アガサ・クリスティが使用人を雇えても車を買えなかった理由とは?

GIGAZINE
2022年02月12日 22時00分
メモ


by angelaakehurst

ミステリーの巨匠、アガサ・クリスティは、作家としてデビューする前から使用人を雇って生活していました。現代の価値観からすると一見裕福な生活を送っていたかのようですが、一方でクリスティは「車を変えないほど貧乏だった」と記しています。クリスティが生きた時代と現代との価値観の違いについて、経済系メディアのFULL STACK ECONOMICSのティモシ-・リー氏が論じています。

Why Agatha Christie could afford a maid and a nanny but not a car
https://fullstackeconomics.com/why-agatha-christie-could-afford-a-maid-and-a-nanny-but-not-a-car/

スタイルズ荘の怪事件」で作家としてデビューする前年の1919年、クリスティは退役将校である夫との生活をロンドンでスタートさせました。クリスティの自伝によると、当時の夫婦の年収は約700ポンド(現代の価値で約600万円)で、住んでいたアパートの家賃は年間約90ポンド(現代の価値で約80万円)。そのような生活の中でクリスティは住み込みの家政婦を年間36ポンド(現代の価値で約30万円)で雇っており、子どもの出産に際してベビーシッターも雇い始めていたとのことです。

家賃の5分の2のお金をかけて家政婦を雇うことは現代の感覚からするとぜいたくな行為のように見えますが、クリスティもこの金額を「当時は莫大(ばくだい)な金額」と表現し、「自分たちが裕福だとは思っていませんでした」と記しています。ただ、クリスティは「振り返ってみると、私たちが家政婦とベビーシッターの両方を雇うべきを考えたのは異常なことのように思えます。しかし、それらは当時の生活の必需品と見なされており、これらは倹約の対象としては最後の選択肢でした」とも記しており、使用人が現代の「車」のように生活に欠かせないものという価値観であったことがうかがえます。

その車はというと、クリスティの時代に売られていたフォードのモデルTの価格は170ポンド(現代の価値で約140万円)であり、これは家政婦に払うべき金額の5倍近い価格です。クリスティが「金持ちだけが所有していました」と記す車ですが、現代に生きる人々が車を1~2台所有していることはまれではありません。しかし、家賃の半分近い金額を費やしてまで使用人を雇おうとする人はいないだろうとリー氏は指摘し、物の価値は時代とともに大きく変わると論じています。

by Georg Sander

時間の経過とともに価値が変わるのはもちろん車だけではありません。アメリカ労働統計局が発表した統計を基に作成された以下のグラフでは、1993年を基準として学費(College tuition and fees)や児童ケア(Child care)の価格が上昇している一方で、テレビ(Television)やおもちゃ(Toys)、服(Clothing)の価格は大きく下落しています。クリスティが自伝に記した「裕福な家庭の女の子でも持っているイブニングドレスは3着以下で、数年間は着古していました」という言葉からも、昔は衣服の価値が高かったことがうかがえます。


リー氏は生活必需品の価格はかつてないほど安くなっている一方で、使用人などの労働集約型産業がますます高価になっている現状を「現代世界で最も重要な経済的ミステリーの1つ」と記しています。

自動車産業や服飾産業が技術革新により成長した一方で、1人の人間を世話する使用人の数や、弦楽四重奏を演奏する音楽家の数は100年たっても変わりません。このような労働集約型産業の生産性が上昇しない現象を経済用語でボーモルのコスト病と言いますが、リー氏は生産性が上昇せずとも支払われる賃金が上昇していることから、「むしろボーモルボーナスだ」と表現しています。

労働集約型産業はコストの面でも賃金の面でもインフレを起こしていますが、リー氏はこの理由について2つあると解説。1つは顧客がこのような産業に生産性を求めていないという点で、例えばコーヒーチェーン店のスターバックスコーヒーが機械ではなくあえて人の手でコーヒーを入れていたり、赤ちゃんを安全に育てられる育児ロボットが開発されても誰もその使用を望まなかったりします。非効率的な労働力の使用は顧客にぜいたくな体験や良好な感情を提供し、人々が裕福になるにつれてこのような産業はますます高価になるとリー氏は指摘します。

もう1つは多くの人々が望む産業であるという点。医療サービスや教育はどの産業よりも人々に求められるものであり、どの産業よりも激しくインフレを起こしています。お金をかければかけるほど質の高いサービスを受けられ、所得の不平等の拡大の影響を受けやすいといった点で、これらの産業はインフレを起こしやすいと言えます。

ここ数十年で生活水準が大きく変化しましたが、「昔より生活水準が向上していない」という主張については、上述の価値観の違いから議論できるとリー氏は指摘。「労働集約型産業を低価格で享受できる時代がよかったのか、高性能な機械や安全な食品が簡単に手に入る時代がよいのかは客観的に証明できません。ただし、間違いなく裕福だったクリスティと同じくらい稼ぐ人々が増えたことから、生活水準が大幅に上昇したことは明らかです」と述べました。

by Olga

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