本が売れない対策、再販価格維持制度の見直しを

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私は書籍の販売業を海外でやっています。個人的には年間50冊程度の書籍を読んでいます。読者として思うことは書籍の内容の出来不出来の差が大きいことです。要するに「つまんない」書籍で読後感ほとんどなし、というものが一定数存在します。私はそれでも作者に敬意を払い、必ず完読するようにしているのですが、一般の方が手にしたら「読めないだろうなぁ」と思う書籍は数多いものです。では、無数に並ぶ書籍からどれが自分にフィットしているのか見つけ出すのは至難の業であります。

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私どもはバンクーバーの中央図書館に年間1000冊程度は納入しています。新刊であることなどさまざまな条件が付くのですが、各ジャンルで拾っていくと売れ線の書籍はほぼ網羅していると思います。つまり、バンクーバーで日本の新しい売れ線図書はかなりゲットできるということです。それでも図書館から見せてもらう貸し出し状況のデータを見ると結構まちまちで一度も借り手が現れない図書もそれなりにあります。いまだに根強い人気を誇るのが東野圭吾氏の作品というのも不思議な気もします。

私が読んでいて苦しくなるのが最近の女流作家の小説。基本的に暗く、幸せをつかみ損ねたような話とか平凡すぎてなぜ、これが小説ネタになるのかわからない作品を散見します。多分ですが、作家の年齢層とバブル崩壊後の社会的背景がそのような作風にさせるのでしょう。ざっくり言って山崎豊子のような昭和の豪快な作風に慣れた私にとってかなりテイストが違います。また、一部の作家さんはある分野に非常に深い知識をちりばめた作品を発表しているのですが、逆にへぇという発見など作品のテクニック論が読感を上回るようになり、あれれ、これ、何を言いたかったのかな、とあとでわからなくなることもあります。

そんな書籍にはご存じの通り定価なるものが存在します。これが許される商品は原則、書籍、雑誌、新聞、音楽ソフトの4つだけです。再販売価格維持制度という法律により守られているわけです。理由は文化的資産の維持であります。ある説明によると東京と沖縄で書籍を販売するのに輸送費の差が出て販売価格が違うことで文化的資産を等しく得ることができないといった例が上がっています。

ご承知の通り、今はネット通販でモノをゲットする時代です。アマゾンの祖業はネット書店でした。今はeBookも非常に多く、選択することが可能です。eBookも紙の本も価格はほぼ同じであることからそもそも輸送費や文化を均等に得る権利を今更いう意味はほとんど皆無であります。音楽ソフトは特にその典型で今やCDを求める人はかなりのオタクでしょう。

実は出版業界ほど立ち遅れた業種はありません。しかし、それはこの法律に中途半端に守られたことで売り手の論理が主流となり、買い手(読み手)の都合が考えられていないのです。

日本に出版社は3000社以上あります。うち、1/3は年間売り上げが3000万円以下で売り上げ1億円以下の括りで2/3になります。ということは現代の読書人口の減少を考えると出版社数はざっくり今の1/3である1000社に絞り込み、最終的には2-300社まで絞ってよいと思います。つまり現在の1/10ぐらいで良いと思います。

書籍の流通は取次という一種の問屋が介在することが多くなっています。一部の大手出版社と大手書店やアマゾンは直取引をしています。私どももいくつかの出版社と直取引をしています。それでも取次がないと困るのは全国3000社もある出版社の書籍をかき集めるのは一般書店では不可能だからです。そして日本国内の書店ではご承知の通り返本が出来ます。つまり、書店ビジネスはデパートと同じで売れなければ返品すればいいという発想なのです。デパートが廃れてきたのはこの仕入れ構造に理由の一つがあるわけですが、書店も同じ仕組みだということです。

私は著作物を出している方と何人も話をしてきました。彼らが共通して言うのは「これは名刺代わりです」と。一種の箔付けで短い紹介文に「著書に〇〇がある」などと書かれればへぇ、専門家なのですねぇ、ということになります。

私は低質な本は安くすればよいと思います。それこそ価格は著者と出版社が仮決めしてあとは市場に任せるぐらいのものでよいと思います。ただ、一定の価値の維持装置は必要かと思います。それは著者を守るという意味です。書くためには労力と調査という費用が掛かっているはずでコストという概念を導入してそれを下回らないようにする工夫は必要でしょう。

むしろ、書籍の選択のしやすさ、価格、マーケティングの自由度をつくり、ハードルを下げることで読者を増やす工夫が必要だと思います。そのためにも再販売価格維持制度の撤廃が著者の質の向上、出版社の淘汰、出版業界の構造的改革を通して質の良い図書の流通と読者層の拡充が可能かと思います。

せっかく購入しても「積読」のままになって死蔵しているものも多いでしょう。数ある書籍からきらりと光るダイヤの輝きを見つけ出すのも読者がスリルを感じるものであることを理解してもらいたいと思います。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年12月21日の記事より転載させていただきました。