【大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」】Dynabookを統括するシャープのICT事業はどう進化するのか?そして補聴器事業に新規参入する狙いとは

PC Watch

津末氏

 シャープのICTグループは、PC事業を行なうDynabook、AQUOSスマートフォンなどのスマホ事業を行なう通信事業本部、クラウドサービスを提供するAIoTクラウド、そして、今後の成長領域に位置づける健康・医療・介護事業で構成する。2021年9月からは、通信事業の技術を活用して、新たに補聴器市場に参入。ICT事業の拡大に積極的に乗り出している。

 シャープの専務執行役員 ICTグループ長の津末陽一氏に、PC事業の現状や、新たな補聴器事業への取り組みなど、ICTグループの成長戦略について聞いた。

ブランド事業の一角を担うICTグループ

 シャープは、「8K+5GとAIOTで世界を変える」を事業ビジョンに掲げ、白物家電を中心とした「スマートライフ」、テレビや複写機などによる「8Kエコシステム」、通信やIT、クラウドを担当する「ICT」による3つのブランド事業と、それを支える「ディスプレイデバイス」、「エレクトロニックデバイス」による2つのデバイス事業で構成している。

 ICTグループは、2018年10月に、東芝のPC事業を買収して設立したDynabookと、AQUOSブランドのスマホ事業などを展開する通信事業本部、AIoTプラットフォームによる各種クラウドソリューションや、コミュニケーションツールのLINC Bizの開発、提供などを行なうAIoTクラウド、スマート医療ソリューションや医療/介護従事者サポートソリューション、オンライン診療ソリューションを提供する健康・医療・介護事業などで構成している。

3年目の節目を迎えるシャープ傘下でのDynabook

 先にも触れたように、PC事業は、2018年10月に、東芝のPC事業を手掛けていた東芝クライアントソリューションの発行済株式80.1%をシャープが取得。2019年1月に、東芝クライアントソリューションの社名をDynabookに変更した。2020年8月には完全子会社化している。シャープ傘下で事業を再スタートして、ちょうど3年目の節目を迎えるところだ。

dynabook V83

 一方、シャープのPC事業は、1980年代前半に、NEC、富士通とともに、8ビットパソコン御三家の一角を担い、MZシリーズやX1シリーズなどが人気を博していた時期もあったが、2009年に発売した「Mebius PC-NJ70A」を最後にPC市場から撤退。その系譜は途絶えている。つまり、いまのシャープのPC事業には、シャープからの流れはなく、東芝のPC事業の流れを引いている。

 津末氏は、「Dynabookは、国内事業が約6割であり、海外では欧米中心に事業が成長している。高機能モデルから、Chromebookによる普及モデルまで幅広いレンジで展開しているが、その中心はBtoBである。MIL規格に対応するなど、堅牢で、丈夫で、安心して、オフィスなどで利用してもらえるPCづくりを目指しており、Dynabookが培ってきたノートパソコンの技術をベースに展開しているのが特徴である」とする。

津末氏

 シャープでは、2016年8月に、鴻海グループの傘下に入って以降、増収増益に向けた体質づくりを最重視している。Dynabookも、その姿勢は変わらない。

 「コロナ禍で市場環境が変化したり、半導体やパネルをはじめとする部品調達に遅れが出る中でも、Dynabookは黒字を確保している」と前置きし、「部品が足らずに、製品が作れず、納められないとい場合もある。だが、その際には、お客様のもとに出向き、もう一度、別の製品をオファーして、商談を再度獲得するといったこともやっている。増収増益を達成するには、それだけの覚悟が必要だ」と語る。最新四半期となる2021年度第1四半期(2021年4~6月)も、PC事業は引き続き黒字化を達成した。

 注目を集めているのは、2021年3月から発売した同社初のChromebookである。ブランドはdynabookだが、製品化にはシャープの通信事業本部が深く関与した製品であり、シャープとDynabookの共同開発というスタンスをとった。シャープにとっては、事実上、10年ぶりのPC市場再参入を果たした製品と位置づけられている。

LTE内蔵「Dynabook Chromebook C1」

 「教育市場では、Chromebookに対する高いニーズがあるものの、競合他社が積極的な提案を行なっている。当初の想定に比べると厳しい状況にはあるが、多くの引き合いがある」とする。当初はLTE対応モデルを投入。7月にはWi-Fi専用モデルを追加。今後も品揃えを強化していくことになりそうだ。

 一方、2021年1月には、AIoTクラウドをDynabookの100%子会社に再編した。

 AIoTクラウドは、2019年8月にシャープの100%子会社として設立。同社が展開するAIoT家電のクラウドプラットフォームを提供したり、機器メーカーやサービス企業同士が、生活データの連携を行なえる「AIoTプラットフォーム」の開発、運営を行なうほか、国内の自社データセンターによる法人向けクラウドソリューションサービスを提供している。

