テレビ局 高齢視聴者は必要なし? – 渡邉裕二

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作家・松本清張は、1976年から77年にかけて日本経済新聞で連載し、その後(77年11月)に出版した小説「渦」の中で、テレビの視聴率を「猫も見ている」と皮肉っている。しかもその数字がテレビ局を支配していると。いわゆる視聴率調査の怪を赤裸々に描いた小説である。

どこでどのようにデータを取っているのか、「謎の視聴率」として、視聴率のデータを収集するカラクリを犯罪に利用した長編の推理小説となっている。

この小説の発刊から45年も経っているにもかかわらず、いまだに視聴率には謎が多い。そして出てきた数字にテレビ局は一喜一憂している。その光景は今も昔も同じである。

視聴率は「世帯」から「個人」へ

ところが、「昭和、平成、そして令和と時代が変わる中で、視聴率調査は変貌しつつあります」と言うのはスポーツ紙の放送担当記者である。

「ここ数年はYouTubeやNetflixなどの動画配信サービスに人気が集まっており、動画コンテンツの楽しみ方は大きく広がっていますが、実はテレビの視聴者は年々減少しているのです。さらに視聴率の捉え方も変化していて、これまでの『世帯視聴率』から『個人視聴率』へと変わりつつあります」

視聴率調査は「ビデオリサーチ」という会社が行っている。1962年に電通、民間放送18社、そして東京芝浦電気(現・東芝)の共同出資によって設立された市場調査会社である。

調査のサンプル世帯――いわゆる「標本世帯」は国勢調査のデータなどを利用するそうで、ランダムに抽出している。もっとも3世代が同居する世帯と、一人暮らしでは視聴傾向も大きく変わってくるし、年代や家族構成などによっても違ってくるだけに、対象世帯の抽出には手間がかかる。さらに調査に公正を期すため「近親者にマスコミ関係者のいる世帯も除外している」(関係者)とも。

一方、この視聴率調査は昨年4月にリニューアルし、民放5局以上が放送されている関東や関西などの大都市圏については標本の世帯規模を2〜3倍に拡大した。例えば、関東地区の場合は従来の900世帯から2700世帯に拡大している。「サンプル数が多ければ考慮すべき誤差幅は小さくなる」(前出の関係者)と言う論理である。ちなみに、標本世帯については毎月少しずつ入れ替えているそうだが「基本的に一世帯の依頼期間は3年間」だと言う。

「個人視聴率を拡大することがリニューアルの大きな理由でした。もともと個人視聴率は97年から機械式で関東地区からスタートしていたのですが、その後、エリアは関西、名古屋、福岡へと広がっていました。今回リニューアルしたことで、その対象エリアが一気に全国27地区へと拡大し、年齢層や性別など詳細にわたる個人単位のテータが毎日測定できるようになったのです」(前出のスポーツ紙放送担当記者)

つまり、誰が見ているのか変わらない、それこそ「猫も見ている」ような、いわゆる「世帯視聴率の時代」は終焉を迎えていると言うわけだ。

その「個人視聴率」は局によって多少の違いはあるものの、13〜49歳を日本テレビは「コアターゲット」、フジテレビは「キー特性」と呼び、TBSは、13〜59歳を「ファミリーコア」(4〜49歳については『新ファミリーコア』に設定)としている。一方、テレビ朝日は具体的には明らかにしていないものの、準キー局の大阪・朝日放送は49歳以下をターゲットとする「U 49」を設定している。

高齢の視聴者は求めていないスポンサー事情

少子高齢化社会を迎え、民放テレビ各局はCM出稿企業のニーズに合わせ、従来の「世帯視聴率」から「個人視聴率」に重点を置き始めている。その裏にあるのは「世帯視聴率の高い番組は高齢者が影響している」(放送関係者)ことのようだ。前出のスポーツ紙放送担当記者は、

「民放テレビ各局は、視聴者のニーズの前にスポンサーのニーズを重要視します。スポンサーからは購買力のある年齢層をターゲットにした番組が求められているのですが、その上限が49歳なのです。

