【笠原一輝のユビキタス情報局】AMDのモバイルハイエンドCPU「Ryzen 6000シリーズ」、その高性能の秘密

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AMDのRyzen 6000シリーズモバイルプロセッサ

 今年(2022年)のCESでは、Intel、AMDの両x86プロセッサメーカーが新しいノートPC向けのCPUを発表した。Intelは「第12世代Coreプロセッサ」、AMDは「Ryzen 6000シリーズモバイルプロセッサ」(以下Ryzen 6000)で、それぞれゲーミングノート向けのHシリーズ、薄型ノートPC向けのPシリーズ(Intelのみ)とUシリーズがラインナップされている。

 特に注目したいのは、新しいAMDのRyzen 6000のうち、モデルナンバーの最後にUのアルファベットがつく薄型ノートPC向けモデルだ。GPUが従来までのVega世代から、現行となるRDNA 2ベースのNavi世代へと更新されたことで、弱点だったGPU性能が強化されており、CPUもZen 3+というZen 3をTSMCの6nmへと微細化したCPUへと強化されている。

 性能面の強化と同時に、I/Oまで1チップというメリットを活かし、より高度な省電力機能を搭載することで、性能を向上させながら長時間バッテリ駆動を実現している。

 こうした強力な製品を武器にAMDはOEMメーカーへの売り込みを図っており、これまでなかなか実現しなかった大手メーカーの薄型ノートPCのハイエンドモデルへの採用をCESで発表することに成功している。

Lenovoのフラッグシップ薄型ノートPC「ThinkPad Z」でRyzen 6000シリーズが採用される

AMD Ryzen PRO 6860Zを搭載したThinkPad Z13

 「AMDの念願が叶ったのだな」、それがCESで発表された各PCメーカーのラインナップを見た筆者の正直な感想だった。その念願とはPCメーカーの薄型ノートPCのフラッグシップ製品に、AMDのプロセッサが採用される時代が来たということだ。

 デスクトップPCでは、マザーボードを交換して、あとは消費電力に適したCPUファンやケースファンなどを採用すれば、CPUメーカーを変えるというのが比較的容易なのに対して、ノートPCでは高度な熱設計や電源設計が要求されるため、基本的に多くのメーカーはあまりCPUのメーカーを変えたがらない。特に薄型ノートPCでは、筐体設計を含めた熱設計は高度なすりあわせが必要であり、熱設計の枠や、供給する電力量などのギリギリのバランスを狙って製品の設計をしている。

 そうした事情もあり、フラッグシップと呼ばれるPCメーカーの最上位モデルでは、これまでほぼIntelの100%独占という市場で、多くのメーカーがIntelのCPUを採用し続ける状況が長い間続いていた。一度Intelのプラットフォームに向けて作り込んだ以上、その資産(筐体や電源回路のノウハウなどなど)を次の製品でも使いたいと考えるのは当たり前だ。それを乗り越えてAMDのCPUを採用するには、Intel製品と性能面で大きな差を持つような製品が登場して、様々なコストをかけても乗り換えたいという製品が登場しない限り難しいと考えられていた。

Z世代などをターゲットにした新しいThinkPadのフラッグシップとなるThinkPad Z

 そうした中で、1月上旬にラスベガスで行なわれたCES 2022で、Lenovoが発表したのが「ThinkPad Z」というフラッグシップノートPCだ。

 このThinkPad Zには13.3型のZ13と16型のZ16という2つのモデルがあるのだが、Z13には「Ryzen PRO 6860Z」という、ビジネス向けバージョンとなる「Ryzen PRO 6000」のLenovo専用SKUが採用されている。LenovoはこのThinkPad ZをいわゆるZ世代などと呼ばれている若者世代向けの新しいフラッグシップ製品と位置付けており、そのフラッグシップ製品にAMDの新しいモバイル向けCPUが採用されたのだから、そのこと自体が大きなニュースといって差し支えない。

