反原発国はオーストリアに続け?

アゴラ 言論プラットフォーム

欧州連合(EU)委員会は昨年12月31日、27の加盟国に「天然ガスと原子力エネルギーを気候に優しいエネルギーとみなす」という分類法案を送付した。国内の電力の70%を原子力エネルギーで賄っているフランスは大喜びだが、EUの盟主ドイツをはじめオーストリア、ルクセンブルク、デンマーク、ポルトガルらの加盟国では強い反発を呼んでいる。

建設完了後、即博物館入りした「ツヴェンテンドルフ原発」の全景(ツヴェンテンドルフ原発のHPから)

以下、EUの「タクソノミー(グリーンな投資を促すEU独自の分類法規制)」に強く反対するドイツとオーストリア両国に絞り、その内情を少し振り返ってみた。ドイツは社会民主党(SPD)、環境保護政党「緑の党」、そしてリベラル政党「自由民主党」(FDP)の3連立政権だが、「緑の党」は今回の欧州委の草案に強く反対している。「緑の党」はEU本部のブリュッセルが12月31日に分類法案を加盟国に送付したやり方を「闇討ちだ」と非難。シュテフィ・レムケ環境相(緑の党)は、「脱原発は不可逆的だ。脱原発は計画通り進められる」と述べ、今回のブリュッセルの草案はドイツの脱原発に影響しないと強調している。ちなみに、同国では野党「左翼党」が同じように反発している。

一方、欧州のタクソノミーを歓迎しているのは極右「ドイツのための選択肢」(AfD)だ。イェルク・モイテン党首は、「これは反発できない事実の完全な正しい認識だ。CO2排出量の削減を真剣に取り組むのであれば、原子力発電を回避することはできない」と指摘、欧州委の草案を歓迎している。

ところで、肝心のショルツ首相(社会民主党=SPD)はこれまでのところEUタクソノミー論争には直接発言していない。リベラル政党「自由民主党」(FDP)も同様だ。FDPはメルケル前政権が決定した脱原発、脱石炭政策に大きな懸念を示してきた。輸出大国・ドイツにとって安定したエネルギー供給は死活問題だからだ。

もちろん、EUタクソノミーが全てドイツにとってマイナスではない。原子力エネルギーとともに天然ガスが「気候に優しいエネルギー」に分類されたことは少なくとも朗報だろう。ドイツはロシアとの間でロシアの天然ガスをバルト海底経由でドイツに運ぶ「ノルド・ストリーム2」の海底パイプライン建設を推進し、昨年秋に完成した。関係国の認定手続きが終われば、操業は開始される。

「ノルド・ストリーム2」計画によれば、全長約1200キロで、最大流動550億立法メートル、パイプラインはロシアのレニングラード州のヴィボルグを起点とし、終点はドイツのグライフスヴァルト。ドイツは全電力の3割をカバーできる。欧州委の今回の草案はそれゆえに追い風となる。ただし、欧米諸国からは、「ロシアの天然ガス供給に依存するエネルギー政策は安全保障の立場から危険だ」といった強い抵抗がある。

オーストリアは原子力発電所を建設し、完成したことがある。オーストリアのニーダーエスタライヒ州のドナウ河沿いの村、ツヴェンテンドルフで同国初の原子炉(沸騰水型)が建設された、同原子炉の操業開始段階になると、国民の間から反対の声が出てきたため、当時のクライスキー政権は1978年11月5日、国民投票の実施を決定した。同政権は国民投票を実施しても原子炉の操業支持派が勝つと信じていたが、約3万票の差で反対派(50.47%)が勝利したのだ。その結果、総工費約3億8000万ユーロを投資して完成した原子炉は博物館入りとなった。クライスキー首相はその直後辞任している。

この結果、“ツヴェンテンドルフの後遺症”と呼ばれる現象が出てきた。すなわち、原発問題をもはや冷静に議論することなく、オーストリアは反原発路線を「国是」としてこれまで突っ走ってきたのだ。アルプスの小国は「反原発法」を施行し、欧州の反原発運動の主要拠点となっていった。そして福島第一原発事故(2011年3月)が発生すると、同国のベルラコビッチ環境相(当時)は3月13日、欧州全域の原子力発電所の耐震性に関する「ストレステスト」を提案するなど、同国はここでも反原発運動の先頭に立った。

同国の電力は水力発電、天然ガスのほか、再生可能エネルギーだが、国内の全エネルギー需要をカバーできないので、隣国からエネルギーを輸入している。もう少し単刀直入にいえば、「反原発法」を施行するオーストリアは不足する電力を他国の原子力エネルギーを輸入することで賄っているわけだ。その国が今、ブリュッセルの「原発は気候に優しいエネルギー」という分類法に反発している。オーストリアの隣国チェコやハンガリーでは原発が操業中だ。

参考までに、オーストリアは「EURATOM」(欧州原子力共同体)の加盟国であり、ウィーンには核エネルギーの平和利用促進を目標とする国際原子力機関(IAEA)の本部がある。少々、グロテスクな状況ともいえる(「オーストリアの『反原発史』」2011年4月26日参考、「『ツヴェンテンドルフ原発』の40年」2018年11月7日参考)。

分類法条例について協議された昨年12月のEU首脳会談後、オーストリアのネハンマー首相は、「グリーンなエネルギーとして原発の取り込みをもはや防ぐことはできない」と原子力エネルギーのグリーン分類論争は既に決着がついていると冷静に受け取っている。同首相にとって、連立パートナー「緑の党」の動向が気になるところだろう。

なお、欧州「緑の党」の共同議長、オーストリアの欧州議員トーマス・ワイツ氏は、「原子力と化石ガスを持続可能なものとして分類するというEU委員会の計画に対し、法的措置を取るために欧州司法裁判所(ECJ)に訴えることを検討している」という。

EU27の加盟国のうち20カ国またはEU議会の過半数が欧州委員会の提案を拒否した場合にのみ、同分類法案を拒否できるが、それは非現実的なシナリオだ。今年上半期の議長国が欧州最大の原発操業国フランスである。この戦いは既にゲーム・オーバーだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年1月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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