月が変わった途端にあれこれといろいろ舞い込んで、ブログで”本業”のエントリーを書くのもままならない状況になってしまっているのだが、そんな中、この日曜の朝に飛び込んできた快挙の報は、最高の癒しになった。
これまで専ら「観る」だけのレースだった本場米国のブリーダーズカップで、日本からの遠征馬が挙げた2つの勝利。
これを「歴史的偉業」といわずして何というか・・・。
もちろん歴史を遡れば、タイキブリザードの挑戦に始まって、芝でもダートでもそれなりの数の日本馬が挑んできたレースではあったのだが、勝ち負けに絡めた記憶は皆無に等しく、勝てないまでも何度か「あと一歩」まで迫った凱旋門賞と比べても、”高嶺の花”感の強いレースだった。
だから、今年、日本から大挙して挑戦する、というニュースが報じられた時も、昨年から続いた不自由な海外遠征の埋め合わせなのかな?というくらいの感覚でしか見ていなかったし、実際、派遣された馬を見ても、既に海外での実績があるラヴズオンリーユーを除けばちょっと厳しいメンバーじゃないかな、という印象だったのだが・・・。
個人的にちょっと考えが変わったのは、先月末発売の『優駿』11月号に載った矢作調教師のコメントを見た時。
「昔からずっと『ブリーダーズCを日本馬が勝つなら、西海岸の競馬場で開催されるとき』と言い続けてきました。芝への適合性は絶対に高いし、日本から近くてヨーロッパからは遠い。これは重要なファクターです」(優駿2021年11月号・63頁)
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今年のブリーダーズカップの舞台は、カリフォルニア州のデルマー競馬場。師の理論によれば実にうってつけの舞台。
それでもまだ半信半疑だったものの、レースの選択に関しては当代随一の矢作師がそこまで言うなら、ということで、ラヴズオンリーユーは良い勝負になるかもしれない、というのがこの時思ったこと。そして、その予感通り、芝2200mのフィリー&メアターフで1番人気に支持されたラヴズオンリーユーは、堂々の勝利を飾る。
ゴール前、川田騎手が激しく競り合う外国の馬たちの間をこじ開けて、叩き合いの末体一つ抜け出したシーンはかなり印象的だったし、何といっても「日本馬初のブリーダーズカップ勝利」だから、それだけで「快挙」というには十分な出来事のはずだった。
だが、本当のサプライズはその後にやってくる。
当地の第10レースとして行われたブリーダーズカップディスタフ。コースはダート1800m。
自分以外はすべて米国調教馬、という環境の下で、日本のブリーダーズカップ(JBC)すら勝ったことがなかったマルシュロレーヌが見せた一世一代の大駆けは、ダート競馬の世界では唯一無二の存在である米国の競馬界に大きな風穴を開けた。
9番人気、単勝オッズ51.0倍。日本では馬券の発売さえ行われていなかったレースで、ゴール前猛追する他馬をハナの差で押さえ切って堂々の優勝・・・。
同じ国際GⅠ格のレース&牝馬限定戦ではあるものの、ダートに比べて一回り小さい芝コースで行われるフィリー&メアターフと、”主役”のダートコースで行われるディスタフとでは、レース自体の華やかさがまるで異なる。
そして、前の馬から19馬身以上離されて、日本馬2頭がブービーメーカーとブービーを演じることになってしまったダートマイルに象徴されるように、米国の競馬場のダートコースは日本のそれとはまた似て非なるところがあり、加えて当地の一流馬はこぞってダートコースのレースで頂点を目指すことを考えると、”日本のダート馬”に出る幕などない、と考えるのが普通だろう。
それが勝った。勝ってしまった。凱旋門賞のトルカータタッソのように・・・。
冷静に考えれば、日本の競馬界を席巻し、競走馬のレベルを格段に上げたサンデーサイレンスは、米国にいるときはダートを主戦場とする馬だったし、芝で如何なく産駒に「スピード」を発揮させている米国系種牡馬の多くが同様なのだから*1、裏返して日本の芝のスピード馬を米国の高速ダート馬場で走らせれば勝負できるのでは?という話は以前から存在した。
それでも、多くの日本の一流馬がブリーダーズカップの「ダート」のレースに挑まなかったのは、どうせ海外遠征するなら芝のレースを使った方が勝つ確率が遥かに高いからで、可能性としてはあり得るかもしれない、とは思っても、芝で走る馬を本場の「ダート」に挑ませるケースは過去にもそう多くはなかったはずである。
そんな状況で、決して”一流”とまでは言えなかった馬でも、鞍上にマーフィー騎手を据えて果敢に挑んだ結果、勝利までもぎ取ったのだから、その意味は極めて大きい。
こんな思い切ったローテーションを組めたのは、出走馬のオーナーが(出資者一人ひとりがレース選択に口を挟めない)ノーザンファーム系のクラブ法人だったから、ということもあるのだろうし、今日のレースの展開を見る限り、決して何度も再現できるような勝ち方ではなかったのも確か。
時期的なことを考えても、来年以降、日本から大挙してブリーダーズカップの「ダート」のレースにチャレンジできるかといえば、まだまだその壁は厚いような気はする。
ただ、芝コースのレースでは、世界トップレベルのレーティングを持つ馬を抱えながらも、「日本とは違う芝」にビッグタイトルを阻まれていた欧州での戦いを思い返すと、「日本とは違うダート」で最高の結果を残した今年のブリーダーズカップが、今後の日本調教馬の”海外戦略”を再考する大きなきっかけになることは間違いないように思われるわけで、(ロンシャンでの戦いとは異なり)”惜しかった”で終わらせなかったことの意味を、数年後に多くのファンが改めて実感することができるなら、この日のディスタフの勝利には「1勝」以上の重みがある。
いずれにしても痛快。そして、ここ2年、新型コロナの波に翻弄されてきた日本の競馬界にとって、実に爽快な結果だったなぁ・・・と思う次第である。
*1:マルシュロレーヌもサンデー系のオルフェーヴルに母父・フレンチデピュティという米国起源の血統構成となっている。