人を軸とした採用CXを実現するための「5つのステップ」–残念なタッチポイント設計とは?

CNET Japan

 この連載「元Googleの人事が解説–どんな企業でも実践できる『新卒採用』の極意」では、グーグルで新卒採用を担当していた筆者が、企業がそれぞれの採用プロセスにおいて、どのように自社にあった「才能」を獲得・育成していけばいいのかを具体案を交えてご紹介していきます。

「心地よい採用体験」を提供するだけでは不十分

 前回は「採用CX=採用プロセスにおけるCandidate Experience」という考え方をご紹介し、採用CXを重視すべき理由や、企業のパーパスとの関係性、実現のために意識すべきことなどについて考察しました。

 SNSや口コミサイトなどの登場により採用活動の透明化が進んだことで、「採用活動の評判」は、企業の採用ブランドにすら影響を与えるようになりました。だからこそ、候補者にとって有意義な採用体験を、候補者の目線に立って構築し、「ファンになってもらう」という意識が重要です。

 ただ、同じCXでも「顧客体験= Customer Experience」とは、候補者との関係の作り方が大きく異なることを強調しました。候補者は「合格後は社員として一緒に働く仲間となる人物」であり、採用活動はある意味「互いの覚悟を決める」フェーズでもあります。だからこそ、自己開示を丁寧に行い、仕事の面白みも難しさも理解してもらった上で、互いの手を取り合えるような関係づくりが肝要です。

 心地よい採用体験を提供することだけに終始しては、候補者には見栄えの良い部分しか伝わりません。そのままに入社してしまっては、期待値ギャップによって早期離職に至るなど、不幸な結末につながってしまいます。

 では、効果的な採用CXを設計したり、見直しを行う際は、どのような観点を意識したらよいのでしょうか。今回も、引き続き「採用CX」をテーマとしつつ、私が実際に設計した採用CXの一例や、実践的な活用事例など、より具体的な内容に踏み込んで、ご紹介させていただきます。

「自社を選んでもらうまでのストーリー」を設計する

 ​​まず初めに強調したいのが、「採用はマーケティングである」という点です。採用マーケティングという言葉も一般的になりましたが、人材獲得競争が激化する中で、より効果的な採用活動にはマーケティングの概念が欠かせません。たとえば、候補者が企業を認知するところから入社するまでの要所を明確化したり(キャンディデートジャーニー)、応募者の流入チャネルごとに行動データを蓄積・分析したり、採用プロセスを段階別に分類してコミュニケーションを最適化したりという手法は、すべてマーケティングの思想から応用されているものです。

 そして実際の採用プロセスにおいても、経営戦略に基づいて採用ターゲットを定めるところから、「どこで出会えるのか」「何を提供したら関心を持ってもらえるのか」、そして「どうすれば自社に心を決めてくれるのか」というふうに考えを巡らし、候補者の目線に立って適切な施策を打つ必要があります。

 この「自社を選んでもらうまでのストーリー」そのものが採用CXの意味するところだとご理解ください。

 前回も簡単に触れましたが、採用CXの目的は「企業と学生が触れ合うタッチポイントでの体験を演出し、学生の満足度や企業へのエンゲージを高めること」であると考えます。企業と学生の接点は無数にあります。それら1つひとつでの体験に意図を込めて「演出」すること。それらが積み重なることで、満足度や企業への想いが高まって「ファンになる」こと。これが採用CXの最終的なゴールです。

「80の採用タッチポイント」を5つのフェーズと3つの観点で捉える

 ただ、この「タッチポイント」というものがなかなか厄介で、本当に数が多いです。

 私も自社の採用プロセスを思い浮かべながら書き出してみたところ、インタビュー記事、コーポレートページ、スカウトメール、面接前の挨拶、内定通知など、80を超える多様なタッチポイントがありました。中には、150項目を超えるタッチポイントをリストアップして、公開されているような企業さんもあります。

 さすがにこれら全てのタッチポイントで体験を作り込むというのは手間がかかりますが、実際はそこまでの作り込みがなくとも効果はあります。まずは認知、応募、選考、内定、入社といった大きなフェーズで捉えて、「そのタッチポイントで候補者が持っている印象・感想・疑問は何か」「タッチポイントを経てどんなふうに変わってもらいたいのか」「そのためにはどんな体験が必要なのか」という3つの観点を整理すると設計を進めやすいでしょう。

残念なタッチポイント設計の例

 採用CXの最終的なゴールと、タッチポイントごとの体験設計が重要なことはご理解いただけたかと思います。それでは、タッチポイントそれぞれでいったいどんな体験を設計すればいいのでしょうか。私が実践していた例も踏まえて、私なりの考えをご紹介いたします。

 かなりの数が存在しているとお話ししたタッチポイントですが、これら1つひとつを「点」で捉え、その瞬間だけの体験を提供しても、候補者にとっては「ただなんとなくの印象」で終わってしまいます。ましてや、タッチポイントごとにバラバラなメッセージを渡されてしまっては、混乱するばかりです。

