福島県に実在 映画館を巡る映画 – 羽柴観子

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コロナ禍で映画館が休業に 初めて気づいた場所の大切さ

昨年2月から5月にかけて、緊急事態宣言により都内の映画館が休業となった。
飲食店も休み、カラオケ店も美術館もライブハウスも休み。とにかくステイホームだ。家にこもるのは苦に感じないタイプなのでこれ幸いとNetflixやAmazon Primeを駆使して家でたくさん映画を観よう、と思っていた。

しかし、蓋をあけてみるとまったくといっていいほど映画を観なかったのである。
情けないことに、家で映画をみていると途中でスマホを手にとったり、飲酒しながら観るので何度もトイレに席を立ったり、あげく寝落ちしたり…。
私はこのとき初めて、自分は“映画館に行く“行為が必要な人間なのだということに気がついた。

(C) 2021 映画『浜の朝日の嘘つきどもと』製作委員会

映画館という“場所”に焦点をあてた稀有な作品

9月10日に全国ロードショーとなる、映画『浜の朝日の嘘つきどもと』は、福島県・南相馬市に実在する映画館「朝日座」をめぐる物語。
経営状況が厳しく、閉館を決めた支配人・森田保造(柳家喬太郎)のもとに、東京から「茂木莉子」(高畑充希)と名乗る女性がやってくる。彼女は、病に倒れた恩師である田中茉莉子(大久保佳代子)の「朝日座を立て直してほしい」という約束を果たすために映画館を守ろうと奔走するのだった。

今年公開された青春SF映画『サマーフィルムにのって』や、アニメ映画『映画大好きポンポさん』のように、「映画制作を描いた映画」というのは国内外問わず多くあるが、それに比べると映画館そのものに焦点をあてた作品は少ない。

『浜の朝日の嘘つきどもと』の台詞にもあるが、いくら作品があってもそれを上映する映画館がなければ意味がないはずなのに、正直なところ私はこれまで作品のことばかり考えて、映画館という“場所”のありがたみについてあまり考えたことがなかった。

(C) 2021 映画『浜の朝日の嘘つきどもと』製作委員会

昨年から続く新型コロナウイルスの影響で、映画館だけでなく、ライブハウス、劇場などが休館を余儀なくされた。多少の規制は緩和されたものの、今でも決して状況が良くなったとはいえない。
しかし、劇中で支配人・森田が「震災はなんとか持ちこたえたけど、そこにコロナだ」と呟くのを聞いたときに、はっとした。
この場所は、10年前にも苦境に立たされていたのだ。

東日本大震災から10年後を生きる人々の日常

朝日座は福島県南相馬市に実在する、創業約100年の歴史ある映画館。東日本大震災の際、南相馬市は海辺にあるため津波の大きな被害があった。また、原発から20キロ圏内の地域は強制的に避難しなければならなかったというが、朝日座はギリギリそのなかには入らなかったものの、およそ30キロの位置とほど近く、原発事故の影響も大きく受けた土地なのだ。

本作は、福島中央テレビ開局50周年記念作品として2020年10月に放送された同タイトルのテレビドラマ版の前日譚にあたる。
南相馬市が舞台ということもあり、ふとした会話のなかに震災のエピソードが出てくるものの、声高に強調されることはない。むしろそうすることによって、震災とともに生きてきた住民らの日常をごく自然に描いているようにみえる。

(C) 2021 映画『浜の朝日の嘘つきどもと』製作委員会

本作の監督・脚本はタナダユキ。映画『百万円と苦虫女』(2008)で日本映画監督協会新人賞を受賞し、その後も『ふがいない僕は空を見た』(2012)、『四十九日のレシピ』(2013)、『ロマンスドール』(2020)など数々の話題作を世に放ってきた。

遡ること5年前に、福島中央テレビ開局45周年のドラマ『タチアオイの咲く頃に~会津の結婚~』をタナダ監督が手掛けたことがきっかけで、今回のドラマ・映画制作が決定したそうだ。

