日本で内密出産が認められたら – WEDGE Infinity

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新年早々、熊本県にある医療機関が「内密出産」を実施したことを発表した。公表されたケースとしてはわが国では初めてのものであった。

わが国では、内密出産を認めるとの社会的な合意が形成されているとはいえない状況にある。むしろ、倫理的に許されないあるいは法律的に問題があるとの見解も強く主張されている。

(minianne/gettyimages)

今回の発表を受けて、内密出産のあり方に関する議論がどちらの方向に向かっていくのか。一部メディアでは、社会の実情を踏まえて推進する論調もある。しかしながら、法律的にみれば乗り越えなければならないハードルが多く、容易に賛同することはできない。

内密出産とは

内密出産(Confidential Birth)とは、子どもを出産した母親が当局に自分の身元(母親を特定することができる情報)を明かさないことをいう。出産に立ち会う医療機関には身元を明らかにしている。この点で、誰にも身元を明かさない「匿名出産」とは異なる。

ドイツでは、内密出産を、出産直後に子どもを殺害するいわゆる嬰児殺(えいじさつ)を予防する手段の一つとして認められた。出産された子どもが婚姻関係のない男女の間に生まれた非嫡出子である場合に殺害するケースが見られていた。

わが国でも、同様の観点から内密出産を認めるべきであるとの主張がある。経済的な事情などにより子どもを養育することが困難な母親を保護する観点からも主張されている。

ただ、嬰児殺の予防や母親の保護は、子どもの出産に先立つ堕胎を認めるか否かを含めて議論されるべき事柄であろう。刑事学的には、嬰児殺と堕胎とは連続性を有するものと考えられている。堕胎も、後述する母親のプライバシーに属する事柄である。本来であれば、内密出産の問題の前に、出産前のことである堕胎の問題について議論を深めるべきであろう。

今回のケースの特殊性

今回内密出産を実施した医療機関は、親が育てられない子どもを匿名で預かる「赤ちゃんポスト」(名称「こうのとりのゆりかご」)を設置・運営している。「赤ちゃんポスト」と内密出産は、母親が自らの身元を医療機関に明かすか否かだけが異なるもので、子どもの養育が困難な母親を救済する方法である点で、共通している。

「赤ちゃんポスト」の設置・運営は、医療機関が出産した母親から現実に養育する者に子どもの「橋渡し」をするものである。当該医療機関にとっては、従前から行ってきた「橋渡し」の役割を拡大したにとどまる。内密出産を行うに当たって新たに乗り越えなければならないハードルは、他の医療機関よりも高くはない。

今回のケースに関しては、この点も忘れてはならない。

母親はプライバシー保護を主張するが……

内密出産を認めるべきとの主張は、プライバシー保護を根拠としている。身元は、母親のプライバシー(私的領域)に属する事柄であり、できる限り尊重されなければならない。それに属する情報を開示するか否か、誰に開示するかは、本人の自律的な決定が尊重されなければならない。このような本人の利益は、『情報コントロール権』とも呼ばれる。

子どもを出産した母親が自分の身元を明かすか否かは、母親の『情報コントロール権』の保護領域に属する事柄であり、母親の『情報コントロール権』を強調する立場からは、「内密出産」は認められなければならないと主張される。

ただ、あらゆる行為が限界なく許されるということではない。筆者は、内密出産は、他者の権利利益を不当に損なうものであって、母親の『情報コントロール権』の行使としては認められないと考えている。

法律的には分娩した人が「母親」

近年、生殖補助医療との関係で、子どもの『出自を知る権利』が主張されている。『出自を知る権利』に関しては、わが国には定める法律は存在しないものの、厚生労働省が2003年4月に公表した「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」において認められている。

同報告書では、「生まれた子のアイデンティティの確立のために重要なもの」であると位置づけられている。それゆえ、現時点でも、子どもの『出自を知る権利』の存在を等閑視することは許されない。

わが国では、分娩をした者が「母(母親)」となると法律で定められている。そのため、子どもの『出自を知る権利』の内容には、分娩者が誰であるかを知ることも当然に含まれる。

子が求めれば、母親の情報を提供する義務

内密出産を行う場合、母親と医療機関との間で、当局に母親の身元を明かさないとの合意(契約)が締結される。医療機関には守秘義務が発生する。その結果、医療機関は、当局に母親を特定させる情報を提供できない状況に置かれる。

ただ、この守秘義務は、あくまでも母親に対するものにとどまる。医療機関は、子どもから求められれば、母親を特定することができる情報を提供しなければならない。医療機関と母親との間の合意は、合意に参加していない子どもを拘束するものではない。この場合においては、母親が子どもの代理人として合意したと考えることもできない。

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