カダフィ大佐の次男、大統領選出馬

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リビアで42年間君臨したカダフィ大佐の次男、セイフ・イスラム氏(49)が14日、同国南部セブハの選挙管理委員会を訪ね、来月24日に実施される大統領選挙への立候補を届け出たというニュースが入ってきた。父親カダフィ大佐は2011年殺害され、同氏は同年11月、リビア南部で反体制派武装勢力に拘束され、拷問では指を切られ、2015年には銃殺刑の判決を受けたが、17年6月、恩赦を受け釈放された。その後の行方は不明だった。同氏が14日、大統領選に出馬届けをしたことで健在であることが判明した。

セイフ・イスラム氏(2004年10月、ウィーンで撮影)

このコラム欄でも書いたが、セイフ・イスラム氏とは過去、ウィーンで会見した。今回はセイフ・イスラム氏とウィーンの関係を少し説明する。

セイフ・イスラム氏は1998年から2000年の間、ウィーン大学で経済学を学ぶために留学していた。その後も頻繁にウィーンとトリポリの間を行き来していた。オーストリア訪問時に同氏を世話したのは在オーストリアのリビア大使(後日、駐独大使に就任)だったが、オーストリア側の世話人は当時の極右政党「自由党」党首イェルク・ハイダー氏だった。当方がセイフ・イスラム氏に初めて会ったのはハイダー氏が開いたイベントで、だ。

カダフィ大佐は2003年12月、米国の提案を受け入れて、大量破壊兵器(WMD)全廃宣言をし、その代りにリビア側は国家の体制保持を得た。カダフィ大佐は当時、北朝鮮の故金日成主席と交流があった。そこで当方はリビアの北朝鮮の核問題に対する見解を聞くことが狙いでセイフ・イスラム氏に会見した。同氏はインタビューの中で、「父に随伴して北朝鮮を訪問し、金日成主席と会見したことがある。わが国と北朝鮮は久しく良好関係を堅持してきた。その意味で、北朝鮮の核問題については懸念している」と述べ、米国が北側の体制の安全を保障すれば、平壌側も核問題でもう少し柔軟に対応してくるだろうと語ったことを覚えている。

セイフ・イスラム氏のウィーンの私邸で若い女性が窓から落ちて死ぬという事故が起きたことがある。メディアは当時、さまざまな憶測情報を流した。その同氏を援護したのがハイダー氏だ。ハイダー氏は当時、欧州の極右派指導者として勢いがあった。ハイダー氏はリビアを訪問し、カダフィ大佐とも会い、政治資金を得ていたという噂もあった。ハイダー氏は当時、リビアを含む中東諸国と深い人脈を有していた。

そのハイダー氏は08年10月11日、クラーゲンフルト南部に住む母親の誕生日を祝うため車で走っていた時、交通事故で亡くなった。58歳だった。ハイダー氏の葬儀は国葬ではなかったが、参列者数と規模では、04年7月に急死したトーマス・クレスティル大統領の国葬を大きく上回った。

ウィーン滞在時にセイフ・イスラム氏を世話した人物はハイダー氏のほか、もう1人いた。リビアのカダフィ政権下で首相や石油相を務めたシュクリ・ガネム氏だ。同氏がウィーンの石油輸出国機構(OPEC)の副事務局長(調査局長)だった時、当方は数回、会見した。ガネム氏はOPEC時代、セイフ・イスラム氏のアドバイザーのような立場だった。セイム・イスラム氏が留学中、ガネム氏はセイフ・イスラム氏のためにさまざまな雑務をこなしてきたはずだ。

カダフィ大佐ファミリーから信頼を得た同氏はリビアに戻った後、03年から06年まで首相を務め、06年後は国営石油会社NOCのトップに就任した。同氏はカダフィ大佐の腹心として石油ビジネスで稼いだ富をウィーンやスイスの銀行で管理していたはずだ。ガネム氏がウィーン市20区にペントハウスを持ち、会社を経営していた。

リビアでカダフィ政権打倒の民主化運動が始まった時、ガネム氏は、「カダフィ政権と袂を分かつ潮時を迎えた」(中東問題専門家アミール・ベアティ氏)と判断を下したのだろう。11年5月、ウィーンで亡命生活を始めた。その同氏は12年4月29日、ドナウ川で遺体となって発見された。死因は不明だ(「ウィーン市とガネム石油相の関係」2011年5月21日、「リビアの知人の急死と『石油』」2012年5月1日参考)。

セイフ・イスラム氏のウィーン留学時や訪問時に同氏を世話していた2人、ハイダー氏は交通事故死、ガネム氏はドナウ川で遺体となって発見されたわけだ。両者とも通常の死因ではなかったのは単なる偶然かもしれない。いずれにしても、セイフ・イスラム氏が12月の大統領選に出馬する。父親カダフィ大佐のような民族服で現れ、登録をした同氏は国民の一部では依然、根強い人気を有しているという。

リビアでは今年3月、暫定国民統一政府(GNU)が代表議会の承認を得て成立したことから、14年の内戦開始以降、初めて政府が統一された。パリでは今月12日、フランスのマクロン大統領の呼びかけでリビア情勢に関する国際会議が開催された。12月の大統領選と議会選が同時に実施されることから、内戦と停戦を繰り返してきたリビア情勢はいよいよ正念場を迎える。セイフ・イスラム氏の大統領選出馬がどのような影響を与えるかは現時点では予測できない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年11月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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