今回Ryzen 6000のUシリーズが発表された、PROは3月に発表予定

 AMDは今回の発表においてはRyzen PRO 6000シリーズに関しての詳細は明らかにしていないが、通例ではUシリーズに法人向けの管理機能(DASHなど)を搭載したものになると考えられ、既にMicrosoftのセキュリティプロセッサ(一般的な言い方をすればTPM)の新しい仕様となるPluton(プルートン)に対応していることが明らかにされており、3月に正式に発表される予定とAMDは説明している。

CPUはZen 3の改良版となるZen 3+、GPUは最新世代のNaviベースに強化、処理能力でIntel Xeを上回る

Ryzen 6000シリーズのハイレベルのオーバービュー、CPUはZen 3+になり、GPUはRDNA 2のNaviに、そして製造プロセスルールは6nmへと微細化

 AMDが公開したRyzen 6000の詳細を見ると、従来製品となるRyzen 5000シリーズ・モバイル・プロセッサ(以下Ryzen 5000)から大きく言って3つの点で強化されている。それがCPU、GPU、そして省電力機能だ。

SoCのブロックダイアグラム

 CPUは従来世代のRyzen 5000ではZen 3アーキテクチャのCPUになっていたが、今回のRyzen 6000ではZen 3+へと強化されている。Zen 3+は基本的な構造はZen 3と共通だ。4つのCCXを2つ搭載しており8つのCPUコアを持ち、16MBのL3キャッシュを持っているという点で基本的にはZen 3と同じ構造になっている。

 差は後述する省電力機能の追加と、今回のRyzen 6000の製造に利用されているTSMCの6nmノードへの最適化(Ryzen 5000では7nmノードで製造されていた)、そしてメモリコントローラがLPDDR5-6400のデュアルチャネルに強化されていることなどになる(Ryzen 5000はLPDDR4xまで)。

GPUはNaviベースに強化

 改良というレベルに留まるCPUと比較すると、GPUは大ジャンプになっている。Ryzen 5000世代まで、AMDのノートPC向けGPUは「Vega」アーキテクチャのGPUが統合されてきた。しかし、デスクトップ向けGPUやノートPC向けの単体GPUは、既にRDNA 2という新世代のGPUアーキテクチャに置き換えられており、競合となるIntelも2020年の9月に発表した第11世代CoreでXe-LPという新しいXeアーキテクチャに基づく最新GPUを導入したことで、AMDがGPUの性能でIntelに負けるという逆転現象が起きていた。

ブランド名はRadeon 680Mと660M、最大で3.4TFLOPS

 今回のRyzen 6000に統合されたGPUは、同社の最新GPUアーキテクチャ「Navi」ベースのGPUで、Vega世代に比べて50%長い実行エンジンを持ち、最大12CUを備えるGPUとなっている。実行エンジンだけでなく、レンダーバックエンドも2倍に強化されているほか、L2キャッシュも2倍の2MBに強化され、メモリレイテンシの削減によりより高速に命令を実行することが可能になっている。こうした性能の改善により、FP32時の演算性能は3.4TFLOPSとなっており、Intelの第11世代CoreのXe-LP(96EU)の2.07TFLOPSを上回っている(FP16時の演算性能は6.8TFLOPS)。

 今回からAMDは内蔵GPUにもブランド名をつけ、上位モデルとなる12CU/4RB+/最大2.4GHzをRadeon 680M、その半分のユニットを無効にしている6Cu/2RB+/最大1.9GHzをRadeon 660Mという名称で呼ぶことを発表した。

ディスプレイ出力

USB4コントローラを内蔵

 また、このRyzen 6000ではディスプレイエンジンが4エンジンに強化されており、最大で4つのディスプレイ出力が可能になり、DisplayPort 2およびHDMI 2.1の実装が可能になっている。さらに、USB4(つまりはThunderbolt 3相当のI/Oコントローラ)が統合されており、USB4をAMDのSoCを搭載したノートPCでも利用することが可能になる(もちろんIntelの認証が必要なThunderbolt 3の認証は取得されていないので、Thunderbolt 3対応ではなく、USB4互換となる)。

