教皇が「五輪観戦」を楽しめない理由

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第32回東京夏季五輪大会が開幕して以来、根がスポーツ好きということもあって時間がある限りオーストリア国営放送の五輪番組を観ている。オーストリアが7月末現在で金1、銀1、銅3個と久しぶりに好成績を挙げたこともあって、メディア関係者を含む国民は生き生きしてきた。

不正財政問題で起訴されたベッチウ枢機卿(バチカンニュース、2020年9月24日から)

当方はこれまで国連機関の動向やローマ・カトリック教会の動きをフォローしてきたが、ウィーンの国連機関は新型コロナウイルスの感染防止ということもあって、自由な取材活動はできない状況だ。そのため暫くお休み状況が続いている。包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)でオーストラリア出身の豪外務貿易省保障措置・不拡散事務局長のロバート・フロイド氏が今月1日から新しい事務局長に就任。国連工業開発機関(UNIDO)ではドイツ経済協力・開発相ゲルト・ミュラー氏が理事会で次期事務局長に選出され、初の欧州出身事務局長として今年12月に正式に総会で承認された後、UNIDOの再建に乗り出すことになっている。

ところで、バチカンからはこの期間、結構さまざまな動きがあったが、東京五輪開催中ということもあって、このコラム欄で適時に紹介することができなかった。そこでここでまとめて報告しておく。

ローマ・カトリック教会の総本山バチカンでこの期間、報告しなけれならないニュースは3件あった。

①セオドア・マカリック枢機卿がワシントン大司教時代に未成年者に性的虐待を行っていた容疑でデダムの刑法地方裁判所で公判を受けることになった。公判は8月26日に始まる。米日刊紙「ボストン・グローブ紙」が先月30日報じた。

訴えられた容疑によると、同枢機卿は1974年、マサチューセッツ州のウェルズリー大学で結婚式が挙行された時、16歳の未成年者に性的暴行に及んだというものだ。原告の弁護士によると、「他の犠牲者が勇気をもって聖職者の蛮行を明らかにできるようにするために戦う」という。多くの未成年者が同枢機卿に性的虐待を受けたことを示唆している。

フランシスコ教皇は2019年、バチカン内での調査結果を受け、同枢機卿の聖職をはく奪している。なお、同枢機卿はこれまで容疑内容を全て否定している。

②バチカン裁判所は7月27日、バチカン前列聖省長官のジョヴァンニ・アンジェロ・ベッチウ枢機卿(72)ら10人の不正財政活動に対する公判を開始した。ベッチウ枢機卿が昨年9月24日夜(現地時間)、突然辞任を表明し、フランシスコ教皇は辞任申し出を受理している。辞任の理由は当時明らかではなかった。べッチウ枢機卿はフランシスコ教皇が2018年6月、枢機卿に任命した人物であり、非常に信頼してきた枢機卿だった。

べッチウ枢機卿らの主要容疑は、英ロンドンの高級繁華街スローン・アベニューの高級不動産購入問題での不正だ。同枢機卿自身は辞任後の記者会見で「不正はしていない」と容疑を否認しているが、同枢機卿の下で働いてきた5人の職員は既に辞職に追い込まれ、金融情報局のレーネ・ブルハルト局長は辞任している。ベッチウ枢機卿は2011年から7年間、バチカンの国務省総務局長を務めていた。問題の不動産の購入は、この総務局長時代に行われたものだ(「バチカン、信者献金を不動産投資に」2019年12月1日参考)。

フランシスコ教皇は昨年11月26日、バチカン国務省と金融情報局(AIF)の責任者が貧者のために世界から集められた献金(通称「聖ペテロ司教座への献金」)がロンドンの高級住宅地域チェルシーで不動産購入の投資に利用されたことを認めている。3億5000万ユーロが不動産の投資に利用されていた。なお、べッチウ枢機卿の場合、そのほか、公金を勝手にイタリア司教会議に送金したり、自身の親族が経営するビジネスを支援したり、自身の口座にも献金を送っていた疑いがもたれている。

③中国で新しい司教が叙任された。李輝司教だ。バチカンニュースが7月28日報じた。バチカンと中国共産党政権の間で2018年末、司教任命権問題で暫定的に決定した合意内容に基づいて任命された5人目の司教だ。叙任式は中国中北部の甘粛省平涼市の大聖堂で行われた。

バチカンは2018年9月、司教任命権問題で北京との間で暫定合意(adexperimentum)したが、昨年10月22日、バチカンのナンバー2のパロリン枢機卿は「2年間、暫定的に延長する」と述べた。同時期、中国共産党政権も公式に発表した。欧米諸国では中国の人権蹂躙、民主運動の弾圧などを挙げ、中国批判が高まっている時だけに、バチカンの中国共産党政権への対応の甘さを批判する声が聞かれた。

ちなみに、中国「国家宗教事務局」はカトリック教会を含む宗教団体の聖職者を管理統制する新規則(正式名「宗教教職者の行政措置」)を今年1月承認し、5月1日から発効している。聖職者は共産党政権の管理下にあって、「共産党の指導を支持し、社会主義システムを擁護する」ことが義務となり、その言動は党の統制下に置かれる。ちなみに、国家宗教事務局は中国共産党中央統一戦線工作部に所属していることから、聖職者の管理規則は共産党中央統一戦線工作部が実施することになるという。

バチカンは「司教の任命権はローマ教皇の権限」として、中国共産党政権の官製聖職者組織「愛国協会」任命の司教を拒否してきたが、中国側の強い要請を受けて、愛国協会出身の司教をバチカン側が追認する形で合意したわけだ。暫定合意は明らかにバチカン側の譲歩を意味している。

例えば、中国新疆ウイグル自治区(イスラム教)では100万人以上のイスラム教徒が強制収容所に送られ、そこで同化教育を受けている。キリスト教会に対しては官製聖職者組織「愛国協会」を通じて、キリスト教会の中国化を進めている、といった具合だ(「バチカンは中国共産党政権に騙された!」2021年2月17日参考)。

以上、東京五輪開催後のバチカンの主要な出来事をまとめた。いずれも大変な問題だ。ペテロの後継者を務めるフランシスコ教皇はスポーツ好きで有名だ。教皇はゆっくりと書斎に座って五輪競技を観戦したいところだが、バチカンの現状はそれを許さないのだ。バチカンは面目を失うような不祥事の後始末に苦慮している。内では聖職者の未成年者への性的虐待問題と不正財政問題に、外では中国共産党政権の厳しい宗教政策に翻弄されているのだ。バチカンを取り巻く現状を考えた時、84歳のフランシスコ教皇は五輪大会のスポーツを楽しむ余裕すらないのだ(「ローマ教皇『東京五輪の勝利を祈る』」2021年7月22日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年8月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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