 「Dynabookが得意とするモノづくりの強みと、AIoTクラウドが持つAIやクラウド、サーバーを活用したソリューション提案力を組み合わせることで、両社のいいところ取りを実現できる。Dynabookが顧客を訪問する際に、AIoTクラウドが同行して提案を行なうことで、Windowsパソコンの販売だけでなく、困りごとや課題解決などに直結するソリューションを組み合わせた商談を行なうことができ、これまでにない商談獲得の成果があがりつつある」とする。

 AIoTクラウドには、200人強の社員が在籍するが、そのうち、約9割がシャープの白物家電のネット接続を行なうインフラなどを担当してきた。「これまでは、シャープの社内を対象にビジネスを行なうことが多かったAIoTクラウドが、今後は、新たな技術を外に向けて販売していくことになる」とする。

 Dynabookでは、新たな働き方の可視化ソリューション「Job Canvas」や、8K映像編集PCシステム、手のひらサイズのモバイルエッジコンピューティング「dynaEdgeシリーズ」、オールインワンクラウドサービスを活用した「dynacloud」のほか、AIoTクラウドが持つ車両やドライバー、荷物の状況をリアルタイムに把握する車載ソリューション「LINC Biz mobility」などのソリューション事業の拡大に取り組む姿勢をみせる。

 「私自身、Dynabookの本社がある東京・豊洲に席があり、Dynabookの覚道清文社長とは、常に情報交換を行なっている。ハードウェアの共通化、ソフトウェア連携、ソリューションの強化などを通じて、さらに事業を成長させたい」とする。

 シャープ傘下に入って、3年目の節目を迎えるDynabookは、2021年度中には、上場が予定されている。

 2021年8月に行なわれた決算発表の席上でも、シャープの野村勝明社長兼COOは、「2021年度中のDynabookの上場計画については変更がない」と改めて強調した。

 津末専務執行役員は、「Dynabookが上場すれば、独立性が高まり、ビジネスの柔軟性やスピード感が高まることになる」と期待する。

 Dynabookにとっては、今年は、次の成長に向けた大きな節目を迎えていることは明らかだ。

シャープの事業体制

なぜ、シャープが補聴器市場に参入するのか?

 ICTグループが新たに投入するのが、補聴器だ。

 ワイヤレスイヤホンスタイルの耳あな型補聴器「メディカルリスニングプラグ MH-L1-B」がそれで、9月中旬から発売する。

メディカルリスニングプラグ

 日本には約1,430万人の難聴自覚者がいるが、補聴器の所有率は約14%に留まっている。補聴器が高価であったり、調整のために何度も店舗に足を運ぶのが面倒だったり、装着することに慣れない、あるいは見た目が格好悪いというのが、補聴器の所有率が低い理由だ。

 だが、コロナ禍では、会話が聞き取りにくいことを自覚する人が、コロナ前に比べて1.5倍も増加しているという結果が出ている。マスクの着用やソーシャルディスタンスの確保によって、会話が聞き取りにくい状況が生まれたり、オンライン会議でも聞き取りづらさを自覚したりする人が増加しているからだ。

 シャープ 通信事業本部デジタルヘルスソリューション事業推進部長の石谷高志氏は、「まだまだ現役でバリバリ働きたいが、聴力の低下で仕事を続けられるのか、パフォーマンスが落ちないかなどの不安を持っている人が多い。こうした人たちに向けて開発したのがシャーフの補聴器。聴く力が健康な状態である『健聴寿命』を延伸することに貢献したい」と語る。

充電ケースはスライド式USB Type-Aコネクタを内蔵し、PCからダイレクトに充電可能

 軽度および中等度難聴者を対象にし、40~60代といったビジネスマンもターゲットにしている。ワイヤレスイヤホンのようなスタイリッシュなデザインにもこだわった。

 個人の聞こえ具合に合わせて会話を聞き取りやすくするリスニングモード、ワイヤレスイヤホンのように、スマートフォンなどで再生した動画の音声や音楽などを楽しめるストリーミングモードのほか、本体内蔵のマイクを使って、スマホでの通話時やオンライン会議時などにハンズフリーで会話ができる機能を搭載。さらに、オフィスで働くビジネスパーソン、ホテルやレストランの接客スタッフ、建設現場のエンジニアなど、利用環境に応じた10種類のシーンデータをプロが作成し、状況ごとに最適な設定を行なえるようにした。

