コロナ禍でもマスクはつけなくてOK、自由に街中を出歩いても良いーー。
新型コロナ対策をめぐり、昨年スウェーデンが取った独自対策は世界から注目を集めた。他の欧米諸国が取ったロックダウン(都市封鎖)を行わず、比較的緩い独自の方針をとったのだ。
その後、止まらない感染者増に対して12月には国王が対策を「失敗」だったと認め、今年の年初からはマスクの使用が推奨されるなど対策の見直しなどが行われたが、今年9月、これまで飲食店や公共施設に課されてきた規制のほとんどが取り払われ「全面解除」となった。
2020年夏に東京からスウェーデンのストックホルムに移住した田近昌也氏が、現地の様子をリポートする。
田近昌也
マスクなしで規制解除を祝う人々で混み合うバー
10月に入り、東京ではまだ最高気温が20度前後の日も珍しくない中、筆者の住む北欧スウェーデンの首都ストックホルムでは10度を切る日が続き、木々の赤や黄色が街を彩る本格的な秋を迎えている。
そんな中、段階的にコロナウイルス感染症対策のための規制解除を進めてきたスウェーデン政府は、この9月29日、その第四ステージとしてこれまで飲食店や公共施設に課されてきた規制のほとんどを解除した。
田近昌也
街中を見回してみると、一時期は散見されたマスクを着用している人はほぼ見られず、マスクが今や外出時の基本アイテムとなっている日本とは大きく違う状況が見られる。
筆者は、2020年夏に東京からストックホルムへ移り住んだ。羽田空港から長時間のフライトを常時マスク着用で過ごした後、本当にスウェーデンへ入国できるのかわからずに緊張しながら、ガラガラの入国審査を無事抜けると、自主隔離などの義務もなく意外にあっさりと、ストックホルムでの生活に入ることができたのだった。
オリンピックの1年の延長が決まった東京では、夏に入ってからコロナ感染症のちょうど第二波を迎えており、外出後の2週間はびくびくしながら症状が出ないことを祈ったものだった。一方のストックホルムの街中では、人とハグや握手をしなくなった以外はカフェやスーパーでも極めて通常運転に近い状況であった。それでも到着当初は、外出の際は自分だけでもと思ってマスクを着けて歩いていたものだったが、あまりに誰もマスクをしていないので、日本からまとめ買いして持って行ったマスクは、2021年の1月以降、政府によってマスク着用の勧告が出されるまで、ほぼ手付かずの状態が続いた。
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日本を上回る面積の国土に、東京の人口よりも少ない約1000万人しか住んでいないという人口密度の差もあるのだろうが、首都のストックホルムといえども、満員電車というものも存在せず、普通に生活している分にはあまり「密になる」状況がもともと生まれにくい。そんな中で緊急事態宣言等が発令されることもなく、上記のような淡々と日々の暮らしが営まれる様子を見て、やや拍子抜けしたものだった。
そういう訳で、移住以来生活が大きく制限されたと感じる瞬間はほぼなかったが、スウェーデンとしてはその戦略に対する国内外からの批判もあった中で、こうして他のヨーロッパ諸国と比べても非常に早く規制解除が可能な現在の状態にまでこぎつけたのだから、概ね成功といっても差し支えないだろう。
現時点でスウェーデンでは16歳以上の約70%が少なくとも一度のワクチン接種を受けており、保健社会相レナ・ハレングレン氏は今回の規制解除にあたって「重要なのは、普段の日常生活に戻るためのさらなる一歩を、今我々が踏み出そうとしていること」(筆者訳)と述べている。高齢者やリスクグループから始まったワクチン接種のプロセスは、年齢グループごとに順番にアプリ上で予約を行うシステムで管理されており、外国人である筆者も同世代のスウェーデン人たちから遅れることなく、8月には二度目の接種を完了させた。
ワクチンへの向き合い方という意味では、ウイルスに感染した際の重症化を抑えることが目的で、個人としては気を抜くことなくこれまで通り感染対策を行うべき、という考えももちろんあるだろうが、スウェーデンではハレングレン氏の言葉通り「元の生活に戻るため」という意味合いが大きいと感じている。そういう点では、アメリカやフランスで見られたようなワクチン反対派による大きなデモなどもなく、接種は極めてスムーズに行われた印象であり、コロナ前の生活に戻るために社会全体が動いていると感じられる。
この規制解除措置は同じく先月コロナウイルス対策の規制を取り払ったデンマーク、ノルウェーに続き、スカンジナビアでは3番目となるが、スウェーデンの大手紙「Svenska Dagbladet」や「Dagens Nyheter」は、「歴史的出来事」などという見出しとともに、規制解除を祝う人々で賑わうバーやナイトクラブの様子を報じた。
現地で感じた規制解除後の変化
さて、筆者は規制解除の日に夜の街へ繰り出すことをしなかったので、あいにくバーやナイトクラブがどれほどの賑わいであったかを直接目にすることはできなかったのだが、それでも筆者の周りでいくつか状況の変化を肌で感じられた出来事があった。
一つ目は10月1日、スウェーデン南部の街ユングビューで開催されたアイスホッケーの試合だ。アイスホッケーはスウェーデンではサッカーやハンドボールなどと並び人気のあるスポーツだ。人口約1万5000人と決して大きくはない街にもかかわらず、アリーナには2000人以上の観客が詰めかけた。スタンドを見渡すと、ゴール裏のエリアは満席状態となっており、試合中立ちっぱなしで熱い応援を見せるサポーターたちの姿があった。
田近昌也
二つ目はコンサートの鑑賞だ。映画や観劇、それにライブイベントなども、こちらではもっとも厳しいときで8人までという人数制限があったが、9月末からスポーツ観戦同様制限がなくなった。ちょうど王立スウェーデン歌劇場や、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の拠点であるストックホルムコンサートホールでは、今シーズンのチケット販売のタイミングと重なったこともあり、コンサートなどのイベントに飢えていた人々によって、人気プログラムは発売後あっという間に売り切れとなった。
実際コンサートでは、責任者による挨拶でも無事にシーズンを始められたことを祝う言葉があり、ステージでの演奏を観客も、そして奏者側も楽しんでいるように見えた。
規制解除後も変わらない部分も?
