大阪-読売協定に批判 実は先例も – 木村正人

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共同通信社

大阪の編集幹部を含む記者数人に問い合わせたところ…

[ロンドン発]大阪府と読売新聞大阪本社が昨年末、教育・人材育成、情報発信、安全・安心、子供・福祉、産業振興・雇用、健康、環境、地域活性化の8分野にわたる包括連携協定を締結した。地方の地盤沈下に対して自治体と民間企業が同じ方向を見て社会課題の解決や地域の活性化に取り組む官民連携が全国的に広がる中、「報道は権力側の情報を流すだけの『広報』になってしまうのではないか」との疑念が向けられるのだが…。

筆者は1987年から2000年まで産経新聞大阪社会部の記者として大阪の街を走り回った。大阪では読売、朝日、毎日、産経の4紙がしのぎを削っており、今回「報道の自由」とどう一線を引くかという根本問題はあるものの「1社優遇だ」と他社の反発を買うのではとの疑問を持った。大阪では紙面だけでなく、販売、広告、事業すべてにおいて生き馬の目を抜く競争が繰り広げられていた。20世紀的思考では1社との協定などあり得ない話だった。

政治や外交とは縁遠い大阪ジャーナリズムの真髄は在野精神にある。「大阪の政府」である大阪府を監視するにはフリーハンドが求められる。筆者は大阪を離れて20年以上経つ。在阪の編集幹部を含む記者数人に問い合わせたところ大阪府と読売の協定に関心がないどころか知らない記者がほとんどだった。批判しているのは東京新聞の望月衣塑子記者ら「ジャーナリスト有志の会」としんぶん赤旗だ。

協定を発表した昨年12月27日の記者会見では、府民や自治体職員のセミナーに記者経験者を派遣し「読む・書く・話す」力を向上させる特別講義を行う、府内小中学校の子供たちが「持続可能な開発目標(SDGs)」への理解を深めて社会課題の解決に向け考え、行動する力の向上に協力する、読売の生活情報紙を通じて府の情報発信に協力する、大規模災害の発生時、府内の避難所に新聞を無償提供することなどが挙げられた。

「取材、報道とは一切関係のない協定だ」

BLOGOS編集部

記者会見では、報道陣から「報道機関の中立性は保てるのか」「2025年に開催される大阪万博の話も入っている。巨大な行政機関が一つのメディアと特別な関係を結ぶのはよろしくない」という疑問が相次いだ。読売新聞大阪本社の柴田岳社長は「取材、報道とは一切関係のない協定だ。(協定を結んだからといって取材や報道を自己規制するような)読売はそんなやわな会社ではない」と語り、吉村洋文府知事も「協定によって国民の知る権利は左右されない」と強調した。

協定の範囲を示した協定書5条には「報道機関としての読売新聞大阪本社による大阪府への取材、報道、それらに付随する活動に一切の制限が生じないこと及び大阪府による読売新聞大阪本社への優先的な取り扱いがないことを相互に確認する」と明記されている。大阪府は2009年(橋下徹府知事時代)のローソンを皮切りに金融機関、製薬会社、保険会社、大学、食品・飲料メーカーなど今回の読売新聞大阪本社を含め57件もの協定を結んでいる。

大阪府公民連携グループは筆者に「今や行政だけでさまざまな社会課題を解決できる時代ではなくなった。企業・大学との幅広い連携やネットワークによって社会を支えていくことが不可欠だ。府の公民連携は府費を投入せずに進めているため、企業に費用をお支払いすることはなく、業種で方向性を絞っているわけではない。府と連携して取り組みを進めたいと考えている企業のノウハウなどを活用させていただき、公民連携を進めている」と説明した。

読売新聞大阪本社広報宣伝部も「他社からの不平、不満は当社には届いていない。協定に基づく取り組みで当社が収入を得ることはない。地域活性化や府民の暮らしに役立つ取り組みを進めるため活字文化の推進や災害対応などで協力することが目的で、取材・報道に影響を与えることは一切ない。これまで通り事実に基づいた公正な報道と責任ある論評を貫く。社内でもそう説明している」と語り、取り組みの内容は必要に応じて紙面などで紹介していくという。

そもそも包括連携協定って何?

