたことを認めた上、

「選挙活動の目的ではなく、党勢拡大のためで、適正に処理している」

と買収疑惑を否定した。

 同日、松野官房長官は、この問題について、二之湯国家公安委員長から報告を受けたとした上、

「法令に則して、適正に処理をしているということでございます。私の方としては、その説明を了といたしております」

と述べて、法的な問題はないとの認識を示した。

 2月14日の衆院予算委員会では、立憲民主党の階猛議員が、二之湯氏が参院選候補者だった2016年に同氏が代表を務める選挙区支部から府連に960万円を寄附したことについて、配布金額の根拠を質問した。

「いろいろな費用がいるだろうということで、私の思いで寄付をさせていただいた」

などと繰り返し、審議は一時中断した。

 様々な公職選挙で、買収も含めた公選法違反の摘発を行っている全国の警察組織のトップの国家公安委員長が自身の選挙買収疑惑について問い質され、このような不確かな答弁しかできない状況で、果たして、警察の選挙違反摘発に対する信頼を維持することができるのだろうか。

 13日には、府連会長の西田昌司参院議員が「政治資金の流れは全て適法」、報じられている内部文書について「私自身見たことも聞いたこともない。存在は確認されなかった」「党勢拡大のための広報紙の配布や政党の演説会などの活動の費用として、府会議員や市会議員ではなく、政党支部などへ支給されたもの、その資金の使い道は、各団体が適正かつ公正明大に収支報告をしている。」と反論する動画をYouTubeで公開している。

 西田氏は、府連から県議・市議への金の流れについて「配下の支部などへの活動費の支給」と説明しているが、候補者個人から府連に寄附させる理由についての説明はない。同氏は文藝春秋が報じた「内部文書」によるマネーロンダリング疑惑を否定しているが、外形的に見て、それを疑われても致し方ない金の流れがあることは否定できない。しかし、当事者は、「法令に則して、適正に処理をしている」、「政治資金の流れは全て適法」と主張し、官房長官までがそれを了承している。一般人・有権者には、到底理解できることではない。 

「公職選挙の公正」が根底か揺るぎかねない深刻な事態

 このような問題が表面化する契機となったのは、2019年の参議院広島選挙区をめぐる河井元法務大臣夫妻の多額現金買収事件だった。

 そして、新潟でも、泉田裕彦衆院議員が星野伊佐夫県議会議員から、衆議院選挙で当選するためには選挙区内の有力者に対して金を撒くしかないと言って裏金を要求されたことを公表し、星野氏を公選法違反で刑事告発している。この問題への泉田議員の厳正な対応に、広島での河井事件の影響があったことは、公表された星野氏とのやり取りからも明らかだ。

 広島での河井事件が、その後、新潟、京都と、「国政選挙における国会議員候補者から地元政治家へのばら撒き」の問題の相次ぐ表面化につながっているのは、このような行為が、全国で相当広範囲に行われている実態を表しているものと考えられる。

 この問題に関して、自民党茂木敏充幹事長は、2月15日の定例会見で、

「自分なりに調べてみたが、立憲民主党の県連などでも同様のケースは散見される。収支報告書を見ればわかることで、同じようなケースが出てくる」

と述べた。茂木氏が指摘しているように、野党議員の側でも、同様の行為が一部にあるとすると、問題は国会全体に及ぶものということになる。

 「政治資金」を隠れ蓑にして、多額の金銭が地方政治家にばら撒かれ、それが買収罪に当たるかどうかについて、当事者が合理的な説明すらできないというような状況が続けば、国民の公職選挙に対する信頼が著しく損なわれ、近年高まっている政治不信を一層助長することになりかねない。

 買収罪の成立要件との関係で、河井事件への買収罪適用の特異性と、それが及ぼした影響などを整理し、京都府連の問題と比較するなどした上、「買収まがいの政治資金のやり取り」を抑止するための公職選挙法の運用・法改正などの方策について考えてみたい。。

買収罪の成立要件と従来の摘発対象

 公選法上の「買収罪」というのは、

「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束」(221条1項1号)

