村民も歓迎するドローン配送「小菅モデル」の価値–セイノーとエアロネクストが挑む新物流

CNET Japan

 山梨県小菅村で4月末に始まったドローン配送サービスが、11月1日から有償サービスとしてローンチした。これは、物流大手でラストワンマイルの課題解決に向けたサービスを手がけるセイノーホールディングスと、ドローンスタートアップでドローン活用も含めたデリバリ市場の拡大を図るエアロネクストが、協働して構築している「SkyHub(スカイハブ)」の一環だ。

 小菅村におけるドローン配送の実態、過疎地域における新しい物流のしくみであるSkyHubの全容に迫った。

小菅村を壮大な社会実験の場に

 山梨県小菅村は、東京から約2時間のところにある、人口約700人の限界集落だ。

 過疎化、高齢化が進んだ村内に、いまや商店はたったの一つ。おむつ、離乳食、子供用のお菓子やアイスクリームなどは売っていない。村民は、週末に片道約40分かけて隣の大月市や都留市にあるスーパーまで、食料品や日用品の買い出しに行くのが日常だという。

 しかし、食パンなどの日持ちしないものは、毎日子どもが食べたいと言っても我慢を強いることになる。週末の買い出し前に、生鮮食品や野菜などの食材が切れてしまうことも悩みの種だ。

 また、車を持たない高齢者などは、村内を回る移動販売車を利用するが、品揃えが限られるうえに、お肉などは冷凍でやや割高。あとの頼みの綱は、週に一度の生協だ。


小菅村の課題

 少子高齢化、買い物難民、医療難民の課題が浮き彫りになっていた小菅村で、セイノーとエアロネクストは4月、ドローン配送を含む新しい物流のしくみとなるSkyHubの構築に乗り出した。

 小菅村を舞台に壮大な社会実験を行うことで、小菅村が抱える課題解決はもちろん、同時にセイノーが取り組む次世代の物流のあり方の模索、エアロネクストが取り組むドローン配送の社会実装の加速を狙った。

 セイノーとエアロネクストの目下の目標は、「小菅モデル」の構築。そして次に、小菅モデルを日本全国に817ある過疎地域に展開することで、日本の地域社会のQuality of Life(QOL)を向上することだ。まずはこの半年間、SkyHubをプロダクトマーケットフィットでリリースし、ユーザーの反響からサービスとしての磨き込みを続けてきた。

SkyHub、当初の狙いと進捗

 SkyHub構想中、狙ったポイントは二つだった。一つは、積載量が少なく赤字路線となっている小菅村への物流を「共同配送」に切り替えていくことで、物流の効率化を図ること。もう一つは、小菅村に届く荷物を集約して仕分けする“一時預かり所”とドローン配送の出発地点を兼ねる「ドローンデポ」を設立して、村内個宅配送の効率化を図ることだ。

 ドローン配送は、あくまでも村内配送の一つの手段という位置付け。ドローンデポと対になる、ドローン配送の着陸地点「ドローンスタンド」を村内に八つある集落に1カ所ずつ設置して、ドローン配送の定期運航確立を目指した。

 とはいえ、SkyHub構想において、ドローン配送は必要不可欠な要素だったという。ドローンという新しい配送手段を物流システムにインストールするからこそ、ドローンデポという新たな“荷物のハブ”の必要性が成立するというのだ。


「ドローンデポ 小菅村 橋立」

 二つの狙いについての進捗はこうだ。まず、物流各社との調整を続けているという共同配送では、10月末には先んじて「貨客混載」の実証実験を実施した。小菅村へ定期バスを運行する富士急バスの、利用客減で空いたままのスペースに、荷物を載せて運ぶことになったのだ。セイノー系列の物流会社をはじめ、各社の荷物がここに載れば、過疎地域への物流効率化は一歩進む。

 ドローンデポは、小菅村の協力もあって、以前は商店だった建物を活用して設立した。ドローンデポからの村内配送は、人間が運転するトラックでの個宅配送と、自動飛行ドローンによるドローンスタンドへの置き配という二つの手段を用意。ドローン配送ルートも、11月には五つまで拡大した。年内には8集落8ルート開設を目指す。2022年の航空法改正後にはさらなるルート拡大も見据えており、配送の省人化や“受け取りやすさ”向上の基盤を着々と整えつつある。


