「自ら発信しないと百貨店は存在感を示せなくなる」: 松屋 スタートアップ事業課課長・島田成一郎氏

DIGIDAY

インバウンド需要の消失は、日本の百貨店がコロナ禍前から抱えていた抜本的な課題を浮き彫りにした形となった。商品MDや販売手法、顧客との関係構築などのテコ入れによって各社が収益構造の転換を急いでいる。

そのなかでも東京・銀座に本店を構える老舗百貨店の松屋は、従来のビジネスモデルにとらわれない施策を打ち出した。同社は東京都が緊急事態宣言下にあった2021年8月20日、ジュエリーブランド、ENEY(エネイ)をローンチした。合成ダイヤモンドと呼ばれるラボグロウンダイヤモンドを取り入れた、エシカルでありながらモードな感覚を持ち合わせたコレクションは、関係者を招いてのデビューイベントでも評価は上々だった。ファッション感度の高い人たちを中心にデザイン性の高いアイテムが好評を得ているほか、松屋銀座店の店頭ではベーシックな商品も人気を集めるなど幅広い客層を捉えている。

「2年ほど前からブランドを立ち上げてみたいと考えていたが、コロナ禍で店舗が休業しているあいだ、よりその思いが強くなった」と話すのは、ENEYを立ち上げ時から主導する同社の事業推進部スタートアップ事業課課長の島田成一郎氏だ。「取引先に依存する施策ではなく、自ら発信していかなければ百貨店は存在感を示せなくなる、と危機感を覚えた」という。そのなかで生まれたENEYは、自社で企画開発したブランドでありながら、「松屋」の文字が一切見られないのもひとつの特徴だ。百貨店による前例の少ない取り組みであり、島田氏が率いるチームにとっても未経験づくしの試み。その背景や思いについて、島田氏に聞いた。

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――松屋にとってゼロからブランドを立ち上げるのは初めてだと訊いた。ブランドを立ち上げた経緯は?

コロナの感染拡大による打撃はかつてないものだが、ただそれ以前から来店客の消費行動の変化を感じ、改革が必要だと考えていた。

私は婦人向け商材一筋で、バイヤーや婦人の服飾雑貨のMDの責任者をしてきたが、バイヤーをしていた2000年代は、買い付けた商品が素敵だと感じてもらえれば購入してもらえた。ウィンドウショッピング中に偶然出合った商品を購入する顧客も多かった。しかし変化を感じたのは、2010年代半ば頃。インバウンド効果もあり、松屋の百貨店売上は2012年度から2018年度までは(2016年度を除き)前年度を上回っていたが、その一方で、いつでもどこでも買えるものや知名度の低いブランドの商品が売れにくくなりはじめた。不要なものは買わず、買うものや目的を決めて来店する顧客が増えたということだ。

そこで、1週間単位のポップアップイベントを数多く実施し続けているが、集客を考えると、実績のあるブランドやインスタグラムでフォロワー数の多いブランドを呼ぶことになる。顧客が知らない商品やブランドを見つけ、伝えるのがバイヤーの醍醐味。取引先頼りの傾向が続くのは百貨店としてもよくないと考えていた。また、特にシーズン性の高い商品は、プロパーで売られている期間が短い。すぐに価格を下げるのは、顧客に対して誠実ではないし、持続可能性の高い商品が必要だと考えた。

商品写真

――それがENEYを立ち上げるきっかけになった。

ENEYの特色のひとつが、ラボグロウンダイヤモンドという、人の手によって生み出される石を用いているという点だ。ラボグロウンダイヤモンドについて詳しく知ったのは、コロナ禍に入る前の2019年のことだった。環境や人権問題にも配慮されている点で欧米での注目度が高まっている最中だったが、日本でも受け入れられると直感した。

天然ダイヤモンドは採掘において、環境破壊をはじめ、過酷な作業による人権問題や児童労働など、以前から問題視されていたことがすべてなくなっているとは言いづらい。一方、ラボグロウンダイヤモンドは天然ダイヤモンドと同じ成分でありながら、採掘を必要とせず諸問題解決の端緒となることが期待されている。天然ダイヤモンドにも劣らない高い純度も持っているため、キュービックジルコニアなどの模造石とも違う、画期的な石としても注目を集めている点などに魅力を感じた。

そしてジュエリーはサスティナブルな存在だ。季節商材ではないので、すぐに値下げをする必要はない。デザインが古くなったら、リフォームをして後世に受け継ぐ人もいる。また、地金の価値は年々上がっているため、日本で流通している金は下取りしたものを加工し直するなど繰り返し使われていることが多いという。

社会問題に向き合い、かつ持続可能性が高いという点で、ラボグロウンダイヤモンドを使ったブランドを立ち上げたいと思うようになった。コロナ禍で店舗が休業している期間、先ほど話した百貨店の課題についてもより深く考えるようになり、2020年の8月に会社に提案した。

