厚生労働省は少子化対策の一環として、男性の育児休業を推奨している。心理学博士の榎本博明さんは「『イクメン』を増やそうというものだが、少子化対策になるとは思えない。夫の育休取得によって、むしろ多くの妻たちは不満を抱えている」という――。
※本稿は、榎本博明『イクメンの罠』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
※写真はイメージです – 写真=iStock.com/PonyWang
厚労省発の「イクメンプロジェクト」に対する疑問
イクメンという言葉は、今や私たちの日常に溶け込んでおり、知らない人はほとんどいないだろう。2020年には小泉進次郎環境大臣(当時)が長男誕生にともない育休を取ったこと、また育休取得にまつわる発言などから「イクメン大臣」と注目を浴びたことも記憶に新しい。
本稿では「ブーム」の経緯を辿りながら、傍目には「当たり前」「常識」と見えるようになった事象への疑問点について解説していきたい。
イクメンは、2010年1月に長妻昭厚生労働大臣(当時)が、「イクメン、家事メンをはやらせたい」と発言したのがきっかけで広まったという。同年6月には改正育児・介護休業法が施行され、男性の育児休業が促されるようになったことを受け、厚労省はイクメンプロジェクトを発足させた。当時の資料には次のように記されている。
育児を楽しむ男たちが社会へ発信! 新プロジェクト始動
「イクメンプロジェクト」とは、働く男性が、育児をより積極的にすることや、育児休業を取得することができるよう、社会の気運を高めることを目的としたプロジェクトです。昨今は育児を積極的にする男性「イクメン」が話題となっておりますが、まだまだ一般的でないのが現状です。改正育児・介護休業法(2010年6月30日施行)の趣旨も踏まえ、育児をすることが、自分自身だけでなく、家族、会社、社会に対しても良い影響を与えるというメッセージを発信しつつ、「イクメンとは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男のこと」をコンセプトに、社会にその意義を訴えてまいります。
(厚生労働省HP「報道発表資料」2010年6月14日)
「イクメンとは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男のこと」──。正直に言って、この文句には軽さを感じずにいられない。おそらく子育てに関わったことのある人すべてがそう感じるのではないか。
なぜ“イクメン”を増やす必要があるのか
子育てはけっして楽じゃない。楽しむだけでは子育てにならない。思うようにいかなくて悩んだり、叱りすぎた後に自己嫌悪したりする葛藤の毎日、それが子育てではないか。
さらに言えば、「自分自身も成長する」といった利己的な発想からスタートしては、子育てに伴うストレスは高まるばかりだ。そのことは厚労省も、プロジェクトに名を連ねる委員たちも重々承知しているものと思いたい。
それなのになぜ「あなたの得になります」のような形でアピールし、イクメンを増やそう、男性の育児休業取得を増やそうと動いたのか。
厚労省が管理する「イクメンプロジェクト」サイトには「日本の男性が家事育児をする時間は他の先進国と比べて最低水準となっており、そのことが子どもをもつことや妻の就業継続に対して悪影響を及ぼしています」と明記されている。
同サイトの「なぜ今、男性の育児休業なのか?」という項目には、育休取得を増やす狙いがはっきり説明されていた。
──男女の「仕事と育児の両立」を支援するためです。
積極的に子育てをしたいという男性の希望を実現するとともに、パートナーである女性側に偏りがちな育児や家事の負担を夫婦で分かち合うことで、女性の出産意欲や継続就業の促進、企業全体の働き方改革にもつながります。
また、急速に進む少子化の流れから、年金や医療などの社会保障制度が立ち行かなくなってしまうという危機的な状況にあり、次世代を担う子どもたちを、安心して生み育てるための環境を整えることが急務となっています。
その環境整備の一環として、仕事と育児の両立の理解促進をはかるとともに、両立に向けたノウハウ支援などを通じ、男女ともに育休取得の希望の実現を目指しているのです。
つまり、厚労省はじめ国が育休を取得するイクメンを推奨するのは、夫と妻に平等に子育てを負担させ、少子化に歯止めをかける狙いがあるからだ。前述の説明のすぐあとには「2025年までに男性の育児休業取得率30%を目標に!」と記されている。
※写真はイメージです – 写真=iStock.com/Auris
ちなみにこの「イクメンプロジェクト」サイト内を探しても、わが子をどう育てるべきか、どう育てていったらいいか、ということには一切触れていない。
するとイクメンプロジェクトのメッセージは、「夫婦で協力してより多くの子どもをもってね、その後のこと(どんな子に育っていくかなど)は知らないよ」になってはいないだろうか。教育の問題は厚労省の管轄外と言われればそれまでだが。
であれば厚労省のプロジェクト立案者と、わが子の誕生を喜ぶ男性の間には、子育てのとらえ方にかなりギャップがあると言わざるを得ない。