病欠やトイレに走る議員たちの事情

アゴラ 言論プラットフォーム

オーストリア国民議会(下院)で20日、ワクチン接種の義務化法案について意見の交換が行われた後、採決に入った。今回は各議員が賛成票(白紙)か反対票(赤紙)を持参して演壇前に備えられた投票箱に入れることになっていた。だからどの議員が賛成か反対かはその気になれば分かる。中継していたオーストリア民間放送のカメラマンが投票箱に行く議員の姿に強い関心を注いだのも当然だった。

ワクチン接種義務化法案を議論した国民議会風景(2022年1月20日、オーストリア民間放送OE24TVの中継から)

まず、投票結果から報告する。国民議会の定数は183議席だ。採決に参加した議員は170人だった。ということは、20日の投票日に13人の議員が欠席したことになる。議会から中継していたアナウンサーは、「今日は多くの議員が病気になりました」と少し皮肉を込めて報じていた。投票結果は賛成票137票、反対33票だった。

次に、ワクチン接種義務化法案の日の政党の立場を説明する。同国では議会に議席を有する政党はネハンマー政権の与党、保守政党「国民党」と「緑の党」の2党、野党には「社会民主党」、「ネオス」、そして極右政党「自由党」の5政党だ。

ワクチン接種義務化法案は国民党とその連立パートナー環境保護政党「緑の党」が作成し、議会に提出した。それに対し、野党第1党「社民党」は党内に反対があったが、党としては支持に回った。同党のパメラ・レンディ=ワーグナー党首は熱帯医学の専門家で、新型コロナウイルスの実態を誰よりも知っている政治家だ。ケルン政権下で2017年、短い期間だったが保健相を務めた。同党首は、「義務化は理想ではないが、ワクチン接種が現時点では唯一のコロナ対策」と表明し、ネハンマー政権のワクチン接種義務化法案を支持した。

リベラル政党「ネオス」はワクチン接種の義務化に強く反対してきたが、同党のベアテ・マインル=ライジンガー党首は記者会見で、「自分はワクチン接種の義務化には反対だ。国民の自由な判断を尊重していたからだ。しかし、ワクチン接種の現状やコロナ感染の拡大などをみて、ワクチン接種の義務化を支持することにした。さもなければ、第5、第6のロックダウンが回避できなくなるからだ」と説明した。

同法案に最後まで反対し、路上で国民を動員して抗議デモ集会を繰り広げたのが自由党だ。同党のキックル党首は昨年11月15日、コロナに感染したが、寄生虫用治療薬を飲みながら回復した。ワクチンは接種していない。キックル党首は、「ワクチン接種は個々が決める問題だ。しかし、接種の義務化は国民の自由を蹂躙する全体主義的なやり方で容認できない」という姿勢を崩さず、20日の議会でも激しく批判を繰り広げた。

採決前から同法案が可決されることは分かっていたが、多くの政治専門家は、「国民党や緑の党からも反対する議員が出てくるだろう」と指摘し、投票箱にどの議員が赤紙を入れるかに注意を促していた。国民党(71議員)からは4人の議員が欠席し、反対票はなかった。「緑の党」(26議員)は政権政党でなければ、多くの議員が反対していただろうが、連立政権に参加している以上、支持せざるを得ない。自己の政治信条と与党としての責任、という狭間で悩む議員がいたはずだ。同党からは反対票はなしで3人が病欠だった。

社民党(40議員)からは4議員が病欠、1議員が反対した。自由党は30議員中、2人が病欠で、そのほかは全て反対票を投じた。ネオスは15議員中、4人の議員が反対した。ちなみに、「緑の党」元党首マドレーン・ペトロビッチ氏がワクチン接種義務化を支持する党の政策を批判し、「緑の党」から脱会を表明したことがメディアで報じられたばかりだ。

接種の義務化に反対しているが、党の方針には反対できない、と悩む多くの議員たちは、それゆえに、採決の日、病気になるわけだ。国民議会の定数から170人を差し引いた13人の議員全てがそうとは思わないが、多くは突然病気になったのだろう。新型コロナウイルスのオミクロン株の感染力が知られていることもあって、病気になっても疑われる心配は少ない、という判断も働いただろう。

政界では重要な法案の採決の日、突然席を外す議員や政治家がいる。有名な話はオーストリア前大統領(在任2004~16年)のハインツ・フィッシャー氏だ。同氏は社会党議員時代、重要な要件で採決しなければならない時になるといつも姿をくらました。だからブルーノ・クライスキー首相(在任1970~83年)は、「彼はまたトイレにいったのか」と揶揄した、という噂が流れたほどだ。そのフィッシャー氏は後日、オーストリアの大統領を12年間勤めている。「重要な採決の時に政治家が病欠やトイレに行くのも立派な意思表示だ」という指摘は、案外、政治の世界の現実を言い当てているのかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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