そこで、この年齢層に向けた番組制作を積極的に推し進めています。これも視聴率調査のリニューアルに合わせた取り組みと言ってもいいかもしれません。

いくら世帯視聴率が良くても高齢者を中心に好まれているような番組は長寿番組でも打ち切ったり、BS放送へと変更されたりしています。例えば、TBSの日曜朝の『サンデーモーニング』なども高視聴率にもかからず、番組打ち切りの噂が絶えないのは、そうした理由からなのです。最近では『科捜研の女』(テレビ朝日)も終了するのではと言われています」

その一方で、このような流れがお笑いタレントを起用したバラエティー番組が加速する要因にもなっているとも。

「コロナ禍というタイミングもあったとは思いますが、放送現場の若いスタッフはYouTubeからネタを拾うようになってきています。独自のネタではなく、ネットでウケたり話題になっているネタを番組に持ち込む傾向があるようです。

もちろんそれが時流だという意見もありますが、テレビマンとしてのプライドがないですよね。人気のYouTuberを出してみたり、どこも似たり寄ったりなタレントやお笑い芸人を起用してのバラエティー番組を次々に考えるようになっていくのです。

前向きに考えれば、こんな時代だからこそ、明るく楽しいお笑いバラエティーということかもしれませんが…。テレビマンもテレワークの導入などで外部スタッフとの交流が薄れたことで視野が狭まり、企画を考える思考能力が衰えているのかもしれません」

「若者のテレビ離れ」でネット参戦に本腰

そんな中、今年5月に衝撃的なデータが発表された。

NHK放送文化研究所の「国民生活時間調査2020」だ。この調査はNHKが1960年から5年に一度実施しているもので、今回の調査は昨秋10月に行われた。10歳以上を対象に全国で7200人を無作為に抽出し、郵送によって行われ、4247人の有効回答だった。

その調査結果によると、「毎日テレビを見る人」は全体の8割を切り、民放テレビ局やスポンサーがターゲットにしている10〜20代の半数が「テレビを見なくなった」と言うのである。

「若年層の視聴減少ですが、夜間帯については主にインターネットの利用の活発化が原因です。若者にとって、テレビが日常のメディアではなくなってしまったことが明らかになりました」(放送関係者)

この結果に民放テレビ局のある幹部は「確かに、テレビは見られなくなってしまったのかもしれないが…」と前置きした上で「スマホを使った映像コンテンツの視聴は落ちていません」つまりドラマや映画、さらにはバラエティー番組も若い層ほどスマホで視聴する傾向があると言うのだ。

「民放各局は、地上波放送のネットでの同時番組配信を本格化する方向です。日テレはすでに開始していますが、TBSやフジテレビ、テレ朝も年度内に始めたいという状況です。その一方でTVerやTELASA、FOD、Huluなどでは見逃し配信などを含めコンテンツの充実を図るなど、配信系を重視する取り組みも順調で、将来はテレビの番組をネットで見る時代になるでしょう」

テレビ離れが進んでもネット時代に対応しているから「全く影響はない」と言うことのようだ。とは言え、時代の潮流を止めることはできない。

「男女ともに10〜30代はテレビよりネット動画が人気です。テレビに執着しているのは60代以上。しかも、その高齢者にしてもネットを利用する傾向は徐々に増えています。そうした時代の変化に今後、民放テレビ各局が対応していくことができるのか…。我々、新聞社も他人事ではありませんが、早晩自然淘汰されていくテレビ局が出てくるとも限りません」(前出のスポーツ紙放送担当記者)

ちなみにNHKがもっともターゲットにしている年齢層は40代だという。民放テレビ局ほど視聴率に左右されることは少ないが「局内では視聴率の低い番組をなぜ受信料で作らなければならないのかと言う声も多い」(NHK関係者)

だが、視聴率が番組の良し悪しで決まるものではないことも確か。実際に低俗番組でも視聴率の高いものも多々ある。

NHKを含め民放テレビ各局は SDGs(持続可能な開発目標)を掲げて長期的なキャンペーンを積極的に行っている。しかし、このSDGsを実現するためのキーワードは「多様性」だ。そこには性別、年齢、国籍などの多様性もあれば、価値観やライフスタイルのなどの多様性もある。もし、これが視聴率という数字だけで判断され、年齢だけで切り捨てられてしまうとしたら、もはやSDGsの呼びかけも単なるマッチポンプに過ぎなくなってしまうだろう。

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