ドローンデポすぐ近くの離陸地点からドローンが飛び立つところ

「買い物代行」ニーズの高さ

 SkyHub構想中に村民の話を聞いて、SkyHubリリース当初からドローンデポの機能として追加されたのが、買い物代行サービスだ。セイノーはもともと買い物弱者対策として、ココネットという子会社を設立し、同じ地域に住むスタッフが域内で買い物や配送を代行するサービスを、全国で展開してきた。

 小菅村では、村内に商店が一つしかないため域外へ買い出しにいくレアケースにはなるが、ドローンデポにはココネットの「ハーティスト」と呼ばれるスタッフが常駐しており、月曜から土曜は毎日、電話や「LINE」で注文を受け、都留市のスーパーで買い物を代行して、即日トラックで届けるサービスを提供中だ。近隣の大学生がアルバイトで、ハーティストとして稼働するなど、地域の人材活用も進みつつある。


ドローンデポの入り口には、ハーティストからの手書きメッセージがある

 ドローンデポを核としたSkyHubという座組みの中に、買い物代行サービスがあるというのは、ビジネス開発において非常に有用な印象だ。まず、ユーザーの属性情報や買い物履歴のデータが集まる。買い物代行が広がるほど村内の購買ニーズは可視化され、村内における店舗や商品を再度拡充する戦略立案に役立つだろう。

 また、商品のお届けを繰り返すことで、村民と心の通うコミュニケーションを図ることができる。ハーティストの一人は、「今日は注文がなかったけど、体調が悪いのではないか、と心配になることもある」と語る。1人や2人暮らしの高齢世帯が多い過疎地域において、買い物代行が見守りを兼ねる可能性がある。人が運ぶ温かさと、ドローンが運ぶ効率性、新しい物流のしくみにはこの両輪が必要なのかもしれない。

ドローン配送「ビジネス開発」を重視

 さて、ドローン配送についても、舞台裏をお伝えしたい。ドローン配送は、4月末の開始当初から「定期運航」にこだわってきた。「顧客が不在のまま、いくらドローン配送の実証実験を繰り返しても技術検証の域を超えず、ビジネス開発につながらない。運ぶ荷物が溢れている状態で、不特定多数の荷物を、不特定多数の顧客に、ドローンが配送することがスタートライン。かつ陸送と組み合わせて、配送の確実性を担保することが不可欠」(エアロネクスト代表取締役CEO 田路圭輔氏)と考えたためだ。

 しかし、ドローン配送は、まだまだ未知のサービス。当初は、特定の村民にモデル家族として協力を仰ぎ、ドローン配送を定期的に利用してもらったという。


ドローン配送で荷物を受け取ったモデル家族

 定期運航の頻度は、週2日を堅持した。本当は毎日飛行させたかったが、安全運航管理のため信頼できるパイロットの確保に苦心したという。11時から、11時半からと、30分単位でドローン配送の時間枠を用意して、ユーザーがLINEで時間枠と商品を注文できる体制を整えた。商品は、ランチのお弁当、バナナなど、個別のリクエストに応える形で、買い物代行スタッフらが手配した。

 定期運航するなかで、どんな商品にドローン配送のニーズがあるのか、箱の形は、注文方法は、そもそもドローンが飛ぶことへの理解はどうしたら得られるのか、さまざまな反響を得ていったという。リピート商品が見えてきた2021年6月からは、人気商品をドローン配送専用パッケージにして、ドローンデポでのストックを始めた。


2021年夏に提供した「ドローン配送専用パッケージ」

 一番人気は、季節要因もあってかアイスクリームセット。これまで村内では買えなかったアイスを、LINEで注文すればドローンがすぐに運んでくれるリッチ感がウケた。アルコールは同じ人が注文するなど、利用傾向も見えてきたという。

 「ドローン配送ならではの利点は、いますぐ欲しいを叶えられる即時性。これを追求することでビジネスになる」という気づきは、「小菅モデル」確立の一つのターニングポイントになったようだ。

 また、箱の規格は、80サイズ(320mm×260mm×200mm)、5kgという、物流で最も使用されるタイプに落ち着き、エアロネクストが開発する機体へのインテグレーションも並行して進めた。途中、ふたを完全に取り外して荷物を格納する仕様から開閉タイプへと、ハードも改良した。また、荷物を搭載時も未搭載時も、重心を一定に保つというエアロネクスト独自の技術「4D GRAVITY」も採用している。


