離婚後に塾通い シンママの挑戦 – 工藤まおり

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熊本県に住む河口さん(40代)は、来春からの看護学校進学を目指し奮闘する「受験生」だ。もともとは専業主婦として2歳と7歳の2人の子どもを育てていたが、2020年に離婚。一家の大黒柱として家計を支えることとなった。

NPO法人Toppa提供

現在は2人の子どもを育てながらフルタイムで働く河口さん。それに加えて受験勉強にも挑むという「三足のわらじ」をはいている。

「子どもが寝ている時間が私の勉強時間ですが、親の思った通りにはいかないもので、2時間しか眠れないことも多いです」と笑顔を見せるが、並大抵のことではない。

なぜ、彼女は40代で看護師の道を選ぼうと思ったのか?そしてそれを目指すバイタリティーはどこからくるのか?

今回は、シングルマザーのセカンドキャリアを追った。

母子家庭の約6割が年収200万円未満

近年、ひとり親世帯が増加しているのはご存知だろうか。

1983年(昭和58年)から2011年(平成23年)の約30年間で、母子世帯数は約1.7倍、父子世帯数は約1.3倍に増加した。

ひとり親世帯の母子家庭の割合は8割以上にのぼる。そして母子家庭の58%が、年間就労収入200万円未満だ。子どもの学校の入学金など教育費の貯金も難しいのが現状だし、また、ひとりで仕事をしながら子どもを育てていくことを考えると、日々生活するだけでも精一杯だろう。

そんな中、なぜ河口さんは40代で看護師を目指し勉強を始めたのだろうか。彼女に尋ねると、特定非営利活動法人「Toppa」の名前が出てきた。

「Toppa」とは、熊本県にあるシングルマザー・シングルファザーに対し看護学校に入学するための学習支援などを行っている団体だ。

NPO法人Toppa提供

高校受験や大学受験の個別指導塾を運営する野田佳裕さんが、ひとり親家庭の保護者から看護学校への進学相談を受けたことがきっかけで、塾の運営の傍ら2016年から看護学校へのキャリアチェンジを考えるひとり親に対し進学相談や受験の学習支援を行なっている。

看護師を目指すひとり親が直面する課題

NPO法人Toppa提供

ひとり親家庭の親が看護師になるまでの道のりは簡単なものではない。まずは看護学校の入学試験に合格するためにも、「時間」と「費用」という課題をクリアしなければならないのだ。

まず「費用」だが、年収がギリギリの状態の場合は、新しい出費をすること自体に抵抗があるだろう。その他にも、看護学校に入学する時にはテキスト代など決して安くはない金額の負担が必要だ。

さらに、学習する「時間」だ。具体的には国語・数学・英語などの各試験科目に合格するための学習や暗記、小論文を書く対策など試験準備に膨大な時間がかかる。数学も高校受験のレベルだが、卒業から10年以上たち方程式などを忘れていることも多く、一から覚え直すのは一苦労だ。

NPO法人Toppa提供

Toppaでは独自のテキストを開発し、数学は分数の計算・正負の数の計算から、英語は中学レベルから看護学校高校英語までのオリジナル教材を使い学習指導を行っている。また、看護学校の中には受験資格として高校卒業を求めている場合もあるため、高校を卒業していないひとり親のために高卒認定(高認)テキストも用意。看護学校受験と合わせた手厚いサポートを実施している。

さらにLINEやZOOMを使って遠隔でわからない問題への質問に答えたり個別指導を行ったりして各家庭の事情に合わせた柔軟な支援を行なっており、なんとほとんどの生徒が勉強を開始してから1年以内に合格しているというのだ。

Toppaの強力なサポートによる驚くべき実績だが、もちろんひとり親のただならぬ努力があってこそ。冒頭の河口さんのように、寝る時間を惜しみ仕事、家事、育児の合間を縫って勉強をする方が大半だ。

Toppa卒業生で現在看護学校2年生の鶴田文(40代)さんに勉強時間について尋ねると、このように答えた。

「丁度働いていた職場が、パートでも産休育休が取れる職場だったので、産休育休を利用しながら看護学校を受験しました。うちは子どもの寝つきが悪かったので、親に助けてもらいながら1つの部屋を完全に締め切って勉強していました」(鶴田さん)