当たり役? 大久保佳代子演じる「茉莉子先生」の魅力

映画に限らず、物語に「恩師」が登場することは少なくない。
そのたびに、自分にとっての恩師は誰だったのだろうかと思いめぐらせるのだが、なかなか浮かんでこない。学校よりも家で過ごすほうが好きだったので、朝から「早く帰りたいなあ」とぼやき、部活動は毎日さぼる理由を考えていた。そのため、特定の先生と親しくすることもなかった。

本作で重要なキーパーソン「茉莉子先生」を演じるのは、お笑いタレントの大久保佳代子。
茉莉子先生は、学校にも家庭にも居場所のなかった莉子に映画の魅力を教えてくれた恩師だ。莉子の家出をきっかけに、この二人はほんの少しの間、共同生活をすることになる。

(C) 2021 映画『浜の朝日の嘘つきどもと』製作委員会

茉莉子先生は、仕事はできるのに男運に恵まれず、失恋するたびに『喜劇 女の泣きどころ』を観ては号泣する、というユニークなキャラクター。盲目的に生徒をかわいがるのではなく、人として尊重しつつも対等に扱ってくれる先生で、たまに新しい男ができると「今日は駅前のホテルに泊まっといてくれる?」と莉子にお金を渡し、足取り軽やかに部屋へ戻っていくようなチャーミングな“ずるさ”もある。

飄々としていて、ちょっとはすっぱなところがあって、だけどしっかりとした主張を持っていて愛情深い。この役柄と、酸いも甘いも噛み合分けた雰囲気を持つ大久保佳代子のキャラクターがぴったりとハマっている。先生役といえば「清く、正しく、熱血」なイメージがつきまといがちだが、そうではない側の先生。ほどよく肩の力が抜けた茉莉子先生は見ていて心地良く、ちょっとダメなところに人間的な魅力がある。

「映画館は必要なのか」で思い出す“不要不急”という言葉

劇中では、“とある施設”と比べて映画館は住民にとって必要なのか、という議論も展開される。その施設は住民の健康を保持するのに役立ち、さらには雇用も生み出すことができるというのだ。

「若者はYouTubeしか観ない」、「映画館に足を運ぶ人は減っている」というのを最近よく耳にする。
わざわざ指定された時間に映画館へ出向かずとも、Netflixなどの配信サービスを利用すれば家で映画を楽しむことができる時代だ。普段、映画館へ行く機会の少ない人からすれば、その場所がなくなったとしてもそれほど困ることはないだろう。

(C) 2021 映画『浜の朝日の嘘つきどもと』製作委員会

しかし、だからといって「これとこれのどちらが必要か」ということを何らかの優劣で決めることは良くないことだと思っている。それはコロナ禍で嫌になるほど聞いてきた「不要不急」という言葉と重なるからだ。
映画や絵画を観たり、生演奏を聴いたりしてもお腹が満たされることはない。だが、それらは他の何にも代えがたい、誰かにとって必要なもの。そしてそれらを提供してくれる場所と人がいなければ私たちはそれを享受することができないのだ。

そんな風には思っていても、劇中でのやりとりをみて「どう答えるのが正解なのだろうか…」と頭を悩ませてしまう自分がいたことは確か。

この問いに対する答えは、もちろん劇中で得ることができる。
“正しさ”を求められがちな風潮のなか、前向きでどんなときにもユーモアを忘れない人々の生きざまを描くこの作品らしい答えに、思わず「そうだ、それでいいのかもしれない」と頷いた。

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『浜の朝日の嘘つきどもと』
9月10日(金)全国ロードショー
監督:タナダユキ
出演:高畑充希 柳家喬太郎 大久保佳代子 甲本雅裕 佐野弘樹 神尾 佑 竹原ピストル 光石 研/吉行和子
公式HP:https://hamano-asahi.jp/
配給:ポニーキャニオン

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