コロナ禍の前後を比べると、その生活様式でもっとも変化が大きかった部分の一つとして、在宅勤務の普及が挙げられる。スウェーデンでも政府から出された勧告によって昨年から1年以上にわたって多くの人がリモートで仕事を行っていたが、この9月末の規制解除によってこの勧告も解除されたことになる。
筆者は昨年の移住以来、約1年にわたってスウェーデン語のオンライン授業を受けてきたが、上で述べた段階的な規制解除とタイミングが重なったコース終了間際の1ヶ月は、対面での授業へと戻った。周りの人たちもリモートからオフィス勤務へ戻っているケースもあるが、こちらではコロナ禍の間、日本以上にリモートワークが社会に深く浸透した。イノベーティブであることで知られ、高い柔軟性を誇るスウェーデンという国において、社会が再びオフィス中心の勤務スタイルに戻るのか、それともリモートワークが働き方の主流であり続けるのか、興味深いところである。
一方、コロナ感染症対策のほとんどが解除されたからといって、解除前とそこまで大きく変わらない部分もある。市内の中心部に出てみると確かにレストランやバーは賑わってはいるが、スウェーデンではもともと、親しい人と会うときは外食ではなく、家に招くことがごく普通に行われていたし、コロナ禍においては、友人や家族と森や湖の周りを散歩する市民を多く目にした。
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首都といえども森や湖などの自然へのアクセスが非常に良く、地に足のついたシンプルな生活を大事にするこの国の習慣が、規制解除によって突然変わるということは考えられないだろう。
規制解除後のスウェーデン社会に残る懸念とは?
このように、規制解除をもって「普段通りの生活」へ向けての一歩を踏み出したスウェーデンだが、マスク着用者は街中でほぼ見なくなったとはいえ、レストランや教会、それに図書館などのあらゆる公共施設には、今でも必ず消毒用アルコールが置かれており、必ずしもコロナ禍が完全に終わったとはいえないことを思い出させる。
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また、規制解除以降のスウェーデンにおける新規感染者数は1日約800~1000人を推移しており、ワクチン接種を完了しているにも関わらずブレークスルー感染が起こり得ることを考えると、再度規制が出される可能性は大いにあるし、実際に規制解除が早すぎるのではないかと懸念する医療従事者の声をスウェーデンの公共ラジオ局「Sveriges Radio」が報じている。
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また10月7日、スウェーデン政府は隣国デンマークとともに、モデルナ社製ワクチンが稀に心筋炎などの副作用につながる恐れがあるとして、30歳以下への使用を中止するという方針を決めた。スウェーデンでは現時点でワクチン接種が可能な年齢は16歳以上であるが、このモデルナ社製ワクチンに関する決定によって、若年層への接種の進捗に相応の影響が出ることも考えられる。
最後に、スウェーデンと日本との行き来について述べておくと、日本からのスウェーデンへの入国は2021年6月に一旦規制が解除されていたが、9月20日から再度日本を含むEU/欧州経済領域(EEA)外からの入国は特別な理由がない場合は禁止となっており、10月10日時点でも継続中である。
一方、EU/EEA圏内からの訪問であれば2回のワクチン接種済みであることを証明する書類を提示することで可能となっており、ホリデーシーズンの欧州内での移動は今後さらに増えることと思われる。欧州内でも地域ごとに感染状況のバラつきがあることを考慮すると、今後新たな変異株が入り込むなどした場合、状況が悪化することも大いに考えられるだろう。
この記事では9月末にスウェーデン政府によって行われたコロナ対策の規制解除について、現地在住の筆者が肌で感じた変化をお伝えした。折しも今年のノーベル賞受賞者がこの10月上旬に発表されたが、12月に行われる授賞式は昨年に引き続き、リモート対応となる予定とのことである。
まだ世界中で足並みをそろえて前に進むことができる状況とはとてもいえないが、これから長い冬、そしてクリスマスに向けて、規制解除後のスウェーデン社会がどうなるのか、じっくりと見ていきたい。
【参照】
https://www.krisinformation.se/en/hazards-and-risks/disasters-and-incidents/2020/official-information-on-the-new-coronavirus/how-restrictions-will-be-phased-out
https://ourworldindata.org/covid-vaccinations?country=SWE
https://www.svd.se/pandemin-som-bortblast-en-historisk-handelse
https://www.dn.se/sverige/sverige-oppnar-polisen-redo-for-stokig-natt/
https://www.dn.se/kultur/stockholms-nattliv-oppnar-sa-var-forsta-utekvallen/
https://www.anzen.mofa.go.jp/od/ryojiMailDetail.html?keyCd=119622
https://www.folkhalsomyndigheten.se/the-public-health-agency-of-sweden/communicable-disease-control/covid-19/vaccination-against-covid-19/children-and-adolescents–information-about-vaccination-against-covid-19/