泌尿器科って行ったことない人結構いるんじゃないだろうか。外科や内科と違って、ストライクゾーンが狭いし、ひょっとしたら一生お世話にならない人もいるかもしれない。私(中澤)もこれまで縁がなかったわけだが、先日初めて泌尿器科に行かなければならない事態となった。
これが39歳か。雑居ビルのエレベーターの中でそんな気持ちを噛み締める。クリニックに向かって1つ1つ昇っていく階層。この時はまだ想像すらしていなかった。扉の先にあんな世界が待っているなんて……。
・言うてクリニックだし
そもそも、このクリニックを選んだ理由は、近所の泌尿器科をGoogleで調べたところ1番評価が高いところが休みだったから、やっているところに行ったにすぎない。まあ、評価も見やすい今の時代だ。著しく低い評価の医院でない限り、どこに行ってもそんなに変わらないだろう。
またイメージが大事な時代だ。泌尿器科と言えど、内装は眼科みたいなものだろう。いや、むしろシモの問題ゆえに、余計に清潔感を主張したデザインになっている可能性も高い。なにせ世は令和である。
・バイオハザードかよ
だが、エレベーターの扉が開いた瞬間、私は不穏さが湧きあがってくるのを感じた。エレベーターホールの前にはすぐにガラスの扉があり、医院の中が見えるのだが受付に人はいない。奥に向かって短い廊下が伸びていて、左右に待合室や診察室のような部屋が見えるが、そこにも人の気配はない。
さらには、最奥の部屋は電気が消えており窓もないので廊下の奥は暗闇だ。そもそもなんか全体的に薄暗い。文字通り、影が差すような気持ちで入口のガラス扉を開けると、「ギィィィ~~~」と鳴き声のような音がした。人はまだ出てこない。
中に入って受付スペースをよく見てみると、ガラス窓の向こうは紙書類が雑多に置かれていて書斎みたいになっている。その机に呼びだしベルが設置されていたのだが、よくある押したら「チーン」と鳴るベルではなく、プラスチックのおもちゃみたいだ。しかも、テープで補強されている。
この時点で引き返そうか迷ったが、また泌尿器科を探しなおすのも面倒くさい。そこで呼びだしベルを押したところ「ピープーピープー」と電子音が発された。しかし、人が出てくる気配はない。
・世界、滅亡したの?
しばらく鳴り響いた後、休憩みたいな間が入り、また鳴りだす電子音。相変わらず人が出てくる気配はないので、こちらとしては「もう分かったよ」って気持ちなんだけど全然止まらない。もう1回ボタンを押してみても止まらない。そして人も全然出てこない。
静寂の中に響き渡る電子音がひたすら怖い。何コレ? 私がここにいる間に世界滅亡したの? 終末世界の泌尿器科なの?
・光が漏れる部屋
いてもたってもいられなくなり、受付から奥の部屋を覗きこんでみることにした。電気の消えた部屋から廊下を挟んで向かいの部屋は電気がついている。思いっきり壁に寄れば、受付からでも電気のついた部屋の中が少し見えそうなのだ。
こういうのはマナー違反のようにも思うが現状ではこうするしかない。人がいないことを確認できれば私も帰れるのである。っていうか、もう帰らせてくれ。と、その時、斜め30度の隙間に衝撃的な光景が広がっていた。
……いる。
白衣を着た総白髪の老人が1人椅子に座っていたのだ。横顔を見るにかなり歳のようだが、確実にいる……!! 診察とかしてるわけではなくぼんやり座っていた。もちろん、電子音はリアルタイムで鳴り続けている。何コレ怖い。
・声をかけてみた
「すみませーん……」おそるおそる声をかけてみたが反応はない。しかし、目は開いている。「すみませーん!」近づいてちょっと大きめの声でハッキリ呼びかけてみたところ、「え? あっ……!」とやっと顔を上げた。ほっ。生きてた。
「あー……どうしたんですか?」とヨボヨボ部屋を出てくる老人医師。あの電子音も聞こえてなかったようだし、声を聞くと80歳から90歳くらいいってそうなしわがれ方だ。大友克洋が描いたらウマそうである。仮にタカシ先生と呼ぼう。
・診察
症状を話したところ「ちょっと診てみましょうね」と奥の部屋の電気をつけるタカシ先生。どうやら診察室なようだが、6畳くらいの部屋にベッドがあるだけの保健室みたいな部屋だった。ベッドに座ると「じゃあ、見せてください」とタカシ先生。
見せるって何を? もちろんナニを。アイコンタクトでそんなやり取りをタカシ先生と交わした私はズボンに手をかけた。狭い部屋で2人きりで老人にナニ見せるって、冷静に考えたらなんだこの状況!? せめて看護師さんとかいてもう少し医療現場感があったら気持ちを切り替えられるというのに。
いや、看護師さんがいたらいたで恥ずかしいけどさ。もう出すしかねえなコレ。諦めてペロンと見せると、色んな角度からマジマジと観察するタカシ先生。ホントなんだろうこの状況。
・衝撃
で、検尿をして診察は終了。処方された抗生物質と塗り薬を塗っていると1週間くらいで良くなった。色々と思ってたのと違ったが、どうやらタカシ先生の腕は確かだったようである。
それにしても診察に行くまでの終末感は想像を絶していた。泌尿器科って凄い……。経験した者が、まるで戦場を越えた戦士のように、ひと回り成長して見えるのはそのためかもしれない。と、泌尿器科経験者の友達M君に今回の出来事を話したところ衝撃的な答えが返ってきた。
M君「いや、それは特殊な例だろ……」
完!!
執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.