CPUなどのプロセッサ単位だけでなくSoC全体の消費電力を削減する仕組みが導入される

CPUレベルでの省電力機能の追加、実に多彩な省電力機能が追加されている

 今回のRyzen 6000の最大の特徴は、そうしたプロセッサレベルでの改良だけでなく、SoC全体での消費電力の削減に向けた様々な省電力技術の採用が進んだことだ。

 CPUレベルでは、新しい6nmプロセスノードの採用などによりリーク電流の最適化が進み、リーク電流が以前よりも削減されている。また、PC6ステート(Intel CPUでいうところのC6、Deeper Sleep)からの復帰が、ハードウェアのアシストによりより高速になり、深いアイドル状態から迅速に通常モードに復帰させることが可能になる。

 さらに、CPUのスレッドの割り当て利用率をOSに通知する機能(Intelで言うところのITD=Intel Thread Directorのこと)やキャッシュ周りの改良などにより、従来の製品よりもアイドル時により深いスリープモードに積極的に入るようになり、その結果としてバッテリ駆動時の平均消費電力が改善されているのだ。

SoCのレベルでも省電力の機能が追加されている

 同様の省電力機能は、SoC全体でも強化されている。Intelのモバイル向けプロセッサが、パッケージ上でPCH(AMDで言うところのサウスブリッジ)を統合している2チップ構成(CPU+PCH)になっているのに対して、Ryzen 6000はI/O(PCI ExpressやUSBなど)も完全に統合されている真のSoCになっている。このため、パッケージレベルでの2チップを強調させて省電力を実現しないといけない第12世代Coreと比較すると、ダイレベルで省電力を実現できるRyzen 6000シリーズの方が省電力管理という観点では有利になる。

 AMDはRyzen 6000でそのメリットを活かしている。例えばRyzen 6000ではZ9、Z10という新しいSoCレベルでのパワーステートを新しく用意している。このZ9(ディスプレイだけオンの状態でSoCの電力はほぼ切れている状態)やZ10(メインの電源供給がオフになっている状態、モダンスタンバイ時などに利用)は、Intel製品で言うところのC9やC10(IntelのC9やC10はパッケージレベルで、ほとんどの部分の電力を切るモードのこと)に当たるような、AMDのSoCとしては新しいパワーステートで、モダンスタンバイ時やアイドル時、ビデオ再生時といったSoCはほとんど使われていない状態の電力を最適化して、従来よりも省電力に動作することを実現する。

PSRの強化やいわゆる1W以下のローパワーディスプレイのサポートはバッテリー駆動時間を延ばす観点からは重要な強化点

 ほかにも、パネルセルフリフレッシュ(PSR)の強化(PSR-SU)、FreeSync時のPSR-SU、さらにはIntelがLowPower Displayとしてパネルメーカーと協力して実現したパネルセルフリフレッシュ周りの工夫により1W以下の消費電力を実現したフルHDパネルのサポートなどなど、一言でまとめると、これまでIntelが実装してきたような消費電力機能のほとんどを実装しており、この点でAMDがIntelよりも劣っているという状況が大きく改善されたという状況になったということだ。

同じバッテリ容量で比較した場合のバッテリ駆動時間の伸び

 この結果、平均消費電力は改善されており、従来のRyzen 5000と比較してWindowsがアイドル状態にある時に8%、ビデオ再生時に17%、モダンスタンバイ時に12%バッテリ駆動時間が改善されているとAMDは説明している。

