サイボウズ社長「改姓は大変」 – PRESIDENT Online

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ソフトウエア開発会社「サイボウズ」社長の青野慶久さんは、結婚で妻の姓に変えた。その結果、多くの苦痛を味わったという。青野さんは「改姓したときは深く考えてはいなかったが、実際に改姓すると『これはむちゃくちゃ大変やないか』とわかった」という――。

※本稿は、青野慶久『「選択的」夫婦別姓 IT経営者が裁判を起こし、考えたこと』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

婚姻届※写真はイメージです – 写真=iStock.com/shirosuna-m

訴訟、そして敗訴

まさか、自分の人生で裁判を「起こす側」になる日が来るとは――。

2018年1月9日。まだお正月ムードの抜けきらない、1月にしてはあたたかな火曜日のこと。

僕は「夫婦別姓裁判」を起こしました。訴訟の相手は、国。日本人同士が結婚するとき、それまで使ってきた姓をそれぞれ名乗り続けられず、同姓にしなければならない現在の法律は憲法違反だとする訴えです。

精神的苦痛を受けたとして、計220万円の損害賠償を請求しました(言わずもがな、お金が欲しかったわけではありません)。また、同時に「こんなふうに法律を変えたらいいのでは?」とアイデアも提案していました。

原告は4人。代理人は、作花知志弁護士です。原告のうち僕含め2人は、旧姓のまま結婚できなかったことで、現在に至るまで大きな不利益を甘受している個人の男性と女性。そしてもう2人は、「旧姓を使うことができないがゆえに事実婚せざるを得なかった」カップルでした。

ただ、僕たち4人はあくまで「代表」。後ろには、同じくつらい思いをしている人たちがたくさんいます。

これまで多くの人々が、結婚における「強制的夫婦同姓」によって経済的・社会的・精神的苦痛を強いられてきました。社会に「困りごと」を抱える人たちを生み出す制度は、変えなければならない。――僕たちは、そんな思いで裁判を起こしたのです。絶対に違憲判決が出ると信じて。

しかし、2019年3月、東京地方裁判所での一審は敗訴。2020年2月に行なわれた東京高等裁判所での二審でも、訴えは棄却されました。

そして2021年6月23日。僕たちの裁判は最高裁で判断されることなく、別の夫婦別姓裁判とまとめるようなかたちで上告棄却。何もできないまま、敗訴が確定しました。僕たちの切実な思いは、あっさりと退けられてしまったのです。

作花先生曰く、こういったかたちで上告棄却されるのはほとんど前例がないとのこと。まるで、軽くあしらわれるように訴えが退けられるなんて……。「そんなことがあるんだ」と呆然としたものです。

深く考えずに妻の姓へ

さて、時計の針を戻しましょう。そもそも、なぜ僕が結婚時に妻の姓に変えたかについてお話ししたいと思います。といっても理由はシンプルで、妻が希望したからです。

「私、名字、変えたくないんだけど」
「えっ!」
「女性が改姓するのが当たり前って風潮はどうかと思うんだよね」
「うーん」

僕自身、当時は妻が自分の姓になるものとばかり思い込んでいました。正確にいうと、そのことについて考えたこともなかった。しかも、結婚しようという話になってから突然そう言われたので、やや面食らいました。

そこで、新卒で入社したパナソニックで机を並べていた女性の同僚や先輩、サイボウズの社員たちのことを思い浮かべてみました。

結婚をきっかけに改姓した女性たちは旧姓を名乗り、ふつうに仕事をしている。とくに不満を聞いたこともない。自分の場合、「青野」の名前で仕事さえできれば困らない。――よし、たいした問題にはならないだろう。

そんな軽い気持ちで「じゃあ、僕が名前を変えるわ」と了承しました。

ときは2001年。いまよりもさらに女性側の名字を選ぶ夫婦は少ない時代でしたが、そこはあまり気にならなかった。愛する妻のため……というとかっこいいのですが、正直なところ、深く考えてはいなかったのです。

改姓の苦痛は一時的なものではなかった

ところが婚姻届を出して以降、じわじわと「これはむちゃくちゃ大変やないか」と気づきます。

まずは改姓の手続き。健康保険証、運転免許証。そして、免許証を証明書としている銀行口座、証券口座、クレジットカード、携帯電話、飛行機のマイレージカードから近所の図書館の会員カードまで。さらには、各種ウェブサービスに登録している情報の変更……。

膨大な作業が発生し、どこまで何を変えたか整理するのもひと苦労でした。旧姓でつくった銀行口座を結婚後に解約するときは、戸籍謄本が必要だと言われ、「解約するだけなのに謄本がいるの⁉」と腹が立ったこともあります。

しかも、そうした作業には平日に休みを取ったり、あるいは貴重な休日をつぶしたりしなければいけないので余計イライラも増すというもの。根が技術者で合理主義な僕は、不毛な時間にストレスを感じていました。

さらに厄介なのが、それが「結婚直後のみの苦痛」ではなく「ずっと続く」ということでしょう。サイボウズは海外にも拠点があり、僕も海外出張の機会が少なくありません。現地のメンバーやビジネスをする相手が、僕のホテルの予約を取ってくれるのですが、うっかり「AONO」名で取ってしまうと話がややこしくなるから、さあ大変。ホテルに到着してフロントでパスポートを見せたら、

「ニシバタさま? 予約がありませんね」
「アオノではどうですか?」
「あります。でもアナタ、本当にアオノさんですか? パスポート名と違いますが?」

……といったトラブルに発展していくわけです。移動と仕事で疲れ切っているときに、なんと無意味な会話。こうした事態を防ぐため、近年は20年以上前につくった青野姓時代のパスポートを持ち歩いて自らの証明書としています。これも、姓を変えていなければする必要のない工夫です。

ビジネス旅行者がホテルに到着※写真はイメージです – 写真=iStock.com/jacoblund

アイデンティティ喪失という問題もある

仕事上の不具合はほかにも無数にありました。会社では「青野さん」と呼ばれ、「青野」としてメディアに出演するのに、給与明細は「西端」。一部の契約は戸籍名でなければならず、ハンコは常に2つ持ちです。

毎度「これはどっちを使えばいいのか?」と調べるのも面倒ですし、仕事上の人格として一貫性もない。もし間違ったら差し戻されて書類を作り直さないといけない。名前の使い分けが非常に面倒であるのはもちろん、人事部や経理部や法務部や情報システム部にも「2つの名前を管理する」という余計な仕事が増えていることに、経営者としてあらためて気づきました。

また、僕が経験していないところでは、それまで取得した資格や特許、提出した論文、海外での活動で使っていた名前と、結婚後の名前が異なることで、実害を被っている方もたくさんいらっしゃると聞きました。

「大変さ」に気付き、姓を変えた他の人にも話を聞いてみると、問題は仕事以外にも及ぶことがわかりました。

まず、20年、30年、40年と使ってきた名前というアイデンティティのひとつを失うことで、精神的苦痛を感じてしまうこと。僕の場合は仕事上で「青野」を名乗れていますが、旧姓を使う機会の少ない、たとえば専業主婦の方々などは喪失感が大きいことでしょう。

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