従来(左)と現在の仕様

 なるほどと思うのは、ドローンが飛ぶこと自体がプロモーションになったという点だ。「ドローン配送を体験してみたい」と、自然と利用者が増えていったという。また、村内にある広瀬屋旅館ご主人たっての希望で、旅館の屋上への定期ルートを開設するという、面白い事例も生まれた。


広瀬屋旅館の屋上でドローン配送の荷物を受け取ったところ

「小菅モデル」の本質的な価値とは

 いま、「小菅モデル」は形になりつつある。主な事業内容は、共同配送や貨客混載での村への物流効率化、買い物代行サービスとドローン配送サービスの村民への提供だが、もう一つ注視すべきポイントがある。11月1日、ドローンデポに300商品を常時在庫するSkyHubストアをオープンしたのだ。要は、ドローンデポが“荷物のハブ”だけではなく、デリバリー専門のコンビニとしてダークストア化した。

 ユーザーが、普通にネットで買い物するように、SkyHubストアアプリで商品を注文すると、当日でも指定した時間帯に、トラック(人間)かドローン(ロボット)が届けてくれる。商品ラインアップは、パンやソーセージ、炭酸飲料、ポテトチップス、ハンドソープやトイレットペーパーなど、“いますぐちょっと買い足し”ニーズにバッチリ応えている。


SkyHubアプリのトップ画面(左)と、SkyHubアプリの商品ラインナップ

 買い物代行サービスは、11月から1配送あたりの配送料300円、商品代金の10%を手数料とした。また、ドローン配送サービスは1配送あたり配送料300円とした。サービスの有償化は業界でも注目を集め、「小菅モデルはサービス有償化でもマネタイズできないのではないか」とのコメントもネットで見られたのだが、おそらく本質はそこではない。

 「小菅モデル」の本質的な価値とは、共同配送で小菅村に運ばれた荷物、買い物代行の荷物と、SkyHubストアで注文された荷物が、ドローンデポに集約されているがために、配送先が同じであれば混載して宅配できるという、新たなビジネスモデルが見えてきたことだ。そして、ドローンという新しい配送手段を伴わなければ、小菅モデル確立に至らなかったという点である。

 今後も、買い物方法、受け取り方法のバリエーションが豊富になることで、村民は毎週末の買い出しタスクから緩やかに解放され、日々の買い物の利便性は高まるのではないだろうか。こうしてラストワンマイルの配送が“太る”ことで、ドローン配送ビジネスを含むデリバリ市場そのものが拡大していく道筋が立つというわけだ。

新しい物流のしくみ「SkyHub」の展望

 とはいえマネタイズは気になる。これは、まだまだ先のことになりそうだ。というのも、小菅村の人口は約700人。スモールスタートでプロダクトマーケットフィットするには最適だが、逆にいえばスケールには限界がある。

 特にドローン配送は、プロパイロットが現地に赴いてオペレーションする必要があるため収支を合わせづらく、2022年の航空法改正に則ったルート拡大、機体の量産化によるコストダウン、一般人が運用できるオペレーションの構築、複数機体の遠隔管理技術の確立など、さまざまな条件が求められるという。

 それでも小菅村でいま、取り組みを継続する意義がある。その一つは、技術とサービスの両方を同時に磨くことで、ほかの地域へ展開しやすくなることだ。両社は10月、北海道の上士幌町という人口約5000人の街で、実証実験を開始。また11月には、福井県の敦賀市という人口約6万6000人の街と、連携協定を締結した。

 両エリアとも、市街地と周辺部の過疎地域という二重構造を持つとのことで、小菅モデルをベースに、それぞれの地域が抱える課題やニーズを掘り起こして、SkyHubの事業内容拡充を図り、ビジネスチャンスをうかがう構えだ。ちなみに、セイノー執行役員でラストワンマイル推進チーム担当の河合秀治氏と、エアロネクストの田路氏は、セイノーで代表取締役社長を務める田口義隆氏から「日本全国817の過疎地へのSkyHub展開、ぜひ両社で協働してやり切ってほしい」という旨の激励を受けているそうだ。

 11月1日、小菅村でサービスを有償化したとき、村民からは「無償では申し訳なくて注文を控えていた」「継続して欲しいので、ちゃんと料金設定して欲しいと思っていた」と、歓迎の声が相次いだという。新たな技術を社会に実装するとき、最も重要でかつ難易度の高い「社会受容性」が、小菅村では獲得できつつある。両社が小菅村におけるSkyHub構築を継続するいちばんの意義は、村の人たちと協働して、この社会受容性を日本津々浦々まで広めていくことなのかもしれない。

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