 「眼鏡や時計のように日常的に着用したくなる新しいスタイルの補聴器として提案したい」と意欲をみせる。

補聴器とスマートフォンとの連携

 シャープは、製品化において、管理医療機器の認証を取得。補聴器としての性能、品質、安全性を備えながらも、購入のハードルを大きく引き下げる努力をした。

 希望小売価格の9万9,800円(税別)は、一般的に両耳で30万円となる補聴器市場においては破格だ。これを実現するために、調整や相談などの技術サポートをケアプランとしてオプション化したり、サポートをリモート化したりすることで初期費用を抑えた。これらは業界初の試みだ。

 具体的には、スマホと連携したCOCORO LISTENINGサービスを新たに提供。認定補聴器技能者や言語聴覚士の資格を持つ専門家が、リモート環境でフィッティングの調整などを行ない、これらのサービスを60日間無償で提供する。また、1年間のフィッティングサービスや5年間延長保証、盗難/紛失補償を、ケアプランとして3万3,000円で提供する。

 スマホを活用して、聴力チェックを通じて行なう初期設定のほか、使用開始後のビデオカウンセリングや聞こえ具合の微調整などのフィッティング、聞こえ具合のトレーニングや日々使用する中ででの相談などを、デジタル技術の活用によって、自宅にいながら手軽に行なえる点も、これまでにはない取り組みだ。

 「補聴器を着けたくないという人が多いが、新製品では、音楽を聴いているというスタイリッシュなデザインを採用したり、サポートのリモート化で、より手軽に身につけられる環境を整えることを目指した」という。

 今回の製品は、スマホ事業を担当している通信事業本部が開発しており、それもスマホなどを活用したサービスの創出につながっている。そして、電池内蔵の充電ケースでは、USB Type-Cケーブルでの充電のほか、スライド式USB Type-Aコネクタを内蔵しており、PCからダイレクトに充電することもできる。PC事業を展開するICTグループによるモノづくりらしい部分でもある。

 毎週のように会議を行ない、10万円前後という価格設定の中で、シャープの特徴を出せるモノづくりにこだわることを徹底。専任者を配置し、教育を行なうことでリモートフィティングの体制を、新たに敷くことにも成功したというわけだ。

 約1年をかけて開発した同社初の補聴器について、津末専務執行役員は、「私自身、6月から試作機を使っており、その使い勝手の良さからも二重丸の完璧な製品が完成したという手応えがある。ただ、新規参入分野であり、これから認知度を高めていかなくてはならない。その点を考えれば80点」と、自己採点してみせる。

ヘルスケア事業を成長の柱に掲げるシャープ

 シャープは、「Industry」、「Security」、「Smart office」、「Entertainment」、「Health」、「Automotive」、「Education」、「Smart home」の8つの事業分野を中心として、ブランド企業としての成長を目指している。補聴器は、この中の1つである「Health」に分類される製品だ。

 津末専務執行役員は、「健康・医療・介護分野においては、すでに発売している調理家電や空調家電、マスクといった健康関連機器・サービスに加えて、ICTグループが担当するスマート医療ソリューション、医療/介護従事者サポートソリューション、オンライン診療ソリューションの3つの観点で取り組んでいる」と前置きし、「新製品は、社会課題の解決に寄与する新しいスタイルの補聴器になる」と位置づける。

シャープのヘルスケア事業

 シャープでは、2020年6月に、医療機器製造販売業者のニューロシューティカルズとの協業を発表しており、今回の補聴器は協業第1弾製品となる。

 津末専務執行役員は、2020年6月に、東広島市の通信事業本部に出向いた際に、数々の健康・医療・介護分野の商品企画案を目にしたという。そのなかの1つが、今回の補聴器である。

 「医療ソリューションを創り上げるには、医療現場のマーケティングをはじめ、薬機法など業界特有のハードルが多い。提案された企画案の中には、薬機法の承認を得なくてはならならず、製品化まで時間がかかるものもあった。今後は、その時に提案されたものを含めて、通信事業本部から第2弾、第3弾のヘルスケア分野の製品が登場することになる。シャープの通信技術やネットワークサービスのノウハウも積極的に活用し、シャープのヘルスケア事業を育てたい。いまは小粒だが、5年後には、一定の事業規模を目指し、シャープも医療機器をやっているという認知度を高めたい」とする。

シャープICTグループが目指すのはソリューションカンパニー

 2019年6月にシャープ入りした津末専務執行役員は、ソニー出身であり、ソニー・オリンパスメディカルソリューションズの社長を務めるなど、ヘルスケア分野に精通している。この分野での事業拡大を目指すシャープにとって、津末専務執行役員が持つノウハウは重要な意味を持つ。

