世襲議員の弊害「上から目線」 – 山内康一

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自民党のベテラン議員が衆院選不出馬を表明し、その後継に世襲の新人候補が内定する例が相次いでいます。世襲議員のなかにも優秀な政治家はいますが、それでも世襲政治には次の3つの弊害があると思います。

1)親の地盤を引き継ぎ、苦労することなく連続当選できるため、特権意識を持ち「上から目線」になってしまう傾向がある。庶民感覚や弱い立場の人たちへの想像力に欠ける国会議員が増える。

2)有為な人材が国政に参入する障壁が高くなる。機会の平等の観点から問題。また能力本位の人材登用を阻害するため、人材の質が低下する。

3)有権者は「世襲するほど国会議員には“うま味”があるんだろう」という目で見るので、政治不信を招く。公職の私物化と受け取られ、民主的正統性の点で疑問。

経済学者の橘木俊詔京都大学名誉教授と参鍋篤司流通経済大学准教授は「世襲格差社会」のなかで、世襲議員について次のように指摘します。

東京で教育を受け育ち、学校を卒業したのちも富裕な人々に囲まれ、そして地盤を引き継ぎ、優雅に暮らすことになる。そうした暮らしを続けていくうちに、世の経済格差、地方と東京の格差などについて、鈍感になっていく。

世襲議員の多くは、子ども時代を東京で過ごします。その典型の安倍前総理は、山口県出身といいながら、東京の成蹊小学校、成蹊中学校、成蹊高等学校、成蹊大学という、典型的な東京の「山の手のお坊ちゃん」です。山口県の強固な地盤を親から引き継ぎ、落選の恐怖を味わうこともなく、ノーリスクで悠々と当選を重ねてきました。多くの有力な世襲議員が似たようなものだと思います。

おそらく安倍前総理の小中学校の同級生には、貧困家庭の子どもや障がいのある子ども、外国にルーツを持つ子どもはいないか少なかったたことでしょう。裕福な家庭に生まれ、親の学歴も同質的な集団の中で育ち、社会の多様性や不条理を肌感覚で知ることなく成人したのだと思います。

さらに橘木氏と参鍋氏は次のように続けます。

さらに世襲議員の存在は、一般の国民が議員となるのを妨げている側面もある。非世襲議員は、一度落選してしまうと、その後の生活が成り立ちにくい。日本の大企業ではとくに、まだまだ雇用の流動性は低く、選挙に出馬するのはかなり大きなリスクをともなう。(中略)

「普通」の人が、国民の代表たる議員になることは、非常に困難な状況であると言ってよいだろう。世襲議員の存在感が増すことは、その結果、世襲議員自体の質が問題となるだけでなく、「非」世襲議員の質を低めてしまうことにつながり、こうした弊害の方がむしろ大きいと言わざるを得ない。

ふつうのサラリーマンや自営業の人が、国政選挙に出るには高いハードルがあります。小選挙区制や政党交付金のおかげで中選挙区制の時代よりは立候補しやすくなりましたが、それでもハードルはかなり高いです。

たとえば、イギリスの下院議員選挙の場合、立候補にあたって政党が資金を出してくれるので自己資金はほとんど必要ありません(自己資金の上限があります)。イギリスの主要政党は地域支部がしっかりしているので、自前の後援会組織をつくる必要はありません。地域の党員が戸別訪問をやってくれるので、組織選挙が可能です。(*注:戸別訪問を禁止している国は日本ぐらいです。)

おそらく日本の政党でイギリスの政党のように政党組織が組織選挙をやってくれるのは、公明党と日本共産党だけだと思います。自民党も立憲民主党も政党組織が強力というわけではなく、候補者が自力で組織をつくり、地方議員や支援団体にお願いして手伝ってもらうというのが実情だと思います。むかし「自民党は自分党」と自民党の人たちが言っていましたが、実態をよく表しています。

したがって、個人で後援会組織をつくり、活動のベースをつくる必要があるので、衆院選の候補者はフルタイムの仕事です。本業の片手間では選挙準備はできません。当選するまでの間は、原則として候補者は政党から給料をもらえるわけではありません(例外的にもらえる候補者もいますが、私はもらっていません。)。

新人候補者が当選するまでの間、そして、落選して浪人中は、「無職」「無収入」「無肩書」という「三無」状況です。病院の受付などで職業欄に「無職」と書くのは現役世代にとってはつらいものです。私も浪人中の約3年間はきつかったです。そういうハードルが世襲議員の場合かなり低くなります。