鶴田さんは努力が報われ、勉強期間1年で看護学校に合格したが、入学してからも安心はできない。突然の子どもの病気で、授業を抜けなければいけないことや、定期テストが受けられないということが発生してしまうという。

野田さんは「子育ても含めたサポートができるような体制作りが絶対必要です。それを行政にお願いするか、他のNPOと連携をとっていくのか、保育園と交渉して話をしていくのか。実家に頼れない事情のあるご家庭もあり、さまざまな縁が必要かなとは思います。その点が今後の課題だと思います」と話す。

それでも彼女らが看護師を目指す理由

こうして、ひとり親がセカンドキャリアとして看護師を目指すには、準備段階だけでも相当の苦労を要する。それでも彼らが進学を目指すのは、正看護師になることで「所得アップ」と「経済的安定」が望めるからだ。正看護師の平均年収は478万円(平成23年度厚労省)になる。熊本県でいえば、平均所得401万円(2011年度年度厚労省)を上回ることができるのだ。

また、2025年には国民の4人に1人が後期高齢者という超高齢社会が到来する。「2025年問題」として医療・看護系人材の人材不足が挙げられているので、仕事がなくなる心配も少ない。

野田さんは「ひとり親世帯の親御さんの年収が低い場合、子どもの教育に時間やお金を割く余裕がなく、子どもの大学進学率が低い状況です。だからこそ、貧困の連鎖を止めるためには、お母様やお父様の経済力が非常に重要です」と指摘する。

行政の制度をわかりやすく伝えるのも「支援」

さらに、野田さんは「ひとり親に対するキャリア支援制度は、ご家庭の条件によってはかなり手厚く受けることもできます。しかし、あまり当事者達にはその制度が知られていないのが現状です。こうした情報をわかりやすい形で提供することも我々の役割のひとつだと思っています」と話す。

実際に、熊本県内でひとり親家庭を支援する制度は多くある。

たとえば、高等職業訓練促進給付金として毎月10万円や、3年間で180万円の給付が得られる教育訓練など。また、給付金だけではなく月3万円以上の貸与制度などの支援もある。条件が合えば、入学費用や学習費用がかなりの減額あるいは無料に近い形になるのだ。実際に、Toppaから支援を受けたひとり親の中には、学費大学費用がほぼ無料になったという人もいるという。

河口さんもこう話す。「受験費用や入学費用の心配はすごくありました。でも、給付金など行政からの支援制度があるとToppaさんからお聞きしたことで、2人の子どもを育てながら目指すことができると確信がもてたので、チャレンジすることに決めました」

「ママ、勉強しなさい!」と子どもが

ここまで紹介したように、ひとり親が子どもを抱えた状態で新たなチャレンジをするには、まだまだ課題が多い状況だ。

しかし、「お金」と「時間」の投資を行い、新しいキャリアを歩む彼女達はとても自信に満ち溢れていた。

頑張る彼女達を見守っている子どもにも、良い影響がある場合も。河口さんの子どもは、勉強の休憩をしていると「ママ、勉強やりなさい」と諭してくるそう。子ども自身も自ら勉強するようになったという。

「もし離婚していなければ、普通に平和に暮らして、看護師も目指してなかったのかもしれません。全ていいことに捉えると、それがあったからこそ自分に自問自答して、これからの人生の生き方を再確認することができた気がします。人生山あり谷あり……みたいなところがあると思いますが、目指していく中で自分の自信や生きる糧になっています」(河口さん)

受験するまでの勉強期間、子どもの面倒を見るための時間、受験費用など……。ひとり親が育児と勉強を両立していくことはまだ課題が多いが、少しずつ彼らのセカンドキャリアへの支援を手助けできるようなサービスや、連携が取れていくことを願いたい。

現在Toppaのもとには、飲食店に勤めていた方や旅行会社勤務の方からもこぞって相談がきているという。経済の仕組みが大きく変わった今、安心して稼げるような新しい道を模索している人も多いのだろう。

そんな方々の背中を押せるような、育児支援、費用支援の体制を整えておく必要がある。

活動への寄付やひとり親家庭への支援を相談したいかたはToppaまでご連絡ください。kogen@coast.ocn.ne.jp

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