山火事理論でヨーロッパのデルタ株のピークアウトを予測する

アゴラ 言論プラットフォーム

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(モンテカルロシミュレーションで検証 連載45)

やっと山火事理論の定式化が出来ましたので、本稿では山火事理論による予測をします。

1.で山火事理論の定式化と解法、2.で山火事理論の予測内容について述べます。少しテクニカルな話になります。3.でヨーロッパのデルタ株ピークアウトについて、ウイルス寿命仮説と山火事理論の予測と両者の比較を行います。

1.山火事理論の定式化と解法

山火事理論は、「感染爆発が起きると、燃えやすいところが燃え尽きることで周りに弱いながら自然感染免疫ができて収束する。」という仮説です。SIRモデルの基礎でもある、罹患した人が獲得した免疫によって感染抑制が働きピークアウトするというメカニズムの一種です。

SIRモデルでは、国民全体を感受性保持者としますが、ここで発想を転換して、「燃えやすい人」を感受性保持者と限定するのが山火事理論の特徴です。つまり、かかることのできる人が全員かかってしまえば収束するのです。

この理論を数値モデルにするには、「燃えやすい所が燃え尽きる」場合の母集団の数を定義する必要があります。連載43では母集団の数を第5波で罹患者した総数85万人としました。つまり、85万人だけの世界を想定し、全員感染したところで収束、というのが山火事理論の核心です。

第5波は85万人が結果としてわかっていたので可能でしたが、今後の波について予測するには、母集団の数、即ち感染者総数を事前に知る必要があります。これが山火事理論でできるのか。

可能です。今回、これが可能である事を確認し、具体的に3.で示すように、ヨーロッパのデルタ株のピークアウトの予測に応用しました。

ここからは、方程式の解法の話です。問題は、解くべき問題の式(感染者数の推移)の中に、解いた結果の解(感染者総数)が含まれるということです(非線形方程式といいます)。こういう問題を解くひとつの方法は、始めに疑似の解を用意して問題を解きます。そこで出てきた解は、最初の疑似の解と異なりますので、今度は得られた解を、次の疑似の解として同じように問題を解き直します(逐次代入法といいます)。

この作業を得られた解が疑似解と一致するまで繰り返します。問題によっては収束しないこともありますが、本件は安定して収束解が求まりました。こういう状態を自己無撞着(セルフコンシステント)と言い、自己無撞着場理論等で広く使われています。

2.山火事理論で予測できるもの

山火事シミュレーションでは、感染確率の初期値(R0)を実際の陽性者データの立ち上がり部分を再現するように決めます。そうすると、その後の上昇、ピークアウト、収束の振舞い、そして、総感染者数が全て決定されてしまいます。

これが、山火事理論、即ち「最終的に感染した人数が感受性のある人の総数である」という仮定を前提として予測されることです。また、初期値R0を外部から勝手にきめるのでなく、現実の立ち上がり部分を再現する値を使うことによって、その時の人流等の社会情勢、ワクチン、ファクターX等の効果、また、マスク、感染抑制の各種措置の効果等が実効的に取り込まれている形になっています。

ここで取り込まれているのは時間的に変化しない定常的な効果だけです。それでは、感染拡大時期や収束期に時間的に変動するもの、例えば、今回のワクチンの急速接種の効果、緊急事態宣言による人流の変化をどう扱うかというと、連載40連載42で行ったように、それらの時間依存する抑制因子を、上で述べた方程式に含めて解を求めます。その上で、それらの因子をなくしたり、時期をずらしたりして、それらの効果を定量的に検証することが出来ます。

図1の赤線の結果は、ドイツのデルタ株のピークアウトを山火事理論で予測したものです。ドイツの陽性者データの立ち上がり部分を再現する初期値(R0=1.69)を決定すると、その後は自動的に計算できます。

他の結果(紫、青、水色)は、初期値を変化させたときの結果です。矢印はそれぞれのピーク位置を示し、ウイルス寿命仮説の寿命に相当する日数を計算すると、64日(R0=1.69)、56日(R0=1.62)、48日(R0=1.57)、34日(R0=1.51)となり、感染確率の大きさに従って減少しています。

ピークの半値幅(ピークの半分の高さでの分布の全幅)は、47日(R0=1.69)、51日(R0=1.62)、54日(R0=1.57)、54日(R0=1.51)とほぼ一定で、連載41で述べた「半値幅の普遍性」は、山火事理論では実現しているように見えます。

図2はウイルス寿命仮説の場合です。同じドイツのデータに対しての結果(赤)です。寿命仮説の場合は山火事理論の場合と手順は同じで、陽性者データの立ち上がり部分を再現する初期値(R0=1.54)を決定すると、その後は自動的に計算できます。ただ、逐次代入法のような収束を求める計算はありません。また、初期値R0が山火事理論と異なるのは、山火事理論では、初期段階でも感染者の免疫効果が入ってくる為です。

他の結果(紫、青、水色)は、初期値を変化させたときの結果です。矢印はピーク位置ですが、ウイルスの寿命を一定にしているので、この場合同じ位置です(矢印が縦線に一列に並ぶ)。

ピークの半値幅は、33日(R0=1.54)、35日(R0=1.42)、41日(R0=1.29)、(R0が小さい場合、分布が初期時間に重なるため誤差が生じている。R0=1.17の場合は評価不能)と多少広がりますが、ほぼ一定と言えます。「半値幅の普遍性」は、ウイルス寿命仮説でも、山火事理論でも、ほぼ達成されているように見えます。

ウイルス寿命仮説には、ウイルスの寿命という外部で決まるパラメータがあります。図2の計算では、日本のデルタ株の解析で用いた52日という寿命を使っています。図3は、同じ初期値R0=1.54で寿命日数を変化させたときの依存性です。これを見ると、寿命を変化させると如何様にもフィットできてしまうので、予測性性能の確実性という意味では、山火事理論に劣ります。

3.ウイルス寿命仮説と山火事理論の予測の比較

図4がドイツ、図5がベルギー、図6がフランス、図7がスペインの結果です。カーキ色の線が陽性者のデータ、青色がウイルス寿命仮説(寿命52日)、赤色が山火事理論の結果です。ウイルス寿命仮説では、日本の解析で用いた52日寿命を使っていますが、これは日本の特殊事情ということもあるので、世界俯瞰した時によく言われる120日周期という観点から、60日寿命の場合の結果(水色)も同時に表示しています。

これから4カ国ともピークアウトしてくるはずです。そこで出てくるデータによって、これらの仮説の妥当性を今後検証することができます。(私のツイッターに、毎日更新されるデータと共にこれらの予測線を表示します。)

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