IOCとFIFAが見逃した「人権問題」

アゴラ 言論プラットフォーム

新型コロナウイルスの感染が収まらないが、今年はスポーツの年だ。2021年シーズンのナショナル・フットボール・リーグ(NFL)のチャンピオンを決める第56回スーパーボウルが2月13日、米カルフォルニア州のイングルウッドで開催されるほか、それに先立ち2月4日から北京で第24回冬季五輪大会、11月21日にはカタールでサッカーのワールドカップ(W杯)が開催される。スポーツファンでなくても興奮するビッグイベントだが、4年に1度開催される北京の五輪大会と国際サッカー連盟(FIFA)W杯のカタール大会には「人権」問題が大きな影を投じている。

▲カタールのサッカー競技場アフメド・ビン=アリー・スタジアム(FIFA公式サイドから)

北京もカタールも開催地が決定した直後から、開催地として相応しいか否かで大きな問題となった。冬の積雪が平均5センチの北京で夏季五輪大会ではなく、冬の五輪大会が開催できるか、国内でサッカー・リーグすらないカタールで、それも灼熱の7、8月に試合ができるか、という問題だ。前者の場合、北京側は「アストリートは人工雪のほうが天然雪より好む」といった詭弁を弄し、後者の場合は、「気温が下がる11月開催」で関係国の同意を得た。

看過できない点は、開催誘致では当時から「大きな資金が北京とカタールから国際オリンピック委員会(IOC)とFIFA関係者に流れたのではないか」といったニュースが報じられた。

北京とカタールの開催で最大の障害はやはり「開催国の人権問題」だ。中国共産党政権下で多くの国民が人権を蹂躙され、迫害されてきた。特に、少数民族ウイグル人は厳しい同化政策を強いられ、強制収容所で拘束されている。米国は中国のウイグル人迫害を「ジェノサイド」と呼んでいる。チベット仏教徒、モンゴル人なども同様の厳しい監視下のもとでの生活を余儀なくされている。

ここにきて法輪功信者への迫害が再び激しくなってきた。海外中国メディア「大紀元」では家族が拘束されている法輪功信者の話が掲載されている。法輪功は気功集団だ。心身の健康の維持、促進のための修錬法だ。中国体育局の統計によれば、1990年代末には推計7000万人のメンバーがいた。法輪功メンバーが急増し、共産党員の数を凌ぐほどになってきたことを受け、江沢民国家主席(当時)は法輪功の組織的撲滅に乗りだした。法輪功の情報を伝える「明慧ネット」によると、昨年上半期だけでも少なくとも63人のメンバーが殺されている。中国当局は心身とも健康な若い法輪功メンバーを拘束し、生きたまま強制的に臓器を摘出していることは周知の事実だ。

最近では、中国共産党政治局常務委員会委員の1人だった張高麗前副首相と中国の女子テニスの世界チャンピオンとの不倫騒動が報じられ、その張本人の彭帥(ペン・シューアイ)さんがその後、行方不明となったことで、国際テニス界だけではなく、世界のメディアの関心を引いたばかりだ。

スイス下院の外交委員会メンバーを務めるファビアン・モリーナ下院議員(社会民主党)は、「誰もが中国の人権問題に対する懸念はそっちのけで試合を観戦している状況を想像して欲しい。人道に対する罪が問われている国で、今はお祭り騒ぎをしている場合ではない」と述べている。

次はカタールのサッカーW杯大会開催問題だ。開催地にカタールが決定した時、同国にはサッカーが社会に定着していないこと、気候がスポーツ競技には過酷すぎるといった2点が指摘され、開催地を再選すべきだという声が欧州のサッカー国から出てきた。2010年12月の開催地決定では、米国、韓国、日本、オーストラリアも立候補していたが、カタールが最後に選出された。

その後、英日刊紙ガーディアンは2013年9月、カタールでネパール出身の労働者が搾取されていると報じ、「 2013年6月4日から8月8日までの間に44人の外国人労働者が死亡し、その半数は建設現場の過酷な労働条件に起因する心不全または労働災害による」と指摘し、国際社会はショックを受けた。多くの労働者は50度の灼熱下で休憩もなく長時間働かされるなど、過酷な労働条件が死の原因となったという。

ガーディアン紙が昨年2月に報じたところによると、22年のサッカーW杯の開催場所が決定されて以来、カタールでは2020年秋までにインド、バングラデシュ、ネパール、パキスタン、スリランカから少なくとも6751人の移民労働者が亡くなったという。

国際社会からの批判を受け、カタール当局は外国人労働者の待遇の改善に乗り出し、国際労働機関(ILO)と合意、労働環境の改善を開始する一方、開催時期を11月に延期することでFIFAと折り合いをつけた。カタールのW杯主催では、「カタールはイスラム教過激派のテロを支援している」といった批判の声が聞かれた。

カタールは外国人労働者の待遇問題で国際的な批判を受け、改善に動かざるを得なくなった一方、中国共産党政権は、雪不足を「人工雪のほうがいい」といったフェイクニュースを流し、人権問題への批判に対して「内政問題に干渉するな」と強弁している。同時に、IOCとFIFAはスポーツの祭典をビジネスの商談のごとく扱い、開催地の「人権問題」を黙認することで、その信頼を大きく傷つけている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年1月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

タイトルとURLをコピーしました