元『 VOGUE JAPAN 』編集長、渡辺三津子が語る、ラグジュアリーメディア&ビジネスの未来とは?

DIGIDAY

日本に限ったことではないが、ここ数年、出版業界は大きな変化を遂げてきた。なかでも収入の大部分を広告に頼る雑誌は、クライアントの軸足がデジタルに移行する中でさまざまな試みを余儀なくされてきた。そんな中でも、変化を厭わず進化し続けてきたのがコンデナスト・ジャパンの『VOGUE JAPAN』だ。

2021年12月、そんな『VOGUE JAPAN』で13年にわたり編集長をつとめてきた渡辺三津子氏が退任した。コンデナストにおける渡辺氏のキャリアは、氏がコンデナストに入社した頃にはなかったであろうWebサイトをも束ね、成長させ、新たなビジネスチャンスを探る雑誌業界の変化のうねりとそのまま重なる。雑誌を、そしてラグジュアリービジネスをつぶさに見つめてきた渡辺氏のこれまでとこれからを、Glossy Japanに語ってもらった。

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ーーファッション業界、なかでもラグジュアリービジネスを長年見てきた渡辺さんは、現在のファッション業界をどう捉えていますか。

コロナ禍の影響は決して小さくありませんが、ラグジュアリーに関しては、富裕層が国内での消費に積極的になっていて、とくにジュエリーなどの高額商品が動いていると聞いています。ただ、それはコロナ禍という時代の抗えない動きがあってマーケットが反応したということにすぎませんよね。それと別の視点でラグジュアリーを考える必要があります。

約2年、あるいはもっと長引くかもしれませんがーーこの間、家に籠もるような生き方をしてきた人々には、何か新しいことを始めたい、求めたい、新しいライフスタイルに踏み出したいという気持ちが芽生えています。今までとは違う消費スタイルが生まれてくるでしょうし、考え方が違ってくるということ。何が求められるかを見極める必要があるし、人々の気持ちに耳を傾けていくことが必要なんだろうなと思います。

ーー買い方の選択肢も増えていますよね。

オンラインで買うことの心理的なハードルが全体的に低くなっています。私自身は基本的にリアル店舗派で、オンラインではAmazonで日用品を買う程度のイージーなユーザーでしたが、ここ数年で、ブランドに対する信頼が醸成されていれば、ECでファッションアイテムを買ってもいいかなというモードになりました。

これは個人的な例ですが、年齢層にかかわらずそういった傾向は増しているのでは? そのためには、ブランドと消費者の信頼関係の構築や、どういうものづくりをしているかをより積極的に伝えていくことが重要になりますよね。

ちなみに2021年のVOGUE JAPANの調査では、購読している方々の紙メディアに対する信頼は今だに強く、比較的若い層でもラグジュアリーブランドやラグジュアリーなライフスタイルに関心の高い方が多いという結果が得られました。雑誌をめぐる状況は決して楽観視できませんが、ラグジュアリーと紙媒体の親和性は高いように思います。

ーーその繋がり方にもヴァリエーションが増えているように思います。

もののクオリティに対する信頼感はもちろんですが、それと別に、環境問題であるとか大量生産大量消費の問題など、ファッション業界が全体として今すぐ対応すべき課題が目の前にある。若い世代ほどそういった問題に敏感なので、そういう意味でも信頼性を高めて伝えていくというコミュニケーションが求められています。

安いものはどうして安いのか、こういう価格はどう納得できるものなのか。ものづくりに対する姿勢や考え方をできる限り、消費者と共有すること。素材の調達などサプライチェーンの透明性とそのアカウンタビリティを大切にすることーーそれがある種、「ラグジュアリー」という概念の大きな要素になってくると思います。

ーーその動きが表面的なグリーンウォッシュにならないことも重要ですね。

流行だから環境についてなんとなく触れるのではなく、社会への言及がブランドのもともとの哲学に紐付いていることが重要になります。そういった点は、みなさんとても敏感に見ていますよね。

