水谷隼が語る金メダル取れた理由 – PRESIDENT Online

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東京2020オリンピック大会で、日本卓球史上初の金メダルを獲得した水谷隼。日本中が歓喜に包まれたウラには、意外なエピソードが隠されていた。「プレジデント」(2022年2月4日号)の特集「運をつかむ習慣」より、記事の一部をお届けします──。

金メダリスト 水谷隼氏
金メダリスト 水谷隼氏

金メダルを取った日、朝のテレビの占いで……

東京オリンピック混合ダブルスの決勝戦の日。僕はいつになく早い時間に目が覚め、朝のニュース番組を見ていました。すると占いが始まり、僕のふたご座は「ラッキーカラーはピンク」と出た。これを見て僕は「今日はピンクの線が入った赤いユニフォームを着よう」と決めました。ただし、対戦相手は中国ペア。彼らは決勝戦など大事な試合では、赤を着ることが多いんです。

朝の占いを見て決めたユニフォームを着用する水谷・伊藤ペア。強敵を撃破し、日本卓球界史上初の金メダルを獲得した。
朝の占いを見て決めたユニフォームを着用する水谷・伊藤ペア。強敵を撃破し、日本卓球界史上初の金メダルを獲得した。(時事通信フォト=写真)

試合では同じ色のユニフォームを着てはいけないというルールがありますから、中国も「赤が着たい」と言ったらどうしよう。そう思いながら試合前、中国選手に「赤を着たい」と言ったところ、「いいよ」と快諾してくれました。今思えば不思議で、珍しいことのように思えます。結果、僕たちは中国ペアという強敵を破り、日本卓球界初となる金メダルを獲得しました。たまたま見た朝の占いですが、運気を上げるメッセージを信じたことは、奇跡のように思います。

実は僕、ものすごく運が悪い人間なんです。「運」とは、自分の知識や技術ではどうにもできないものだと思います。卓球も、対戦相手の組み合わせや、試合時間の決定なども完全に運に左右されます。練習でどうにかなることではありません。試合時間が遅延することも、結構な頻度で起こります。

金メダル

試合中にも、勝負の流れを一気に変えてしまうようなアクシデントがよく起こります。例えば、ボールが相手コートの台の角にあたる「エッジボール」や、ネットにボールが触れてから相手のコートに入る「ネットイン」。これらは偶発的に起こるもので、受けたほうはほとんど返球できません。このようなラッキーな出来事が試合相手と5対5の割合で起こるならいい。しかし運の悪い僕の場合、自分は3で相手が7。7割のラッキーが起こる相手はいいですよね。天運に恵まれているんです。なりたくてなれるものではありません。

試合中「空気が変わったな」と思う瞬間もあります。例えば、自分がリードしているのに、急に「やばいかも」という空気を察知したりするんです。普通だったら95%入るボールなのに2本連続でミスしたり、点を取った後に審判が「サーブがネットインだから、今の無効だよ」と言い出すなど、「そんなことある?」という不運が続くんです。それはいきなりやってくる。その空気になった瞬間に、どうやっても点が取れなくなる。本当に。そのままやったら、絶対に勝てないと、経験上わかります。それでも、もがき続けるしかありません。

オリンピックの決勝でもありました。最終セットを9対3でリードしていたのに、向こうに1点取られたくらいから、そういう感覚に陥りました。9対5まで巻き返されて「あ、これ絶対負けるわ」という嫌な空気を感じていました。しかし、そのあとに伊藤美誠選手が運よくネットインしてくれて、また空気が変わりました。僕にも決めるチャンスが回ってきて、勝利を引き寄せることができた。非常に幸運な出来事でした。彼女とペアでなければ負けていたと思いますね。

ネガティブな僕が前向きでいられるワケ

思い起こせば、2019年は本当についていなかった。4大会連続の五輪シングルス出場は叶わず、非常に悔しい思いをしました。ただ、今回シングルスで出ていたら、混合ダブルスで金メダルを取れなかったかもしれません。めぐり合わせとは不思議なものです。