イギリスの人口は約6,800万人ですが、下院(庶民院)の定数は650です。イギリスの人口は日本の人口の半分ですが、イギリスの小選挙区は650区です。日本の小選挙区は289区です。つまりイギリスの方が小選挙区が狭くて、有権者数がずっと少ないので、選挙活動がやりやすいということです。サラリーマンとして働きながら週末を中心に選挙準備をする候補者もいますが、それでも当選できます。

選挙に立候補する人のための休職制度がある国もあります。優秀な人材に立候補してもらうには、公職の選挙に出るためのハードル(参入障壁)を低くすることが重要です。より公平な競争がより良い人材を集める必須条件だと思います。

最近自民党のベテラン議員が衆院選直前に引退表明するケースが多いです。しかし、急に公募ということになっても、すぐに応募できる人は多くありません。ふつうに会社や役所に勤務している人にとっては、選挙直前に公募されてもすぐには仕事を辞めにくい事情もあるでしょう。すると形ばかりの公募になって、虎視眈々と世襲の準備をしていたベテラン議員の息子や娘が圧倒的に有利になります。

新人候補者が選挙区の有権者に名前を売り込むのは大変です。世襲でない新人候補にとっては、選挙の1~2年前から選挙に向けて活動を始める必要があります。したがって、「非」世襲の新人候補が、選挙のわずか数か月前に公募して立候補したとしても勝ち目は薄くなります。他方、世襲の新人候補であれば、親と同じファミリーネームのおかげで知名度はすぐに上がります。

計画的に息子や娘に世襲しようと考えるベテラン議員が、選挙の直前になって引退表明するのは、意図的に他の立候補のハードルを高めているのと同じです。不公平な競争を強いられる「非」世襲の人にとっては、決定的に不利です。

世襲候補が当選して、世襲議員になると、さらに様々な強みがあります。先代にお世話になった議員たちが、二世・三世の世襲議員をかわいがり、大事に育てます。「人脈」も親から引き継ぎます。政治献金をくれる支援者も親から引き継ぎ、政治資金の調達でも圧倒的に有利です。親の政治資金団体の残金を譲り受けるケースもあるでしょう(相続税がかからない相続みたいなものです)。

世襲議員だと若くして地盤が強固で余裕があります。世襲議員は選挙に強いので、地元活動にそれほど時間と労力を割く必要がなく、政策の勉強や海外出張などに時間を割くことも可能です。世襲議員のなかには勉強家や政策通が多いのですが、それは地元活動に余裕があることも背景にあるでしょう。私のように選挙に弱い議員だと、海外出張にもなかなか行く余裕がありません。

世襲という「生まれ」によって有利な条件に恵まれた議員が増え、世襲議員ばかりが出世する政界は不公平だと思います。ポスト菅の候補に名前があがる自民党議員のほとんどが世襲議員です。石破茂氏、河野太郎氏、岸田文雄氏、小泉進次郎氏など、二世どころか三世、四世議員もいます。

言うまでもなく「生まれ」は個人の努力や才能では何ともなりません。なるべく「生まれ」よりも個人の努力や長所に基づく公平な選抜が行われることが、政治への信頼を生むと思います。

最近の自民党政権の新自由主義的な政策が、弱い立場の人たちへの思いやりに欠け、格差に鈍感なのは、世襲議員が総理や大臣として権力を握っていることも一因かもしれません。

政界の「世襲格差」は是正すべきだと思います。立憲民主党としては、「世襲格差」を当然視する自民党と差別化するため、選挙区の世襲を禁止する党の内規などを整備すべきだと思います。国会議員の息子や娘がどうしても選挙に出たかったら、親とは別の選挙区から立候補するというのも一案だと思います。

一方で、「生まれ育った地域のための働きたい」という地方議員や首長の候補者であれば、世襲も許容されるかもしれません。しかし、少なくとも国政に関しては、国会議員は全国民の代表である以上、日本のどこの選挙区から立候補しても基本的に支障ないはずです。国会議員の世襲と地方議員の世襲は別物と割り切ってよいと思います。

なお、憲法上の制約などもあって、法律で国会議員の世襲を制限することは難しいです。そこは政党の内規として決め、国会議員の世襲に対してどのような姿勢で臨むかも含め、有権者の判断を仰ぐのが適当だと思います。

*参考文献:橘木俊詔、参鍋篤司 2016年 『世襲格差社会』 中公新書

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