日本人研究者の海外流出防げぬ訳 – PRESIDENT Online

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政府は、今年度中に10兆円規模の大学ファンドの運用を始める。その目的は、研究費や人材育成の資金捻出で、大学側にはさらなる組織改革を求めていくという。ジャーナリストの知野恵子さんは「背景には、金持ち研究室と貧乏研究室の深刻な格差がある。このままでは研究者の海外流出は防げそうにない」という――。

総合科学技術・イノベーション会議で発言する菅義偉首相(左)=2021年8搈26日、首相官邸総合科学技術・イノベーション会議で発言する菅義偉首相(左)=2021年8月26日、首相官邸 – 写真=時事通信フォト

10兆円規模の「大学ファンド」が始まる

「稼げる大学」という言葉が、8月末にネットを飛び交った。政府の総合科学技術・イノベーション会議(議長・菅義偉首相)が、10兆円規模の大学基金(ファンド)創設、大学の経営力強化などを通じて、大学の自己収入を増やす方策を提案したからだ。知の探究や次世代育成の場である大学が、なぜ今「稼ぐ」ことを求められるのか。

ネットでは反発する声も目立ったが、大学が「稼ぐ」こと自体は悪いことではない。特に国立大学は、国から配分されるお金が減少する中、産業界との共同研究や、学外から研究費を獲得する「外部資金」などによって自己収入を拡大してきた。

だが今回の「稼げる大学」は、そうしたものとは「質」が異なる。10兆円規模の巨額の大学ファンドを創設し、その運用益を、研究費や人材育成に充てるという、これまでにない方法をとるからだ。投資文化が根付かない日本では、思い切った政策だ。

ファンドが支援する対象は、国公私立を問わず、トップクラスの研究大学で、政府が「特定研究大学」(仮称)に指定する。指定にあたって政府は、経営強化と組織改革を大学に求める。

ノーベル賞常連の日本がまさかの10位に転落

背景には、日本の科学研究力の低下がある。文部科学省科学技術・学術政策研究所が8月に発表したデータは、「科学技術立国」を標榜してきた日本にとってショッキングなものだった。世界で注目される質の高い論文数のランキングで、中国が初めて米国を抜いて1位になる一方、1990年代後半には米英独に続いて4位だった日本は、昨年よりさらに1位落ち、インドより下の10位になった。

2000年以降、日本人のノーベル賞受賞が続いたため、「日本の研究レベルは高い」と思われてきた。だが2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典・東京工業大栄誉教授は、受賞決定直後の祝賀ブームの中、「研究費が絶対的に不足している」「若い人が次から次に出てこないと日本の科学は空洞化する」と、先行きを危ぶんだ。改めてそれがデータで裏付けられた形だ。

すぐに役立つか分からない基礎研究には冷たい

政府は1995年から「科学技術立国」を掲げ、さまざまな政策を進めてきた。資源の乏しい日本は、科学技術の研究と成果で発展する、という考えからだ。にもかかわらず、なぜ逆の結果になってしまったのか。

大きな原因はお金だ。文科省科学技術・学術政策研究所の調査によると、2019年の日本の研究開発費の
総額は18兆円。米国と中国に続くが、米国68兆円、中国55兆円と規模が違う。対前年伸び率も、日本0.2%に対し、米国8.2%、中国12.8%。勢いが異なる。

ことに切実なのは国立大学だ。2004年の法人化後、国から大学へ配られる「運営費交付金」は減少を続け、この16年間で総額1兆2400億円から1兆800億円へ減少した。これまで運営費交付金は、結果が出るまで時間がかかる基礎研究にも使われていたが、回せるお金が少なくなった。それがボディーブローのようにきいてきている。

国からのお金が減った分、研究者は外部の研究資金に応募・審査を受け、研究費を獲得しないと研究を続けることができない。だが、外部資金の最大のスポンサーである政府は「選択と集中」政策を進め、産業や暮らしにすぐに役立ちそうな研究や、世界が競い合うような旬のテーマにお金を投じる。

例えば、健康・医療、ICT(情報通信技術)、AI(人工知能)、自動運転、量子技術、省エネ、防災、環境などの分野には積極的にお金を投じる。しかし、すぐに何に利用できるか分からないような基礎研究には冷たい。

「金持ち研究室」と「貧乏研究室」の格差が深刻に

その結果、「局所バブル」が起きた。同じ大学でも、予算をたくさん獲得した「金持ち研究室」と、予算不足を嘆く「貧乏研究室」が存在する。金持ち研究室の中には予算が余り過ぎて使い道に困り、高価な外国製の実験装置を購入するところもある。

一方、「選択と集中」の対象にならなかった研究者は、基礎研究にも配分される科学研究費補助金(科研費)を頼り、応募する。しかし、科研費の競争率は高く、新規採択の割合は3割を切る狭き門となっている。

さらに、政府が「科学技術立国」政策の柱として、若手研究者に対して、定年までひとつの組織で働くのではなく、さまざまな研究の場を渡り歩いて武者修行をすることを求めたことが、若手の不安定な身分を生んだ。高齢の研究者は定年まで身分が安定しているのに、若手は3~5年の任期付きで採用されることが多く、世代間の「格差」が生まれている。

ノーベル賞受賞のきっかけとなった研究は、30代の成果であることが多いが、その時期を不安定なまま過ごしている様子を見聞きすれば、若い人々の間で研究者になろうという意欲も減るだろう。研究力低下へもつながる。

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