そもそも自治体と民間企業、大学との包括連携協定とは何なのだろう。かつて「役人天国」と揶揄された日本だが、地方公務員は1994年をピークに約48万人も減少して現在約280万人。コロナ危機で検査やワクチン展開が遅れる背景にも自治体の人材・ノウハウ不足がある。官民共創デジタルプラットフォームを通じ持続可能な社会の実現を目指す株式会社Public dots & Companyが包括連携協定について調べた報告書がある。

47都道府県と20政令指定都市の包括連携協定を過去10年にわたって調査(昨年6月時点)したところ460社と1120の協定が結ばれていた。「都道府県は17年を、政令指定都市は19年をピークに減少トレンドに入っているように見えた」という。都道府県では北海道が最も多く54件、2番は三重県の47件。大阪府は43件。府は大阪維新の会躍進後、数が伸びていたものの、他の自治体では首長の傾向と協定数の増減に強い相関関係は見られなかった。

社会インフラを担う産業が協定を締結する傾向が強く、上位10社は大手コンビニや保険会社、郵便局。協定ではお金のやり取りは発生しない。官民連携・官民共創は社会的な要請でもあり、取り組みは加速し、1社が協定を結べば同業他社も後に続いた。これまで官民は契約で結ばれ、官が解決策を持っていることが多かった。しかし今は官には予算も人員も知恵も足りなくなり、民が社会貢献の一環として柔軟に協力する要請が強まっているという。

横浜市とTBSも協定を結んでいる

BLOGOS編集部

自治体とメディアの協定は大阪府と読売新聞大阪本社が何も初めてではない。山口県宇部市と読売新聞西部本社、横浜市と東京放送ホールディングス(TBS-HD)、宮崎県五ヶ瀬町と西日本新聞、宮崎県都城市と宮崎日日新聞宮日会都城・北諸支部、兵庫県朝来市、姫路市と神戸新聞の例がある。神戸新聞は15年3月「もっといっしょに」を合言葉に、もっと役立つ地元新聞社を目指す「地域パートナー宣言」を発表している。

朝来市、姫路市との連携協定は「包括的」と「的」が付いているものの、その狙いについて神戸新聞経営企画部は「高齢化や人口減少などを受けて顕在化する地域課題解決に向け、さまざまな取り組みや情報発信を通じ、地域創生にともに取り組むことが狙いだ。報道する立場としてだけでなく、地域に暮らす『当事者』として、兵庫の将来をともに考えたいという思いが込められている」と説明する。

透明性の確保についても「収益を目的とはしておらず、直接的な収入は発生しない。協定を結んだ事実や一緒に手掛ける取り組みや事業の公表(報道)などを通じ、いわゆる透明性は確保されている。報道の自由が損なわれる懸念は全くない。メディア(特に地域に根を下ろしているメディア)も地域のプレイヤーとしての役割が重要だろう。創刊120周年に向けて発信した地域パートナー宣言は神戸新聞が最も重視している姿勢の一つだ」という。

海外に目を向けると、そもそも地方紙の存続が極めて困難になっている。

米シンクタンク、ブルッキングス研究所の調査(18年時点)では03年から14年にかけ、アメリカの地方紙の発行部数は27%減り、州議会の記者も35%減少した。地方紙が廃刊になった自治体では地方債の利回りが0.05~0.11%ポイント上昇していた。地方紙の廃刊で借入コストが上昇するのは(1)情報が十分に公開されなくなる(2)地方公務員の監視が弱くなり、統治の質が低下することが理由とみられている。

イギリスでも状況は同じだ。05年から18年末までに地方紙245紙が廃刊となり、国内58%の地域には地方紙が存在していなかった。英キングス・カレッジ・ロンドンが16年に行った調査では、地方紙が廃刊になった町では、住民のコミュニティーへの参加が著しく減少し、公的機関への不信感が高まっていた。米大手IT企業の広告市場支配への調査や、公共性の高い報道機関に直接資金を提供し、出版社に慈善事業の地位を与えることも提言された。

フランスの新聞や雑誌は政府の補助金で何とか苦境をしのいでいる。インターネットやスマートフォン全盛時代、地方紙の販売部数は減り続け、オンライン広告はフェイスブックやグーグルに支配され、存続が危ぶまれている。日本では少子高齢化が急激に進み、自然災害も頻発する。そうした中、社会貢献として手弁当で自治体と協働しようという日本の新聞はまだ元気があると言えるのかもしれない。

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