緊迫のウクライナと似ている日本 – 宇佐美典也

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元経産省官僚の宇佐美典也さんに「私が○○を××な理由」を、参考になる書籍を紹介しながら綴ってもらう連載。第24回のテーマは、緊迫するウクライナ情勢から考える日本の安全保障戦略について。ウクライナ人の国際政治学者、グレンコ・アンドリー氏は、ウクライナと日本は置かれた立場が似ていると指摘しています。

私がウクライナの置かれた環境は結構日本と似ていると思う理由

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昨年末30日、アメリカのバイデン大統領はロシアのプーチン大統領との電話会談で、ロシアがウクライナに侵攻すれば同盟国・友好国とともに「断固として対応する」と表明した。これを受けてプーチン氏も「アメリカが前例のない制裁を科せば、完全に決裂する」と応じた。

年明けからはウクライナ情勢をめぐって、アメリカやNATO(北大西洋条約機構)側がロシアと会合を開く一方、ロシア軍がより一層ウクライナ方面に移動したり、ウクライナでサイバー攻撃被害があったりと緊迫感が増している。

漠然とでも背景を知ろうと、Twitterでよく名前を見かけるウクライナ出身の国際政治学者のグレンコ・アンドリー氏の著書「NATOの教訓」を読んだところ、ウクライナ情勢というより「ウクライナ人から見た日本の安全保障環境」といった分析に触れることができた。

「日本とウクライナは置かれた環境が似ている」

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グレンコ氏の視点で非常に面白く感じたのは「日本とウクライナが置かれた環境が似ている」ということだった。

ウクライナは西方に影響力を広げようとするロシアと、日本は海洋に進出しようとする中国と、それぞれ最前線で対峙する環境にある。こうした両国の置かれた状況をグレンコ氏は「日本とウクライナは自由世界のフロンティア」と表現しており、日本とウクライナの防衛が堅固でないと、世界全体の自由・民主主義の文明社会が危ぶまれるとしている。これは言われてみれば納得で、目から鱗だった。

ただ先述の通り、今のところ日本は一応の平和というものを享受しているのに対して、安全保障上ウクライナは非常に危うい環境に置かれている。

グレンコ氏は、この両国の差は軍事同盟の有無にあると見ている。具体的には、日本が日米安全保障条約によりアメリカの庇護下にあるのに対し、ウクライナはNATO(北大西洋条約機構)に加盟できておらず単独でロシアと向き合わなければいけない状況だということである。

地球平和の実現に最も成功したNATO

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グレンコ氏はNATOを「最も成功した地域平和の実現例」と表現している。実際NATO加盟国の本土は70年間一度も武力攻撃を受けたことがない。NATO加盟国に対する武力攻撃は加盟国全体に対する攻撃と見做されるため、攻撃を加えた国はアメリカ、イギリス、フランス、ドイツらと戦うことになる。これでは勝ち目がない。

国連は加盟国が価値観を共有しておらず、安全保障理事会で中露が拒否権を持っていることから紛争防止、平和的解決の機能をほとんど発揮することができていない。これに対し、価値観や基本的な安全保障政策を共有する国だけが集まっているNATOは、意思決定が全会一致の原則にもかかわらずボスニア・ヘルツェゴビナの紛争を鎮めるなど有効に機能している。

そのためソ連崩壊後、平和を担保するためにチェコ、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、ブルガリア、といった東欧の旧ワルシャワ条約機構加盟国は相次いでNATOに加盟した。そしてウクライナもそれに続こうとしたわけだが、ソ連の継承国として失地回復のために西方拡大を目指すロシアとしてはこれを何としても阻止する必要があった。

そして近年、ロシアは徐々に強行的な手段に出るようになっている…というこの辺りの論考の流れはさすがの納得感がある。というか当たり前と言えば当たり前の内容なのだが、複雑な世界情勢を理解するうえで専門家による整理された解説はありがたい。

「日本は“弱小国のふり”をしている」という指摘

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日本も中国という「地域覇権を目指す大国」の脅威下にあるが、他方でアメリカと日米安全保障条約を締結しているという点において状況が大きく異なる。ただグレンコ氏はこの日米同盟にはNATOと比べて課題があるとしている。

一つ目は「日本が弱小国のふりをしている」という点である。日米同盟が始まった当初は実際に敗戦国である日本は消耗し尽くした弱小国であり、日本はその状況を逆手にとって、安全保障に関しては憲法9条で全面的にアメリカに依存し、経済復興に専念した。いわゆる「吉田ドクトリン」である。しかし日本は発展した後も消極的に基地の提供と思いやり予算などでアメリカに便宜を図る程度で、アメリカの世界戦略に明確に協力することなくのらりくらりと中立を保とうとしている。

こうした政権のスタンスを国内の一部左翼が「親米」「対米従属」などと批判することもあるわけだが、グレンコ氏の目には全くそうは映らないようで「ただ弱小国のように振る舞ってアメリカに甘えている」と見ている。他方で、「アメリカがいざというときに本当に日本を守ってくれるか分からない」と「対米自立」を唱える反米保守に対しても、その行き着く先は中露の属国になるしかなく、まやかしであると評している。

グレンコ氏はこうした地に足のつかない非現実的な議論よりもすべきは「アメリカが日本を守る気になるために、何をすれば良いか」を考えることで、それこそが日本の安全保障環境をより充実させるのではないかと提案する。そして具体策として防衛費の対GDP比2%実現を挙げるとともにNATOに加入するために懸命に努力したトルコを比較例に挙げている。

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