円の弱体化を憂う朝日新聞に疑問 – 非国民通信

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 彼を知り己を知れば百戦殆からず──とは、孫子の言葉として有名です。まぁ当たり前と言えば当たり前のことではあるのですけれど、それだけに現代でも他分野においても当てはまることではないでしょうか。何事も、正しい現状認識があってこそ成功に繋がるもの、逆に現状認識が誤っている限り遠からず失敗が待ち受けています。

日本円の力、半世紀前の水準まで弱体化 急激な円安で暮らしに影響も(朝日新聞)

 ほかの国の通貨に比べ、日本円はモノを買う力が強いのか弱いのか。そんな通貨の購買力を示す国際指標で、日本円が約50年前の水準まで下がっていることが分かった。この1年で急激に円安が進んだのも一因だ。その分、輸入に頼る原油や食材などが値上がりするなど、暮らしへの影響も広がり始めている。

 この指標は、国際決済銀行(BIS)が毎月公表しており、「実質実効為替レート」と呼ばれる。約60カ国・地域の通貨を比較し、各国の物価水準なども考慮して総合的な通貨の実力を示す。数値が低いほど、海外からモノを買う際の割高感が高まる。円安が進むと、海外旅行で何かと割高に感じるのと同じだ。

 この指標をみると、日本円は昨年5月に80以上だったが、海外でコロナ後の景気回復への期待が先行して円安基調となり、下落傾向が続いた。今年10月に70を割り込み、11月に67・79まで下落。これは同様に円安が進んだ2015年6月以来の水準で、1972年8月と同じ値だ。過去最高だったのは、一時1ドル=79円台まで円高が進んだ95年4月で150・85だったので、その当時と比べ、大幅に海外のモノが高く感じる状態になっている。

 朝日新聞ですので近年の円安が否定的に語られているわけですが、いかがなものでしょう。確かに円高であれば他国からモノを買うのに有利である一方、円安になると逆です。勿論、他国にモノを売る場合であれば反対になりますので一概にどちらが日本社会全体にとって好ましいとは言い切れないのですけれど、取り敢えず今の「円の価値」こそ実態を適切に表していると、私は思います。

 円の価値が過去最大であったのは1995年4月とのこと、当時であればまだ日本が世界経済のトップランナーの一員でしたので、この評価は妥当です。しかしその後の凋落を思えば円の価値が暴落しない方がおかしい、実体経済がこれだけ低迷しているのに円の価値が高止まりするとあらば、むしろ何かが間違っていると疑問を持たなければならないでしょう。

 改革の旗の下、日本経済は成長とは逆方向にアクセルを踏み込んでいくようになりました。その「成果」が国民の生活に襲いかかるようになってようやく有権者も危機意識を持ったのか、一度は自民党が政権を追われることにもなったわけです。しかるに民主党政権が構造改革路線からの転換を図ったかと言えば、むしろ再スタートになっていたのは何故か、そこには当時の為替レートも一枚噛んでいたように思います。

 民主党政権時代は1ドル=75円という空前の為替レートを記録するなど異常な円高の時代でした。この結果、相対的に円の価値は著しく高まりましたが、これが実態を適切に反映したものかは甚だ疑問です。諸外国が自国の通貨安を誘導する中、日銀白川体制が断固として無策を貫き日本だけが何もしなかった結果、実態からかけ離れた異常な為替レートが出来上がってしまったと言えますが、では何故当時の政権も日銀同様に放置を決め込んだのでしょうか。

 円高とデフレを放置することで、実質賃金という虚妄の指数は改善されます。円高で外国のものが安く買える、デフレでの国内のサービスが安く手に入る──名目賃金を引き上げることが出来ない政権にとって、この上なく都合の良い世情であったのでしょう。もっとも、円高とデフレに甘えた実質賃金の上昇が永遠に続くはずもないのですが。

 再びの政権交代後、日本の金融政策も諸外国と歩調を合わせるようになり極端な円高は是正されました。ただ財政出動は安倍政権発足直後に止まり、その後は緊縮財政へと逆戻り、消費の低迷が成長を阻害していると正しく理解していたにも関わらず消費への課税を強化するなど、180°必要であった転換は、せいぜい30°程度に止まっていると言えます。

 結局は低成長が続き、日本円の購買力も50年前の水準まで低下するに至ったわけですが、それはもう受け入れるしかないでしょう。これが日本の現状なのですから。デフレと円高の結果でしかないものを実質賃金の上昇と言い繕っていた時代に比べれば、むしろ己を知ることが出来る今の為替レートの方が、まだしも未来に希望はあります。