以前あまりにも不運が続いたときに、岩崎恭子さん(バルセロナオリンピック200メートル平泳ぎ金メダリスト)に運気アップの方法を聞いたことがあります。岩崎さんからは「ゴミ拾いをするといいよ」と言われました。意外でしたが、きっと日頃の行いが運に直結するということでしょう。早速、翌日から僕は練習場のゴミ拾いを始めました。こうした願掛けは好きなほうで、月に1回、僕は神奈川県の川崎大師に参拝しています。オリンピック出場時の願いごとは「すべて自分の思い通りになりますように」。対戦相手とのラッキー比率の7対3も、せめて5対5になってくれればと強く願いました。

僕はもう「運の悪さを受け入れるしかない」という境地に立っているんです。チームメイトにも「自分は運がない」と公言していました。試合中に想定外の場所からボールが飛びこんできて、順調だった試合が中断することもありました。そんなついていないことが起きるたび、チームメイトから「君は運がないから仕方ないよ」と励ましのアイコンタクトがくるほどになっていました。不運からは逃げようがないなら、それを受け入れて共存していく。そう決めたあたりから、運の流れが変わったように感じます。

一時期は卓球をやめてしまいたいと思うほど

僕は13年頃から目に違和感を覚えるようになりました。卓球選手にとって目は命です。それが18年にはひどくなり、ボールが消える(見えなくなる)ようになりました。病院を何軒はしごしても原因がわからない状態が続き、21年5月になってやっと「ビジュアルスノウ」(視界砂嵐症候群)という病名にたどり着きました。降雪やテレビの砂嵐のような光景が視界にある視覚障害です。これといった治療法はなく、心を病んでしまう人もいるそうです。

オリンピック直前の時期に、同じ症状で苦しんでいた人がライブ配信で「今から自殺します」と宣言し、自殺してしまったことがありました。とても衝撃的で、人ごととは思えませんでした。自分だって明日はどうなるかわからない。そんな精神状態のなか、一時期は卓球をやめてしまいたいと思うほどでした。しかし、多くの人に支えられている現実や、責任感から、なんとか続けることができました。

試合中しっかりボールを見ようとすると動きが遅れてしまいます。だから「目の調子が悪い」ということを受け入れて、なんとなく見えた時点で動き出そうという意識に変えました。すると、またうまくボールが打てるようになったんです。オリンピックのときも、目が健康なときに比べてパフォーマンスは3割程度しか出せませんでした。しかし、その3割で活躍できるように必死に努力しました。そんな状態でも金メダルを取れたことは、むしろ幸運とも言えます。「運」とは自分の意思や行動とは違うところにあり、どう受け止めて生かすかが大事だと思います。

試合やビジネスシーン、メディアに出演する僕は常にポジティブで、強いメンタルの持ち主ですが、素顔の水谷隼は「超ネガティブ人間」なんです。ただ、ネガティブにばかり考えていたら生きていけません。努めてポジティブに考えるようにはしています。今でも人前に出るときは「ポジティブな水谷隼」を演じているところもあります。

「運が悪い」と悩んでいる方がいたら、まずその自分を受け入れること。そこから、どうすれば良くなるかを考えるといいと思います。運の潮目を察知して流れに乗ることで、良いときも悪いときもうまく対応できる習慣が身に付くのではないでしょうか。

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水谷 隼(みずたに・じゅん)
金メダリスト
1989年、静岡県生まれ。両親の影響で5歳から卓球を始める。オリンピック東京大会では混合ダブルスで史上初の金メダル、男子団体でも銅メダルを獲得した。著書に『打ち返す力 最強のメンタルを手に入れろ』ほか。
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(金メダリスト 水谷 隼 構成=力武亜矢 撮影=泉 三郎 衣装提供=TAGARU代官山店 写真=時事通信フォト)

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