をすることである。

 「当選を得る目的」「当選を得しめる目的」で、選挙人又は選挙運動者に対して「金銭の供与」を行えば、形式上は、「買収罪」の要件を充たすことになる。

 「供与」というのは、「自由に使ってよいお金として差し上げること」だ。

 「選挙運動者」との間で、「案里氏を当選させる目的」で「自由に使ってよい金」として、金銭のやり取りが行われれば、買収罪が成立することになる。

 従来の公選法違反の摘発の実務では、「買収罪」が適用されるのは、選挙運動期間中などに、有権者に直接投票を依頼して金銭を渡したり、選挙運動員に、法定の限度を超えて対価を支払ったりする行為に限られ、選挙の公示から離れた時期の地元政治家や地元有力者等との金銭のやり取りが買収罪で摘発されることは殆んどなかった。

 公職の候補者が、地方政治家や有力者に対して行う金銭の提供は、「選挙に向けての支持拡大のための政治活動」という性格もあり、公示日から離れた時期であればあるほど、「選挙運動」ではなく「立候補予定者が所属する政党の党勢拡大、地盤培養のための政治活動」を目的とする「政治活動のための寄附」との弁解が行われやすい。その主張を通されると、「選挙運動」の報酬であることの立証は容易ではない。ということから、これまで、候補者から政治家への金銭の提供については、警察は買収罪による摘発を行わず、検察も起訴を敢えて行ってこなかったのが実情であった。

 そのような捜査機関側の買収罪の摘発の姿勢もあって、国政選挙の度に、地方政治家に「選挙に向けて支持拡大のための活動」を依頼して金銭が提供されることは、恒常化し、半ば慣行化していった。

河井夫妻事件で異例の「買収罪」適用に踏み切った検察

 ところが、検察は、2019年の参院選の広島選挙区に立候補し当選した河井元法相の妻案里氏に関して、選挙の3か月前頃からの、首長・県議・市議ら地元政治家への金銭供与の「買収罪」による摘発に踏み切った。当時、黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題、検事総長人事等をめぐって、検察と安倍政権が対立していたことが背景になった可能性もある(【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】)。

 検察は、2020年6月、現職国会議員の河井夫妻を買収罪で逮捕したが、検察には、この事件で、乗り越えなければならない「壁」が2つあった。

 第一に、買収者(供与者、お金を渡した者)の河井夫妻側も、被買収者(受供与者、お金を受け取った者)の地元政治家も、「河井案里氏が立候補する参議院選挙に関する金である」ことを否定し続ければ、買収罪の立証は容易ではないということだ。

 第二に、河井夫妻の買収罪が立証できた場合には、その金を受領した被買収者側の処罰が問題になる。買収者と被買収者は「必要的共犯」の関係にあり、買収の犯罪が成立すれば、被買収者の犯罪も当然に成立する。従来の公選法違反の摘発・処罰の実務では、両者はセットで立件され、処罰されてきた。河井夫妻事件の被買収者の大半は公民権停止になり一定期間、選挙権・被選挙権を失うことになる。

 河井夫妻事件の摘発については、上記の2つの問題があったが、それらを丸ごとクリアする方法として検察がとったのが、処罰の対象を河井夫妻に限定し、被買収者には処罰されないと期待させて「案里氏の選挙に関する金」であることを認めさせるという方法だった。

 検察の取調べで、被買収者らは、明確に「不起訴の約束」まではされなくても、検察官の言葉によって、処罰されることはないだろうとの期待を抱き、「案里氏の参院選のための金と思った」と認める検察官調書に署名した。

 河井夫妻の起訴状には被買収者の氏名がすべて記載されたが、100人全員について、刑事処分どころか、刑事立件すらされず、河井夫妻事件の捜査は終結した。これを受け、市民団体が、被買収者の公選法違反の告発状を提出したが、告発は受理すらされず、検察庁で「預かり」になったまま、河井夫妻の公判を迎えた。

Source

タイトルとURLをコピーしました