ウィーンは今後も国際テロの標的に

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11月2日はウィーン市民にとって忘れることが出来ない日となった。2日はカトリック教会の「死者の日」(Allerseelen)だが、そのためではない。イスラム過激テロリストが市内で4人の市民を殺害し、20人に重軽傷を負わすテロが発生した日だからだ。今月2日は「ウィーン銃撃テロ事件」1年目を迎える。

▲ウィーン銃撃テロ事件の犯行の場で追悼する宗教関係者(2020年11月6日、ウィーン市内、オーストリア国営放送中継放送から)

当方は昨年のその時間帯、前評判の高かったTVサスペンス番組「Vienna Blood」を家族と一緒に視ていた。突然、番組が切れた。画面はオーストリア放送のニューススタジオに移動し、アナウンサーが深刻な顔をして、「ウィーン市内でテロ事件が発生しています。状況はまだ不明です。外出しないで家に留まっていてください」と述べる一方、聖シュテファン大聖堂前で逃げ回る市民や重武装したテロ対策部隊の姿が映し出され、多数のパトカーが出動し、道路封鎖をしていた。

犯人はどうやら市内1区のユダヤ教のシナゴークを襲撃しようとしているのではないか、といったニュースが流れてきた。しばらくして、1人の犯人は内務省のテロ対策特別部隊コブラによって射殺されたという。しかし、テロリストは複数の可能性があるから、警戒するようにという。テログループは5人で市内至る所でテロを繰り返し、警察隊と銃撃戦をしているといった情報まで流れ、市民は深夜まで不安に駆られた。

最終的には、犯人は単独で、コブラ部隊に射殺されたことが明らかになった。数分間のテロで4人が射殺され、20人が重軽傷を負ったことが判明したのは朝が明けてからだ。それまで警察側は警戒態勢を敷き、射殺した以外のテロリストが暗躍していないか犯行周辺を捜査した。

助かった市民の中には近くのレストランに逃げ込み、警戒解除までそこに隠れていたといった話も後で分かった。殺害された犠牲者の中にはにはウィーンの大学で芸術を学び、夜レストランで働いていたドイツからの女学生が含まれていた。新しい職をもらえたので祝おうと路上で友人と待ち合わせをしていた若者もテロリストに射殺された。

犯人は20歳、北マケドニア系でオーストリア生まれ。2重国籍を有する。シリアでイスラム過激組織「イスラム国」(IS)に参戦するためにトルコ入りしたが、拘束された後、ウィーンに送還された。そして2019年4月、反テロ法違反で禁固1年10カ月の有罪判決を受けたが、刑務所でイスラム過激主義からの更生プロジェクトに積極的に参加し、同年12月5日に早期釈放された。その後、ドイツやスイスのイスラム過激派と交流していたことが判明している。

捜査が進むにつれて、ウィーン銃撃テロ事件は事前に防ぐことが出来た事件だったことが明らかになっていく。オーストリア内務省の「連邦憲法擁護・テロ対策局」(BVT)の対応ミスで事件は起きてしまった。犯人は2020年7月、スロバキアで弾薬を購入しようとしたが、武器保持証を所持していないために拒否された。その直後、スロバキア内務省はオーストリア内務省の「連邦憲法擁護・テロ対策局」(BVT)に犯人の不法弾薬購入の件を通達し、警戒するように伝えている。スロバキア側の通達時点で、オーストリア側が不法弾薬購入の件で犯人を即拘束できたが、オーストリア当局の怠慢もあって、犯人はその後も自由に動き、2日夜の銃撃テロ事件が起きた。

オーストリア政府は同月11日、「アンチ・テロ・パッケージ」(Anti-Terror-Paket)を発表し、従来のテロ対策で欠落していた部分を強化し、イスラム過激派の壊滅に乗り出す方針を明らかにした。例えば、刑務所から出所したイスラム過激派に対するGPS監視用電子装置の足輪(アンクレット)の導入、イスラム過激派の2重国籍の廃止、テロ担当検察官の設置、テロ関連法で有罪判決を受けたイスラム過激派には自動車免許の禁止、武器所持禁止、テロ対策での関係省、部門間の情報交換の促進などが挙げられている。

ドイツの政治学者、イスラム過激派テロ問題のエキスパート、ペーター・ノイマン氏はオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「テロ問題で大きな懸念は欧州で2021年か22年には100人以上のイスラム過激派が刑期を終えて出所することだ」と指摘、シリア内戦などから帰国し、拘留されていたイスラム過激派の出所後の対応について、欧州は準備しておくべきだと助言している。

オーストリアでは過去、3度大きなテロ事件が発生した。テロリスト、カルロスが率いるパレスチナ解放人民戦線(PFLP)が1975年12月、ウィーンで開催中の石油輸出国機構(OPEC)会合を襲撃、2人を殺害、閣僚たちを人質にした。81年8月にはウィーン市シナゴーグ襲撃事件、そして85年にはウィーン空港で無差別銃乱射事件が起きている。それ以降、首都ウィーンを舞台とした大きなテロ事件は昨年11月2日までなかった。

新型コロナウイルスの感染でコロナ規制が実施されていることもあって、テログループも組織的に計画したテロを実行することが難しくなっている。そのため、今後は単独のローンウルフ型テロが増えてくるという指摘が聞かれる。ただし、ローンウルフ型テロであっても、彼らはインターネットなどを通じて組織とつながりを持っているケースが少なくない。

オーストリア、特にその首都ウィーン市は世界的な観光地であると共に、国連、石油輸出国機構(OPEC)、欧州安全保障協力機構(OSCE)など30を超える国際組織の本部、ないしは事務局がある国際都市だ。テロ専門家たちは「ウィーンは今後も国際テロ事件の標的となる」と警告している。

<参考>
第2ロックダウンと銃撃テロ事件」2020年11月4日
20歳のテロリストの『9分間の戦い』」2020年11月5日
ウィーン銃撃テロ事件は避けられた」2020年11月6日
イスラム過激テロ事件と『勲章』」2020年11月8日
アンチ・テロ・パッケージ」2020年11月13日
テロリストの照準は宗教施設に」2020年11月30日


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年11月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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