たとえばロレアルグループのイヴ・サンローランでは、女性に対する暴力をなくす運動のキャンペーンを行っていました。一見唐突に見えるこの動きも、イヴ・サンローランというブランドが「女性の解放」を服で表現していたことを知っていると、とても納得感が得られますよね。ブランドの哲学に基づいた社会への言及はこういうふうに広がっていくんだなという、とてもいい例でした。

ーーラグジュアリーという価値観が変わってきたのか、Z世代とのコラボが増えているのも印象的です。

ただ、あるコアな層を世代でくくってしまうと見誤る側面もあるのではとも思うんです。“Z世代”はターゲットにしやすいので、ついZ世代マーケティングなんて言ってしまいますが、もう少し細かく見ていく必要がある。

2020年3月に「VOGUE CHANGE」という新しいプロジェクトを立ち上げたのですが、それをきっかけにいわゆるZ世代とお話する機会が増えました。彼らと話していると、とくに社会的な問題に関心ある人たちは“Z世代”とレッテル貼りされることに違和感を持っているんですね。マーケティングされて世代でくくられることに抵抗感があるということは忘れてはいけないし、もう少し細かく見ていきたいなと思っています。

ーーラグジュアリーブランドとのタイアップも多く手がけられてきましたが、表現がずいぶん変化したのでは?

10年くらい前までは紙のみでのタイアップが主体でしたが、ここ数年でWEBと連動したもの、SNSと連動したものが多くなりました。またムービーを制作したりと、表現の幅が劇的に広がったなと思います。

マルチなプラットフォームを利用することが常識となってきて、組織にもデジタル関連の新しいスタッフも増えました。若い世代もデジタル・ネイティブからムービー・ネイティブへと広がりつつありますし、中心になる表現が時代とともに確実に変わっていくと感じています。

ムービーを制作するにはそれなりのコストがかかりますが、たとえばBTS(=behind the scene)を編集してインスタグラムに上げるなど、比較的手軽に作れるものもあります。

USではセレブが登場してコーディネイトを紹介したり、カジュアルにビューティチップスを披露したりといったムービーもどんどん作られています。エンタメとしての表現はさらに広がっていくのでしょうね。

ーーたくさんの媒体が競い合うなかでも、VOGUEは各国版があるのが特徴的。JAPANとしてはどんなことを意識してきましたか?

VOGUEにおけるラグジュアリーの表現、世界で認められるクオリティの担保は大前提ですが、違う文化に生きているので、認識の差や感覚の違いは出てこざるをえません。むしろ、JAPANはJAPANとしてのVOGUEを作るんだという気持ちでやってきました。

ひとつ断言できるのは、私が作ってきたVOGUE JAPANは世界のVOGUEの中でもいちばん情報量が多かったということです。それは、日本の雑誌文化の成熟度を反映したことでもありました。美しいファッションストーリーがあるだけでなく、豊富なアイテムやコーディネイトをウィットをもって紹介したり、多方面から女性の生き方を考える企画を発信してきました。毎月、その1冊のテーマというのをとても大切にしてきたんです。

たとえば2021年5月号では「fun&funky」をテーマにして、笑いとファッションの関係を考えてみました。そして渡辺直美さんやきつねのおふたりといったお笑いの方に登場いただくと、どこか「笑いとファッション」という一見真逆の2つの要素に共通する部分、刺激しあう部分が見えてくるんですね。また、精神科医の名越康文さんに「笑いがもたらす幸福感」をうかがうことで、自分自身の生き方への理解が深まったり。あるいは、2021年11月号では宇宙をテーマに、スペイシーなファッションを取り上げると同時に、アジア女性初の宇宙飛行士、向井千秋さんにご登場いただいたり、宇宙マニアの矢野顕子さんにお話をうかがいました。文学、映画、アニメ、建築までテーマを広げて考えることで、見て読んで楽しいものが作れたなと思っています。

ーージャンルによって世界観や表現が異なってはきますが、オンラインがメディアのメインになりつつありますよね。そういった変化に、今後はどう対応していくべきでしょう?