 「補聴器の製品化に向けて、最もこだわったのは品質。安心して使っていただくためのモノづくりを最優先に掲げた。コンシューマ製品とは異なり、承認が必要だったり、製品だけの品質だけでなく、生産拠点における品質を確保した運用も必要である。ここはハードルが高い部分。今回の補聴器の製品化においても苦労したが、ヘルスケア業界ならではの難しい部分をクリアするために、私の経験を生かすことができた」とする。

 シャープは、2021年5月に発表する予定だった新たな中期経営計画の中で、ヘルスケア事業の目標を公表する予定であった。だが、コロナ禍において中期経営計画の発表そのものが見送られたことで、ヘルスケア事業の計画も未公表のままだ。

シャープICT事業の2021年度第1四半期業績

 「通信事業本部における社内計画はあるが、環境が変化の中で、計画の精度をより高めていく必要がある」として、現時点でヘルスケア事業の目標については言及しなかった。
だか、その方向性は示してみせた。

 津末専務執行役員は、「シャープは医療会社ではない。だが、侵襲性がない分野の機器を展開し、医療従事者や生活者を支援するものを、通信技術をはじめとしたシャープの数々のテクノロジーを活用する形で商品化し、提案をしたい。スマホを発展させたウェアラブルのノウハウや、バイタルデータを取得し、健康医療に結びつけるといった経験も活かしたい。シャープの技術とは異なる飛び地での事業は行なわない。シャープのヘルスケア事業は、スタートしたばかりだが、お客様に貢献することを目指したい」と述べる。

 不織布マスクや光触媒スプレー、プラズマクラスターイオンを活用した空気清浄機、健康調理ができるヘルシオシリーズなど、さまざまな製品領域でも、健康・医療・介護事業を展開し、社会に貢献していく考えだ。

Vision DE Suite

5Gの国内普及の一翼を担う

 通信事業本部では、5Gに力を注いでいる。

 「みんなの5Gスマホ」を標榜し、AQUOS sense5GやAQUOS zero5G basicを発売。ミッドレンジ帯を強化する一方、2020年3月に他社に先駆けて発売したハイエンドモデルのAQUOS R5Gに続き、今年5月にはAQUOS R6を発売。ライカの全面監修によるカメラやPro IGZO OLEDを採用したディスプレイなど、技術の強みをみせつけた。さらに、8月から販売を開始しているNTTドコモ向けの5G対応ホームルーター「home 5G HR01も滑り出しの良さをみせている。

スマートフォンAQUOSシリーズで5Gの普及促進を狙う

 「ハイエンドモデルは市場縮小の傾向があるなど、厳しい側面はあるが、5Gスマホを上から下まで揃え、5Gにおけるシャープの存在感を高めたい」とする。

 国内の5G普及に向けたリーダーとしての一翼を担う姿勢を明確にする。

ソリューションカンパニーへと変貌できるか?

 シャープのICTグループは、「ソリューションカンパニー」を目指している。

 津末専務執行役員は、「シャープは、長年の歴史を持つ家電や、強みを発揮できる液晶パネルが事業の柱となっており、ハードウェアの販売を得意としてきた。だが、ハードウェアビジネスだけでは、価格競争に陥りやすい側面がある。お客様が困っていることを解決するところに商機がある。そこには、ソリューションが重要な役割を果たす。お客様の声を直接聞き、それを解決するソリューションを提案することが他社との差別化になる。売り切りではなく、継続的な関係を築き、さらに提案を行なうことができる会社になっていかなくてはならない」とする。

津末氏

 シャープでは、全社目標として、2022年度に営業利益率7%を掲げている。そして、ブランド事業においては、最低ラインとして5%を死守することが目標となっている。

 ICTグループは、2020年度通期では、営業利益率は4.3%と最低ラインを射程距離としていたが、2021年度第1四半期は減収減益になり、営業利益率は2.7%と低迷。3つのブランド事業の中で最も低い。

 「コロナ禍の影響や、半導体不足などを理由してはいけない。どんな環境でも計画を達成することが基本である。奇策はないが、目標に向けて実行計画を推進し、市場環境の変化に打ち勝つことができる施策を行なっていく」とする。

 ICTグループの成長においては、利益率が高いソリューションを軸とした展開が鍵なるのは確かだろう。

 「事業部によって温度差はあるが、ICTグループ全体では、まだまだソリューションカンパニーにはなっていないのが実態だ。山登りで言えば、まだ2合目半ぐらいのところ。これから変貌していくところである。長年培ってきたハードウェアの強みを生かすとともに、そこにソリューションを組み合わせることができるソリューションカンパニーへの進化を、早期に図りたい」と意気込む。

 今後、シャープのICTグループの事業体質がどう変化するのか。ICTグループの成長はそこにかかっている。

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