――会社の承認を得てからローンチまでの期間が半年ほどしかなかったと訊いた。ブランドの立ち上げにおいて未経験の部分も多かったと思うが。

やるからには初年度から黒字を出さなければならない。かなり綿密な事業計画書を作り会社にプレゼンして、取締役役員会での承認が下りたのが12月。ENEY立ち上げのためのスタートアップ事業課ができたのが、2021年の3月だった。2月までは立ち上げ準備はMDの通常業務と掛け持ちしながら並行して進めてはいたが、ローンチまでの期間は新規部署ができてから半年ほど。チームも3人の少数精鋭で運営しているので、とにかく大変だった。オリジナルブランドなので、仕入れ形態も支払い方法も、従来の百貨店のビジネスモデルとは異なる。ローンチと同時にブランド単独のオンラインストアも開設したのだが、サイト構築やペイメントに関する契約などもすべて新たに結ぶ必要があり、スキームづくりに苦労した。

大変ではあったが、ものづくりとブランディングにはこだわった。ディレクションを田上陽子氏に依頼したのはそのためだ。田上氏は、コスメブランドのセルヴォーク(Celvoke)やエッフェオーガニック(F organics)など、オーガニックとモードを両立させたブランドで実績がある。ブランディングやものづくりを熟知している上、発信力もある。田上氏とともに何度もやり直しを行い、試行錯誤を重ねたコレクションは、従来の顧客はもちろん、若い世代も取り込みたいという狙いから、様々なニーズに応えている。一粒石のシンプルで華奢なものから喜平チェーンを大胆に用いた存在感のあるものまで、デザインはデビュー時点で100種類そろえた。価格帯も1万円台〜30万円台と幅広い。

ブランディングについてこだわったのは、松屋から独立したブランドにしようということ。百貨店という看板があると、若い人たちは身構えると考え、実はサイトやSNSでも、松屋の文字は出していない。


年齢や国籍などさまざまなバックグラウンドを持つモデルを起用したイメージビジュアル

――ローンチから約2カ月が経過した。ENEYを販売しているのは現在、松屋銀座店とオンラインストアだが、販売状況はどうか?

現段階で売上規模が大きいのは実店舗だ。店頭では我々の強みである接客を生かし、マリッジリングのオーダーや、リピート客も獲得できてきた。広告をほとんど出しておらず、ラボグロウンダイヤモンドの名前もそこまで浸透していないので、店頭で実際に商品を見て購入する顧客が多い。しかし、ENEYやラボグラウンダイヤモンドの魅力を一度知ってもらえれば、オンラインストアで購入する顧客も増えるだろう。店頭では比較的ベーシックなBEZELシリーズ、オンラインストアでは、KIHEIやPIXELといったデザイン性の高いシリーズの人気が高いという傾向も出ている。また、店頭とオンライン共通で利用できるロイヤルティプログラムもあるので、今はしっかりと新規顧客を掴みつつ、リピート率も上げていきたい。


デザイン性の高いアイテムも人気だ

――今後の出店戦略は?

同質化が進む百貨店では、個性を出すことが生き残り策だ。実店舗は松屋銀座店といくつかの都市に厳選し、希少性や独自性を強みにする。百貨店のブランドとしては珍しい取り組みだと思われるが、松屋以外での販売も検討している。実はすでにほかの百貨店からも、ポップアップをしないかと声をかけてもらっている。

11月中旬には、中国向けの越境ECを立ち上げる。日本ではブランディングを考慮し広告も最小限に抑えているが、中国向けのプロモーションでは積極的に広告を打ち出す。KOL(中国のインフルエンサー)を起用したプロモーションも実施していく計画だ。欧州市場にも魅力を感じるが、現在はビジネスを行う上で中国の市場の大きさに期待している。

――スタートアップ事業課としての今後は?

ENEYを立ち上げるタイミングで作ってもらった部署だったので、当初は「ENEY事業課」といった名前を想定していたのだが、社長(代表取締役社長の秋田正紀氏)から「若手のアイディアを吸い上げ、チャレンジしていく部署にしたい」と言ってもらえた。それが、「スタートアップ事業課」だ。私自身、これまでにも、新しいマーケティングにトライさせてもらっていたので、目指していた方向性が合致したと感じている。まずはENEYのビジネスを確立させるのが最優先だが、トライアンドエラーを繰り返しつつ、新しい取り組みにさらに挑戦していきたい。従来の商売を従来通りにやっていたのでは何も変わらない。ENEYがそのきっかけになればいいと思っている。

Written by 津島千佳
Edited by 戸田美子
Photographed by Chifuyu Aizawa(島田氏)
Image via ENEY(イメージビジュアル、商品着用写真)

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