個人の方たちも発信できるのは素晴らしいことですが、いろんな声がオンライン上にたくさんあるなかで、ちゃんとした取材に基づいているのか、誰が発信しているのかといった信頼感が、メディアが生き残るポイントになるのではと思います。デジタル世界において情報に取り囲まれすぎていて、何を取捨選択していくかが困難な時代になっています。そのときに、信頼できるメディアだと認識してもらえることは最大の強みになりますよね。

VOGUEでは数年前に、「ヴォーグ・ヘルスイニシアチブ」という声明を出しました。17歳以下のモデルは使わない、痩せすぎと思われるモデルは起用を控える、など具体的な姿勢を示した宣言です。人々に影響を与えるメディアとして、偏った表現をしないように、発信に伴う責任を果たすようにという考えです。時代をリードする力を持っているメディアにとっては、その力と責任はセットであると考えています。

ーーコロナ禍の影響もあるなかで、ファッション業界がより活性化していくためには、どんな処方箋が必要でしょう?

大きなトピックスなので、少しパートを分けて考えさせてください。まず、日本のデザイナーに関していうと、グローバルに認められるブランドになっていく上で、サステナビリティとファッションが切り離せなくなっていますよね。ただ、服というものはとても複雑な工程を経て作られているので、トレーサビリティを担保しようとすると、多大なお金と時間がかかります。小さなブランドや会社では担いきれない部分があるのが大きな問題です。

その面で、行政や老舗のファッションメーカーが、中小から新人ブランドまで巻き込む形でサポートする動きが求められますよね。たとえば昨年、「ジャパンサステナブルファッションアライアンス」という業界団体が発足しました。伊藤忠とゴールドウインが共同代表で、経産省と環境省、消費者庁をパブリックパートナーとして、日本におけるファッションのサステナビリティを目指しています。

環境問題は地球規模のものなので、個々人や会社が単独で解決できるものではありません。具体的な施策を考える上で、一歩前進した感覚です。

そしてもうひとつ、日本人のファッションに対する熱意や感性がとても成熟していて、クリエーションとしても高いレベルにあるというのも重要なポイント。そこを思い切り競えるようなサステナビリティへの対応などを含めた土台ができるよう、公の有益なサポートシステムが構築できればいいなと感じます。ファッションは大切な日本文化のひとつであり、産業として盛り上げるべきものだと思います。

ーー最後に、渡辺さんご自身の今後について教えてください。

具体的にお話できる段階ではないのですが、VOGUEにおける20年あまりはスペシャルな経験でしたし、本当にさまざまなインスピレーションに恵まれていたと思います。これまではひとつの雑誌の長としてやってきましたが、これからはもうちょっと自由な形でみなさんの役に立てるようなあり方を考えています。とても幸運なことでしたので、何らかの形でその「ギフト」のお返しをしていきたい。

30年以上にわたり、いつも締め切りのある生活をしてきたので、のんびり休むつもりはありません(笑)。私にとって働くことはほぼ生きることと重なっているので、より自由になった環境を生かして違う働き方をしてみたいですね。みなさんに求められれば、の話ですが(笑)。例えば、新進デザイナーを応援したり、子どもたちにファッションの楽しさを伝えたり。今までの編集人生も喜びに満ちたものでしたが、組織から離れたときに見いだせる別の喜びが、小さく見えてもきっと多様にあると思うんですよ。

渡辺三津子(わたなべ・みつこ)/大学卒業後、資生堂『花椿』で編集のキャリアをスタートさせ、インターナショナルファッション雑誌数誌を経て2000年に『VOGUE NIPPON』(のちに『VOGUE JAPAN』に改称)へ。2008年より同誌編集長に就任し、ウエブの始動やデジタルコンテンツ強化を推進。Twitter/ @mitsuko_wtnb

Written by Satoko Takamizawa

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