 第11世代CoreとRyzen5000シリーズの比較では、2割程度第11世代Coreの方が平均消費電力は優れているという結果だったことを考えると、これだけ平均消費電力が改善されているとAMDも平均消費電力でIntelにかなり追い付いている、ないしは差が大きく縮まっている可能性が高いと考えることができるだろう。

バッテリ駆動時間が延び、GPUの性能が大きく伸びたRyzen 6000シリーズ

第11世代Core(Core i7-1185G7)、Ryzen 5000(Ryzen 7 5800U、15W)、Ryzen 6000(Ryzen 7 6800U、15/28W)のベンチマーク結果

 このように、AMDプラットフォームの弱点だった「バッテリ駆動時間」に関して大きく改善されることが確実なRyzen 6000だが、CPU、そして特にGPUの内部アーキテクチャが大きく改良されることで、処理能力は大幅に向上している。

 AMDが公開した資料によれば、Intelの第11世代Core(Core i7-1185G7)と比較して、TDP 15WのRyzen 6000(Ryzen 7 6800U、シリーズの最上位SKU)は2D画像編集でほぼ同じ、メディアエンコードでは1.76倍、CPUを利用した3Dレンダリングでは約2.03倍、GPUを利用した3Dレンダリングでは3.05倍などの性能を実現している。

 さらに今回のRyzen 6000シリーズでは、TDPを28Wに設定して利用することも可能で、その場合にはCore i7-1185G7と比較して2D画像編集では1.14倍、メディアエンコードで2.17倍、CPUを利用した3Dレンダリングでは2.53倍、GPUを利用した3Dレンダリングでは3.31倍といずれも性能が向上していることが分かる。Intel側のノートPCではTDP 28Wでシャシーを設計する例が増えているので、TDP 28W設定が用意されているのは、少しでも性能を上げたいPCメーカーにはうれしい選択肢が増えたと言える。

 ただ、この結果にはTDP 15WでRyzen 5000(Ryzen 7 5800U)の結果も乗っているが、同じTDP 15Wで比較すると、CPUの3Dレンダリングにはほとんど差がない結果であることが分かる。つまりTDPが15Wで一緒なら、Ryzen 5000とRyzen 6000のCPUの性能差はあまりないということだ。

Core i7-1165G7(TDP28W)とRyzen 7 6800U(TDP28W)の比較

 これに対してGPUの方は圧倒的に高くなっている。AMDが公開したAAAタイトルでのゲーム結果ではCore i7-1165G7(TDP 28W)とRyzen 7 6800U(TDP 28W)の比較ではいずれも1.6~2倍弱のフレームレートになっており、Ryzen 5000シリーズと第11世代Coreの比較ではいずれもRyzen 5000シリーズが下回っていたことを考えれば、GPU周りの性能がRyzen 6000では大きく改善されていることが分かる。

 このように、AMDが公開した詳細やベンチマーク結果から見えてきたことは、Ryzen 6000シリーズは、従来のAMDのノートPC向け製品の弱点だった、アイドル時の消費電力がやや高いことなどを拭い去ってきており、Intelにその点でかなり追い付いたと言える。つまり、AMDのSoCを搭載しているからバッテリ駆動時間が短いということは既に過去の話だということだ。

 CPUに関しては大きなパフォーマンス向上はないと考えられるが、GPUに関しては大きく性能が向上しており、IntelがXeの導入で逆転していた内蔵GPUの性能で再びAMDがパフォーマンスリーダーになったということは言えるだろう。

 これから市場に登場する第12世代CoreのPシリーズやUシリーズの内蔵GPUは、第11世代Coreと同じXe-LPでGPU周りには大きな性能向上はないと考えられるので、少なくとも両社が次の製品を出すまでは、内蔵GPUはAMDがパフォーマンスリーダーであることはほぼ確実と言えるだろう。

 こうしたメリットがあるのだから、冒頭で紹介したThinkPad ZというLenovoの新しいフラッグシップノートPCで、Ryzen 6000シリーズが採用されたのも納得できるだろう。

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