 たとえば、会社説明会で「事業の強み」について特に強調して伝えたとします。当然ですが、そこに参加した学生は事業が理由で応募意欲を高められているわけなので、「もっと具体的に事業の強みを理解したい」と期待していることでしょう。ですが、その後に続く企画が「働きやすさを伝えるための社員交流会」だとすると、ストーリーがつながりません。この場合、おそらく事業の強みを体感してもらえるようなワークショップや、インターンシップのほうがより強く魅力を訴求できる企画と言えるでしょう。「働きやすさ」ももちろん伝えるべき企業の魅力ですが、大切なのはその魅力要素が上手く伝わるための流れを作り出すことなのです。

 候補者がファンになってしまうほどの強い印象を残すには、タッチポイント同士をつなぐ「一本のストーリー」を候補者が体感できることが大切です。少し抽象的な表現になりましたが、要は候補者が採用プロセスを通じて一貫したメッセージを感じ、そこへの共感や納得が生まれることでこそ、ファンになってくれるということです。

まずは「採用における4P分析」から始めよう

 採用ストーリーの軸には、ターゲットを惹きつける企業の魅力や強み、特徴を据えるべきですが、それこそ企業によって千差万別です。たとえば、企業の魅力要素を整理するフレームワークとして、「採用における4P分析」はとても扱いやすいです。

 これら4つの領域ごとに自社の魅力要素を整理すれば、競合と比較することで、特に強調して推すべき領域を明確にすることができます。選考に関わる社員たちにも共有すれば、全員が自社の魅力を同じ目線・同じ言葉遣いで伝えられるようになるので、説得力も増すでしょう。

 中でも、「People」の魅力については、どの会社でも表現しやすい部分であり、重要な領域です。採用プロセスで得られるさまざまな時間や体験は、ほとんどが社員や人事を介して演出されているはずです。リクルーターとの電話、イベントでの司会、面接官との会話などです。だからこそ、この「人・カルチャー」の魅力をしっかり整理し、どうその魅力を表現するか検討すること。そして、何よりそれら魅力を体現する人間を採用プロセスに配置することが大切です。

「人を通して候補者を惹きつけるストーリー」を5ステップで表現

 この考えを前提に、私がこれまで実践してきた「人を通して候補者を惹きつけるストーリー」を、5ステップで表現したものがこちらです。

 私の場合、人材やカルチャーを魅力的だと感じてもらうには、「その人と一緒に働き、その環境で成長している姿をイメージさせる」ことが近道だと考えています。そこで、この5ステップが目指しているのは、候補者にとって社員が「徹底的に寄り添い、将来ビジョンの実現に向けて一緒に走るパートナーと認識される」ことです。

 結局のところ候補者は、その会社でのキャリアや未来がポジティブにイメージできなければ、どんなに事業が魅力的でも選んではくれません。とはいえ、押し付けがましく説得されても、納得はできないものです。どのような人と、どのような仕事に取り組み、どんな成長ができるのか、候補者はそれを自ら解釈したいのです。

 「就職活動中の今」だけではなく「将来」も含めて、社会人の先輩が本気で寄り添い、具体化を手助けしてあげることが、特に学生であればどれだけの助けになるか。それを全力で応援することで、人・カルチャー魅力を伝えるためのステップがこちらになります。

 特に昨今では、コロナ禍で周囲との断絶に悩む学生はたいへん多く、リクルーターやメンターの果たす役割は特に大きくなっています。「People」の魅力整理と活用は、まず最初に取り組むべき採用CXの施策になると思います。

「People」の魅力整理はどの企業を取り組むべき最重要領域

 先述した通り、会社ごとにストーリーの軸となる魅力要素は多様ですし、この5ステップもあくまで私の考えで実践した1つの例です。たとえば、事業に圧倒的な優位性がある会社であれば、その事業の面白さを具体的に体験できるインターンシップなどを中心に採用CXをデザインするなど、さまざまに工夫できるでしょう。

 ただ繰り返しになりますが、どんな戦略を取る場合でも、結局CXを提供するのは「人」になりますから、やはり「People」の領域の魅力整理、そしてそれに根ざしたこちらの5ステップは、どのような企業でもまず取り組むべき効果的な領域であると感じます。

 より具体的な採用CXの活用事例は、続く第7回で詳しくご紹介させていただきます。次回は、具体的にいくつかのタッチポイントを取り上げて、採用CXを意識した実践的な事例を解説します。

草深 生馬(くさぶか・いくま)

株式会社RECCOO COO兼CHRO

1988年長野県生まれ。2011年に国際基督教大学教養学部を卒業し、IBM Japanへ新卒で入社。人事部にて部門担当人事(HRBP)と新卒採用を経験。超巨大企業ならではのシステマチックな制度設計や運用、人財管理、そして新卒採用のいろはを学んだのち、より深く「組織を作る採用」に関わるべく、IBMに比べてまだ小規模だったGoogle Japanへ2014年に転職。採用企画チームへ参画し、国内新卒採用プログラムの責任者、MBA採用プログラムのアジア太平洋地域責任者などを務めるかたわら、Googleの人事制度について社内研究プロジェクトを発起し、クライアントへの人事制度のアドバイザリーやプレゼンテーションを実施。

2020年5月より、株式会社RECCOOのCOO兼CHROに着任。「才能を適所に届ける採用」と「リーダーの育成」を通して日本を強くすることをミッションに掲げる。現在は経営層の1人として自社事業の伸長に取り組みつつ、企業の中期経営計画を達成するための「採用・組織戦略」についてのアドバイザリーやコンサルテーションをクライアントへ提供している。

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